申し訳ない、人のパソコンなんでまだメルアドは公表できません。自分のを手に入れたら公表して書き込みます(多分・・・)
副島さんの本はこれも申し訳ないまだ一冊目、例の月面着陸のしか読んでいないんですが、これを読んでここのサイトに来る人達にどうしてもたずねずにはいられなくなったんで書き込ませてもらいます。
僕は小林よしのりさんの戦争論やカメラマンの宮嶋さんの本を読んで既に頭にヒビが入った人間なんですが、こういう巨大な組織の捏造を考える上で、どうしても質問せずにいられない事がいくつかあるんで読んでください。
1 実際小林よしのりさんは発言が過激だけどそんなに間違った事は言っていないと思うんですが、ここの人たちはよしりんさんについてどう考えているのか。僕が彼について引っ掛かるのは、ゴー宣のなかの本人の絵が美化されすぎているという点なんですが、それ以外はまあそんな信用おけない人間ではないと思ってますが皆さんどうですか?
2 グーグルでナチス ホロコースト 捏造って入れるとナチスのホロコーストなんかは無かったっていうサイトっていうか文が結構出てくるんですが、読んでみると副島さんのナサ本や南京大虐殺と一緒で、やった証拠が無いという・・・。とにかくこの辺のナチスによるホロコースト捏造関連の文は読んでなければ是非読んでもらいたいんですが既にご存知かな?
とにかく2番目のナチスのホロコースト捏造の文も読んでみると実に納得く話なんで、僕はホロコーストは無かったと信じてる人間です。何せアンネの日記がボールペンで書かれてるとか、シンドラーのリストが最初実話って言われてたのが実は作り話だったりとか、何十万人も殺せる程強力な毒ガスを使ったとしてその換気装置が見つからないとか、死体を焼く焼却炉が全然足りないとかって話が実に的を得てる・・・。どうも裏でユダヤが動いてるっていう・・・。何ていうかかなり騙されてるんだなと今の僕らは・・・怖いっすわ。
(すみません、文章が途中できれました)
バブルだったからみな金を使っていた。大会の人数が揃わないから参加してくれと頼まれて一度だけ参加しましたが、自腹をきらされたのでその後は二度と出ませんでした。日本でゴルフはやるまいと決心しましたから。
91年まで5年勤めましたが、その後会社の経営方針や人事と自分が衝突するようになっていました。
辞表を出して退職しましたが、退職金でもめました。その頃会社は利益が出ていたのに、社員の待遇を改良せずに、ゴルフ会員権を大幅に買い占めたんですよ。経営陣が入れ替わって、馬鹿な奴がそんな決断をするように変わっていった。まさに、バブル。広告代理店って人間だけが資本で仕事もきついわけだから、給与や待遇
で人間を大切にすべき、というのが僕の考えだったので喧嘩していたんです。「本業が第一」が会社経営の基本じゃないのか、という常識が当時のバブル時期は言い辛いくらい異様な雰囲気が日本全体を覆っていました。自分と同じような考え方の人間が大量に辞表を出していきましたね。
バブル崩壊を予測していた頭のいい人間たちばかりです。自分はこのようにバブル時期の日本には違和感を感じていましたから、
はじけた時は「ざまあみろ」と心から思いました。
みんな株とか土地とかに浮かれていて、「馬鹿じゃないだろうか、今の
日本人は」と批判的になってました。勉強とか趣味に投資していた自分はバブル後の方が生き易かった。
まさかそのあと15年もこんな時代が続くとは思いませんでしたが。給料は大幅にダウンしましたけど、自分の好きな音楽の業界にその
後は転じました。あの広告会社はまだ細々と存在しているようだが、ゴルフ会員権は全て損ぎりできたのだろうか。
86年に広告代理店の営業マンとして新卒入社でしたから、みなゴルフは
仕事の一環としてやっていましたね。自分は84年にモンタナ州という山の中の大学に1年留学した時に大学の体育の授業にゴルフがありました。自分はスキーを取ったのでやらなかったのですが、ホームステイ先の家族の父親がゴルフ好きなのでコースに連れていってもらったのですが、プレイフィーはわずか10ドル。1ドル240円の時代でしたけど、ずいぶん安いなあと思いました。アメリカの田舎だとそんなものです。キャディーなんかもちろんないし、草もぼうぼうだったり。帰国して会社に入りましたけど、馬鹿馬鹿しくて3万円なんてだせまん
でしたね。部内とか会社内の大会とかも多かったんですよ、バブルだt
ぼやき「668」で副島先生が書かれているゴルフ場の現在の状況を興味深く読みました。バブル期の88年だったか87年の夏休みにキャディのバイトをした事を懐かしく思い出しました。20才前後の頃の夏休みに、父曰く“ブラブラしているのもなんだ”ということで、父が会員権を持つゴルフ場になんだか分からないまま急遽バイトに行く事となりました。こちらのコースです→
http://www.kirishima-gc.or.jp/course/course02.htmlゴルフ場は上記のサイトで確認できるように、自然豊かなところです。記憶があやふやですが最初はキャディさんの補助手伝いで18ホールを午前1回、午後1回っていたと思います。私は手伝いとして回りながらコース毎に設けられている目安(どこを目指して打てばいいのかと)となる木、石などを熟練キャディさんに質問してメモ帳に丹念に記入して回りました。コースの風景をイラストで丁寧に書いた我ながらいい出来のものでした、あのメモ帳どこにいったんだろうなあ。
お客さんは西日本ということもあるので、関西から来ていた人達が多かったです。関東からもちらほら、ひょっとしたら私が気付かなかっただけかもしれませんが。それにしても今ではゴルフするために南九州まで行く人って物好きでしょうね。
※兵庫県のプレー料金見てましたら1万台でプレー出来ますから、本当に安くなってます。
→
http://www.golfdigest.co.jp/gstart/reserve/G020_course_search_result.asp?search_type=6&search_course_name=&search_state=28&play_fee=&play_fee_high=&date_year=&date_month=&date_day=&view_cnt=20&highway=&style_flag=&cart_flag=&lunch_flag=&twosam_flag=&privilege_flag=キャディのバイトをやっていて思ったのは、色々な人に接することが出来るのでいい勉強になります。バブル期ですので当然プレイ代が高いわけですが、高いので来るお客さんも医者、建設、不動産業、中小企業の経営者と自ずと限られてきます。こういったある種、自営の方々が平日にゆったり回っています。
お客さんといってもいろいろなのですが。例えば、気前のいいお客さんと回るという幸運が巡ってくると今日はよろしくねって感じでチップを渡されます。そうなると俄然、こちらも自然と力が入ってきて普段の倍以上頑張ります。なにかカンフル剤を注入されたと言えばいいでしょうか?!チップ、いい風習です。そうは言っても、いつもそんなお客さんい当たるわけではありません。通常はごく普通について回って、ごく普通に何事もなく終ります。当然、不快指数が120までいくお客さんに当たるという不幸もあります。プレイ代が高いから、高い金を払ってるんだからという感じでえらそうに接してくる人がいます。こういう時はこちらも人の子ですから淡々と事務的にこなしました。といっても接客ですから普通に接しますが(誤解のないように)
あと、平日回っていると地元のお客さん達でコースをよく知ったセミプロ級の腕前の人達につく場合があります。この組について回るととにかく上手なので楽です。やった仕事といえば目に入った虫をタオルでとるぐらいでした。ゴルフといえば賭け事がつきものだと思いますが、熱くならず淡々とこなしてました。不思議とかっこは上下黒のポロシャツ、黒のズボンとジャンボ尾崎風で固めた面々でした。
特に印象に残ったお客さんといったら、外国の航空会社のパイロット(白人)と奥さん(30代日本人、元スチュワーデス)の組でした。外人ということでキャディのおばちゃん達が英語は出来ないからとみんな逃げて、私がついたのですが。回ったら日本語が達者で、ゴルフも上手なのですが、ゆったりといろんな話をしながら回り、今思っても洗練されてるなあと思います。白人のゴルフは違いますね。
さて、今まで書き連ねたのは平日の情景なのですが、これが土日になるとサラリーマンだらけです。コーススタートもやたら朝早く、次から次にお客さん達は放り込まれます。困った事にたまにしか来ないからボールはあらぬ方向に飛んで行くし、早く諦めて次のボールを使えばいいのにボールをとにかく捜してくれ、一見してたまにしか来ないんだろうなあというのが分かるのに、無理して横柄に接してくるはで土日はなかなか骨が折れました。
以上のことを思い出しながら、“人の振り見て、わが身をなおせ”という諺が浮かびました。分からないことは肩肘張らずに初心者でいいし、穏やかにのんびりが自分にも回りもいいですよね。
イラン現職のハタミ大統領の今年度での任期切れを受けて、イラン大統領選がはじまりました。投票は17日から始まったが、大勢が判明するのは19日ごろの模様。2候補の決選投票になって、結果的に前大統領のラフサンジャニ最高評議会議長が選出されるであろうというのが大方の見方である。
今回の選挙は7年前のものと比べて盛り上がりに欠けているそうである。というのも、前回当選したハタミ大統領はイラン改革派であったため、全人口の70パーセントを30台以下の年齢層が占めているイランの若者から政治経済改革を期待されていたからである。
ハタミ氏はこの7年間イラン保守派からの攻撃を受け、昨年の議会選挙では保守派が大勝してしまった。そういう経緯から今回は投票率も低いようだ。
以下、朝日新聞から。
(転載貼り付け開始)
イラン大統領選、決選投票の可能性も 18日に大勢判明
2005年06月17日19時12分イラン大統領選挙の投票が17日午前9時(日本時間同日午後1時半)から一斉に始まった。7候補のうち、核問題などで米欧との関係改善を打ち出す前大統領のラフサンジャニ最高評議会議長(70)が最有力と見られているが、投票総数の過半数を得票するかどうかは微妙な情勢で、イスラム革命後初の決選投票となる可能性がある。18日夜(日本時間19日未明)までに大勢が判明する。
イスラム革命体制の重鎮で、保守派ながら現実主義路線をとるラフサンジャニ師は17日、テヘラン市内で投票した際、選挙は非民主的とする米国の批判を否定し、「米国が関係を改善したいなら、自らその意思を示すべきだ」と語った。
候補者は、選挙戦終盤で保守強硬派の若手1人が撤退し、7人に。ラフサンジャニ師の後を、改革派でハタミ大統領後継のモイン前科学技術相(54)、保守派若手のガリバフ前警察長官(43)が追う。(転載貼り付け終わり)
次は産経新聞
(転載貼り付け開始)
混戦、初の決選投票も イラン大統領選
イランで17日、改革派のハタミ大統領の任期満了に伴う大統領選挙の投票が始まった。核問題や対米関係の行方を左右する重要な節目。保守、改革両派候補による混戦で、いずれの候補者も当選に必要な投票総数の過半数を得票することはできず、同国史上初の上位2候補による決選投票にもつれ込む可能性が強まっている。
投票は午後7時(日本時間同11時半)で締め切られる予定だが、投票率を上げるため延長される可能性もある。投票終了後に開票作業に入り、18日中に開票結果が発表される見込み。
選挙には7人が立候補。最有力候補は、保守穏健派の現実主義者で、核問題の解決に積極的な姿勢を示す前大統領のラフサンジャニ最高評議会議長。保守強硬派のガリバフ前警察長官、改革派のモイーン元高等教育相らが追う展開。
テヘラン北部で投票したラフサンジャニ議長は、イランの世界貿易機関(WTO)加盟交渉開始に対する米国の反対取り下げなどを「前向き」と評価、対米関係改善に向けた意欲を示した。
イランでは30歳以下の若者が人口の3分の2を占めており、若年層の票の行方が選挙結果を左右する。保守、改革派を問わず、ほとんどの候補者が若者の失業問題の解決や対米関係の改善など、若者を意識した公約を掲げており、争点が見えにくい選挙戦になった。
(転載貼り付け終わり)
イランは7年前から聖職者階級でイラン神聖政体の指導者たちである「保守派」に「改革派」が挑戦するといった図式であったが、現在アメリカが気にしだしたのは保守派内での対立のほうである。保守派は核開発支持の「強硬路線支持派(ハードライナーズ)」と経済主導で穏健な外交政策を主張する「現実路線支持派(プラグマティスト)」に分かれている。
その両者の中間でよろめいているのがイラン最高宗教指導者ハメネイ氏である。彼は本質的にはイラン革命のイデオローグ中のイデオローグであり、ハードライナーの側に同調的なのだが、国家元首の立場から双方に法的な力を与えて均衡を保たせることを念頭においてきた。ただし現在はプラグマティスト側に傾いている。
強硬派が主要ポストを握っているのが裁判制度と「護憲評議会(コンスティチューショナル・ガーディアン)」であり、現実支持派は安全保障会議を握っている。現在、英独仏と核交渉を行っているのはこれである。
「護憲評議会(コンスティチューショナル・ガーディアン)」というのは選挙のたびにイラン憲法にそぐわない候補者を選挙前にリストからはじいてしまう組織である。今回の改革派候補のモイン氏もいったんは振り落とされてしまったのだが、ハメネイ氏によって再び候補リストに載せられることになった。
どうしてタカ派であるはずのハメネイが敵であるはずの改革は候補を再び壇上に上げたのかという理由も、国家元首という立場から建前上は均衡を保たせなければならないという配慮からである。上記3人の有力候補はそれぞれの派を代表している。
最有力候補ラフサンジャニは保守派の「現実路線支持派」である。モイン氏は「改革派」。そしてラフサンジャニの足を引っ張ることになったのが「強硬派」のカリバフである。
足を引っ張るというのは、票割れを起こさせられて決選投票に持ち込まれるだろうということである。ハメネイがモインを押したのはそういった背景があるわけだから、当然のなりいきである。
結果的にラフサンジャニが当選するであろう。なぜならばアメリカが今後支持するのは保守派内の「現実路線派」だからである。
アメリカは今後イランに「核開発をとるか経済をとるか」という二者選択の最後通牒を突きつけ、外資流出と多国間の経済制裁には耐えられないとされるイラン経済の脆弱さにつけこんで、核を断念させ、経済てきにこじ開けていこうというのが現在の方針である。イランの政権交代はその後にある。
ライス国務長官も現在は政権の打倒を考えていないという旨の声明を発表した。
それでもアメリカはイランを追い込んでいくだろう。90年代の甘い制裁の反省から、イランに最後の選択を迫らざるを得ないように仕向けていくだろう。
IAEAは、この選挙に合わせて、イランの核開発の隠蔽工先を再び指摘し始めている。
(転載貼り付け開始)イラン、核報告に誤り IAEAに認める
2005年06月17日03時02分
イランが、これまで国際原子力機関(IAEA)に報告していたよりも5年遅い98年まで、プルトニウムの抽出実験を行っていたことがわかった。IAEA保障措置局長のイラン報告草案で明らかになった。意図的に隠していたとすれば虚偽報告となり、保障措置(核査察)協定上の新たな違反行為となる。
イランはこれまで、88年から93年にかけて、実験室レベルのプルトニウム抽出実験を行ったとしていた。だがIAEAが抽出されたプルトニウムを化学的に分析した結果、実験が93年以降に行われたことが判明。イラン側を問いただしたところ、これ以降にも95年に再処理作業を行い、98年に抽出作業を行ったことを認めた。抽出量については少量で、核兵器製造につながるような量ではない。
報告はさらに、イランが「核の闇市場」を通じて行った、ウラン濃縮用の遠心分離器調達計画についても、イラン側の証言が、発注時期と実際の納入時期の前後関係が矛盾するなど、真実を述べているとの確証が得られないと指摘。イラン側が調査に誠実に対応せず、事実関係の隠蔽(いんぺい)を図っている疑いがぬぐえないことを示唆している。(転載貼り付け終わり)
いずれにしろアメリカはこの選挙結果をあらかじめ知っているのであろう。そうしてすべてのあらかじめの見通しがついたところで、その矛先を再び北朝鮮に向けているのだと思う。北朝鮮ミサイル開発の報道が日本ではいっそう激しくなってきた。
北朝鮮もこのような内部分裂を起こしているはずである。そうした綱引きの中で外交的駆け引きが行われているはずである。当然日本の世論も操り始めている。北朝鮮の核問題は、イランの動向を無視しては語れぬものなのである。
小坂です。[4131]の画像は、『Yahoo!プレミアム』の会員にならないと見ることが出来ませんでした。失礼しました。
念のため、アドレスを貼り付けておきます。
Yahoo!プレミアム
http://premium.yahoo.co.jp/promo/index.html
>『世界覇権国アメリカの衰退が始まる』(副島隆彦 講談社 2002年)を再読しましょう。軍事に関して、詳しいことが書かれています。>「そして、日本にも、早晩、国家に緊急事態が生じて、若者たちが国防のために軍隊に入隊していく時代が再び来るだろう。この事態は先の大戦から60年を目途に起きると私は思う。」(P181)
最近、戦後軍人社会から村八分された二人の将軍、遠藤三郎元中将と田中隆吉元少将について関心を向けています。小林よしのり氏の『戦争論』で揺さぶられた頭は、もう一度揺さぶり返される必要がありそうです。
●遠藤三郎元中将について
http://bbs1.parks.jp/11/newtext/bbs.cgi?Action=kiji&Base=14592&Fx=0●田中隆吉元少将について
http://www6.ocn.ne.jp/~tante/tokyo-saiban-tanaka2.htm戦後たどった道筋は異なりますが、幼年学校から陸軍大学校まで同期の二人でした。
小坂です。2ちゃんねるの情報で知ったのですが、下記サイトの『ダーク・ムーン』の著者らによるテレビ番組は、とても刺激的です。私は、まだ途中までしか見ていませんが、皆さんもお時間がありましたら、是非ご覧下さい。既にご存知でしたら、あしからず。
月面で何が起こったか? 〜アポロは本当に月に行ったのか?〜
長さんへアルルです。チャルマーズの「アメリカ帝国の悲劇」(the Sorrows of Empire: Miltarism ,Secrecy,and the End of the Republic)は、日本では文春から出ていますが、何でここまでという位に翻訳がうまくありません。
私は翻訳が出る前に、メトロポリタンブックスから出ている原書を購入しましたが、時々辞書を必要としますが、頭に入れる分には原書の方が読みやすいと感じました。
チャルマーズは元々左翼の出身で、今もかなりの急進リベラル派ゆえに、日本の戦争責任などの歴史認識に関する論文では、「ちょっと待ってよ」という感じのことをしばしば書きますが、左翼故に突き詰めた思考をするということも言えます。
似たような人では、皇室タブーに肉薄した、The Yamato DynastyのSeagraveがいると思います。この本を早く読まなくてはならないのですが、日々の時事ネタ追っかけが大変で時間が取れません。
まあ、それは兎も角、左翼であるから言えるということもあるんだなあ、と日々認識を深めております。
そのチャルマーズが、カリフォルニア大学の同窓会誌でインタビューを受けておりまして、その内容を詳しく拙著で紹介しようと思ったのですが、分量の関係で見送ることになってしまいまして、載せられませんでした。「ブローバック・アメリカ帝国への報復」(Blowback)の出版に逢わせてのインタビューなのですが、本などよりもより直截的に「わたしがどのようにアメリカ帝国の手先になったか」ということを述べており、非常に興味深いです。
http://www.alumni.berkeley.edu/Alumni/Cal_Monthly/September_2000/QA_-_A_Conversation_with_Chalmers_Johnson.asp
「ぼやき」で副島先生が書かれていた損益相殺の件に関しての今朝の記事(AOL)です。現時点ではまだ認められるようです。ただし税制に関しては国民には告知なしで急に決まる傾向にあり、要注意です。●ゴルフ会員権の節税ダメ 給与との損失相殺禁止
政府税制調査会が、ゴルフ会員権の売却で生じた損益について、給与など他の所得と相殺する総合課税から申告分離課税に改め、会員権の売却損の節税対策を禁止するよう、所得課税改革の報告書で提言することが14日、分かった。早ければ2006年度税制改正で議論する。ゴルフ会員権はバブル崩壊以降値下がり傾向が続き、節税目的の「損切り売却」が増えているため、税収確保の観点から節税対策を制限する必要があると判断した。政府税調が検討している所得課税改革はサラリーマンに広く負担増を求める方向で、課税の公平性を高めるためにもゴルフ会員権を特別扱いしないことにした。
会員の「669」でチャルマーズ・ジョンソン氏へのインタビューを読みました。そこで以前、「日本英語」に投稿した「帝国の悲しみ」の第1章の冒頭をこちらに転載します。翻訳がないので、英文読解の修行に使って下さい。最近、中田安彦氏の『ジャパン・ハンドラーズ』という優(すぐ)れた本が出ましたが、改めて、日本はどうしてこんなに操られるのだろうかと思います。
マスコミだけではなく、時には警察までもアメリカに動かされて、愛国派の政治家や官僚、財界人が次々に逮捕されているらしいし、日本の金融機間や企業が、次々とニューヨークのユダヤ資本に乗っ取られているらしいという話を読むと、どうしてアメリカにここまで好き勝手なことをやられてしまうのか、と逆に不思議な気さえします。
結局のところ、日本は軍事的に支配されているからでしょう。まず、軍事的な支配、占領があるから、「ソフト」が徹底的にハンドられるのでしょう。学問道場で「正義論」と「レイシオ論」を読んでいるので、「力や暴力、軍事力をもっている人にはかなわない」ということと、「レイシオの思想とは利益分配の思想である」ということによって、現状はアメリカの属国なのだし、それによって、分配された利益も得ている(本当?)のだと思いますが。
そこで、『世界覇権国アメリカの衰退が始まる』(副島隆彦 講談社 2002年)を再読しましょう。軍事に関して、詳しいことが書かれています。
そして、日本にも、早晩、国家に緊急事態が生じて、若者たちが国防のために軍隊に入隊していく時代が再び来るだろう。この事態は先の大戦から60年を目途に起きると私は思う。(P181)
では、改めて、"The Sorrows Of Empire" (Chalmers Johnson) からの引用です。
今日のアメリカのように、ローマ共和国は軍事的征服によって次第に帝国を獲得した。49BCにはシーザーがローマ法をおかしてルビコン川を越えた。そして27BCにアウグストゥスが最初の皇帝 emperor になり、その後、ローマの民主制は独裁制 ditatorship に変わり、軍が暴走していって、議会や市民の声を聞かなくなり、そしてローマは滅んだ。
American leaders now like to compare themselves to imperial Romans, even though they do not know much Roman history. The main lesson for the United States ought to be how the Roman Republic evolved into an empire, in the process destroying its system of elections for its two consuls (its chief executives), rendering the Roman senate impotent, ending forever the occasional popular assemblies and legislative comitia that were at the heart of republican life, and ushering in permanent military dictatorship.Much like the United States today, the Roman Republic had slowly acquired an empire through military conquest. By the first century BC, it dominated all of Gaul, most of Iberia, the coast of North Africa, Greece, the Balkans, and parts of Asia Minor. As the Canadian essayist Manuel Miles observes, "There is no historical law prohibiting a republic from possessing an empire. There is a trend toward autocratic takeovers of imperial republics, however, especially after they reach a certain stage of growth. Even now this process is underway in the USA--the President, like the first Roman emperors, decides when and where to wage war, and his Senate rubber stamps and extorts the funding for his imperial adventures, just as the original came to do in the time of Caesar and Octavian."
The Roman senate, much like Congress, worked well enough for two centuries. But by the first century BC, the size of the empire and the armies its maintenance required overwhelmed the capacities of the senate and the consuls. In 49 BC Julius Caesar violated Roman law by bringing his army across the small stream called the Rubicon in northern Italy and plunged the country into civil war among the imperators, the generals of Rome's large armies. After the Battle of Actium in 31 BC, Octavian emerged as the most powerful of the generals and assumed dictatorial powers in order to end the military civil war. In 27 BC, the senate passed most of its power on to him, giving him the name of Augustus. As the first emperor, he reigned from 27 BC to AD 14. Within a few decades, the Roman senate had grown to over a thousand members, while being reduced to little more than a club of the old aristocratic and military families. Rome ruled all of the known world except for China, but in the process Roman democracy was supplanted by dictatorship, and eventually the Romans were overwhelmed by the world of enemies they had created. To the very end Roman armies pretended to speak for "the senate and the Roman people" and paraded under banners emblazoned with the Latin initials SPQR (Senatus Populusque Romanus) . But the days when the senate mattered were long past; empire had become an end in itself.
なるほど、「長崎の天主堂と長崎大学」を標的にした」ということは、十分に可能性があると思う。イザヤ・ベンダサン(『日本人とユダヤ人』角川ソフィア文庫:1971年初版)から引用する。
(引用開始:『日本人とユダヤ人』)
私は昭和十六年に日本を去り、二十年の一月に再び日本に来た。上陸地点は伊豆半島で、三月・五月の大空襲を東京都民とともに経験した。もっとも、神田のニコライ堂は、アメリカのギリシア正教徒の要請と、あの丸屋根が空中写真の測量の原点となっていたため、付近一帯は絶対に爆撃されていないことになっていたので、大体この付近にいて主として一般民衆の戦争への態度を調べたわけだが、日本人の口の軽さ、言う必要のないことまでたのまれなくてもいう態度は、あの大戦争の最中にも少しも変わらなかった。私より前に上陸していたベイカー氏(彼はその後もこういった職務に精励しすぎて、今では精神病院に引退しているから、もう本名を書いても差し支えあるまい)などは半ばあきれて、これは逆謀略ではないかと本気で考えていた。・・・(P29−30)
(引用終了)
当時アメリカは目標点を明確にして、爆撃(=空襲)していたことが分かる。
基本的には、当時のアメリカは余裕の戦争をしていた。空爆の効果を測定しながら、ゆっくりと実験をしていた。すでに戦局の勝敗の帰趨が決定して久しく、アメリカ本土などの司令部は、地図を広げたり航空写真を見ながら、目標点をどこにするか、今回の爆弾はどれにするか、じっくり議論をして決定したであったろう。
当事長崎造船所などは原材料の欠乏で事実上生産が停止していただろうし、よしや生産がまだ行われていたとしても、両国の戦力格差は大きかったので、その生産の効果は全く無いに等しかったであろう。
造船所を爆撃することの意味は、当事全く無かった。
長崎爆撃は、本当のところは原爆実験、人体実験でしかなかっただろう。
その際に、「長崎の天主堂」――カトリックを標的に選択したということは、大いにあり得る、と思う。(追記)
ところで前掲書『日本人とユダヤ人』には、「(ベンダサン氏は)日米開戦の数か月前に『日暮硯(ひぐらしすずり)』を多量に購入して送った。当時のアメリカの要路の当局者が依頼(命令)したのだ。戦争中、アメリカのある機関で、日本研究のためこの本が徹底的に研究された。「日本人的政治哲学研究」の最もよいテキストだったからだ。ベンダサン氏はこの本の翻訳を命ぜられて翻訳した。できる限り詳細な注と解説をほどこしたテキストにし、それを委員会に提出し、そして委員たちの質問に答えるよう命ぜられた。そしてそのようにした。」ということが書かれています。(P79、P78、P93)
イザヤ・ベンダサン氏は、開戦前から終戦まで一貫してアメリカの要路の当局者の命令で行動していたのだ。
開戦直前にアメリカに行き、戦争の最中に伊豆半島に上陸して、再度日本に来ている。
ベンダサン氏自身が、自分はスパイ活動を行っていたことを、この本で書いている。あちこちにバラバラに書いているので分かりにくいが、そう書いている。――ベイカー氏は、日本語を話せる人物、日本人と同じ外観の人物、日本名を使った人物であっただろう、と思う。
この本を読んだ日本人で、どのくらいの人がこのベンダさんの活動を知っているのだろうか。
(了)
この文章を読んで嫌な事を思い出しました。
数年前に私は長崎に在る原爆資料館に行った事があります。そこで、それまで全然知らなかった事実に出会ったのです。そもそも広島や長崎に投下された原爆は人体実験としての性質もありましたが、公式には広島市内に在った西部方面軍司令部と三菱財閥の長崎造船所を狙った戦略爆撃であった事になっています。
しかし長崎の原爆資料館の展示によると長崎の原爆投下は運悪く本来の投下地点を数キロ外れて投下されてしまい、そのせいで長崎の天主堂と長崎大学が吹き飛んでしまったとの事。言うまでも無く長崎天主堂はカトリックの施設ですし、長崎大学の医学部はシーボルトが開設した研修施設が基になっており、旧帝大の医学部が東京に開設される際も此処から教授陣を引き抜いたそうです。
どうも意図的な誤爆だったとしか考えられませんね。
(はじめに)以下のメモは、現下の世界の動向を友人に話していたら、文章にしてくれと頼まれ、書き留めたものです。あえて、この『重たい掲示版』には意味のないかもしれませんが、私のようなロートルが、敢えて、このような文章を書き留め友人に伝えたかを、若い世代に気持ちだけでも伝えられたらというのが、本意です。『学問道場』にも余計な迷惑をお掛けする事かもしれないと危惧しつつ、投稿します。
■言うまでも無く、出所は副島隆彦� 愕慳籠讃譟戮痢嶌F�のことば」会員版からの抜書きと、�◆悒魯螢Ε奪姫撚茲覇匹狎こη童�国アメリカ�隋�20004.4、��『政治学を哲学する本』1994(現『決然たる政治学への道』20002.8.10)、�ぁ愎深造遼修�講演会』2004.7.10から、強引で自分が説明しやすいように繋ぎの言葉を加えた抜き書きで構成しています。従って、勝手な引用を元に構成しており、内容の責任は私にあります。
(本文)マルコ・ポーロの「黄金の国・ジパングは伝説だけど、今こそ「ペーパー・マネーから金や実物への移行」への戦略的準備が重要です。しかし、日本政府の金保有の少なさ(米国への属国的配慮)や、金融・証券業界の過去のgoldがもった歴史の勉強不足による、無思想の思想(事大主義)があることを知る必要があります。この「金・実物資産」への流れを堰き止める障壁に対して、日本に残っている唯一の国民の財産をgold等の実物資産に代えて、本当の「黄金の国・ジパング」になる必要があるのではないだろうか?この敵は「内部にあり」なのです。■過去の歴史を振り返ってみよう。1492年ポルトガル人のヴァスコダ・ガマが南アフリカの喜望峰(本当は難破船だらけの危ない所だから付けられた名前)周りでインド洋航路を開拓。このポルトガルの船団が更に東方へ切り開き中国のマカオから繋がる線が延びる。フランシスコ・ザビエルが1552年に日本(平戸・鹿児島・山口・大分)にまで延びて布教活動をする。教科書では,、種子島の藩主が鉄砲2丁買ったのが「鉄砲伝来」の年としています。しかし、本当の意味は、実は世界歴史(学)からは1542年が「日本発見」なのです。…(閑話休題)仲間由紀恵・安室奈美恵はポルトガル語でフォモサ・アイランド(美しい島)沖縄の、糸満のアクターズ・プロから出てきていまぁす。沖縄人離れした美人顔は、ポルトガルとの混血として今に繋がっています。…
つまり、私たちは、西欧社会に「発見」されたという事が大事で、世界史はそう読み取るのです!それからポルトガルからスペインに覇権が移り、カトリックの尖兵として強硬保守派のイエズス会系の修道会の修道士フランシスコ・ザビエルなどを日本に寄こし各地に布教しようとしたのです。ところが、1600年オランダ人の三浦按針(ウイリアム・アダムス)が映画『将軍』で描かれたような背景で、徳川家康に謁見して、「このままだと、日本はカトリック教会とスペインの植民地になりますよ」ということで、カソリック弾圧・殉教者を産み、「鎖国」し、長崎の出島にだけオランダ商館が許された理由です。そして「幕末」から明治維新になり「開国」、日本が金山から産出された、まだ黄金の国から、「属国化」の前の貿易の代償としてgoldが奪われたのです。これに対し、南米では、スペインによるマヤ・インカ文明の破壊やgoldの簒奪など「植民地」化する前に、修道士が先遣隊として派遣されたのは、映画『ミッション』で描かれている通りです。
カトリックの神父priestは絶対に「無所有」かつ「禁欲」という世俗の欲を断ち切った、その崇高さに民衆は頭を下げるのです。広島にもイエズス会の修道院があります。私も信者ではないけど、「黙想」という、言葉も発言せず、何も持ち込まず、小さな部屋を与えられ時間割どおりの、祈りと簡素な食事だけの体験を1日間したことがあります。映画『薔薇の名前』1986はウンベルト・エーコという現代イタリアの最高の古典学者・哲学記号学者の書いた同名のThe Name of the Rose探偵小説風の物語が原作1980。日本人でこの本・『薔薇の名前』(東京創元社1990)や映画の凄さが分からないままで、「修道会運動」というもの自体が日本人の理解を越えていて、国際基準からすれば国内にしか通用しない知識人が殆どです。今度の新法皇名の由来になったベネディクト派の修道院を舞台に、1327年という歴史上の年を設定し、当時の神学論争やカソリック教会内の派抗争を描いた映画で、壮大な中世神学の時代絵巻が展開されていて、とても映画批評では語り尽せません。穏健派や異端審問などでの激しい血を血で洗う思想弾圧も理解出来ないといけない。まだ、理解出来たとは言えないけれど、僕にはこの映画が最高傑作の一つです。
実は、ヨーロッパの近代学問scienceは10世紀から16世紀にかけての修道院の中から生まれた。それがやがて修道院の僧侶monkが、初期の大学の教授になっていったのです。13世紀頃からヨーロッパ各地に出現した総合大学は、全てこの中世の修道院から発達したものです。scienceを科学と訳したのは誤りで「学問」(自然学問、社会学問)です。「学問」の巨大な対立概念は、philosophyを哲学と訳したのも誤りでmathematics数学と同系の「神学」theologyなのです。そして「文学」というのは下等学問の人文humanitiesです。簡単に言えば、ヨーロッパの世界とは、未だにこの学問と神学の戦いのの中にあり、この神学の下女と位置づけられるのがphilosophy(知を愛すること)と呼ばれ、これが神学と同盟を組んでいます。そして、scienceと激しく争い合うのです。私の専攻した「文学部哲学科」などというものは世界中で日本だけしかない学科・課程です。そのことを知らずに、日本には哲学などというものはないからと、卒論を『日本文化試論』にしたのは、私自身にもその理由を自覚していた訳ではありません。しかし、cultureとは、恐らく僕の体験した「黙想」の原点だと思いますが、中世修道院の中から農作業や労働、祈り、就寝、健康管理、など時間を守りスケジュールに従った合理的精神の発達促したことを、言います。それが「西欧近代は修道院から生まれ」「近代学問modern scienceの芽を育て」たという意味です。だから、cultivaite耕すと教えられた文化の意味は、grow up「成長させる」「発酵させる」が正しい事を知りました。日本は、中国文明の一部に過ぎず、日本には独特に洗練された文化cultureはあるけど、文明civilizationはない…等が折口信夫・吉本隆明・マルクスを敷衍して書いた、私の卒論『日本文化試論』には、抜け落ちた重要な論点でした。
つまり、中世のカトリックから、16世紀になるとマルチン・ルター(独)やジャン・カルヴァン(仏)らが、ローマ教会の偽善と腐敗を糾弾して、プロテスタント運動の狼煙をあげ、ルターは修道女と結婚しています。親鸞と同じところがあります。特にカルヴァンの唱えた「神の予定調和」という思想は、経済学問のアダム・スミスの「神の見えざる手」という「市場」のルールに引き継がれ、同じものをマルクスが「疎外」と呼んでいる思想家は稀です。つまり、「個々の人間の主観や意思などによっては動かし得ないもの」という意味。神の予定調和=市場=疎外なのです。この思想から資本主義が成立したのですが、その根は「ratioレイシオ=reason」合理主義と訳しますが、俗に言えば、損か得かという「合利主義」です。ユダヤ教の金利は取ってもイイという思想が、シェイクスピィアの『ベニスの商人』にでてくる話として生まれたわけです。カトリックは「金儲け主義」は全廃しており、丁度「中世」から「近代」へ移行した時期に符合します。以後は、ユダヤ人は、ヨーロッパではロスチャイルド(アシュケナージ・ユダヤ)と、新興アメリカではロックフェラー(スファラディ・ユダヤ)に分かれて、世界は資本主義が高度化すればするほど、世界覇権の経済面からの金庫番の役目がユダヤ系に委ねられてきました。
そして、共産主義国家・ソ連の崩壊があり、今や唯一の世界覇権国アメリカの潜在的破産国家の暴走的な経済運営が続いています。日本は属国として米国国債を買う形で貢がされて、不況どころか破産寸前。ユダヤ教のように「レイシオ」の思想で、金儲けの為なら何でもやる残酷無比で非人道的で大量虐殺をも受け入れるいう思想(広島の原爆からイラク侵略などなど)と、カトリックは激しく対立するのです。現在のカトリックは「貧困者のため宗教」を目指しており、現在の米国はロックフェラー・ユダヤ(スファラディ)系のケオ・コン派たちに乗っ取られ「暴走国家」化しており、世界が危機的状況に陥っているかのだから、自分たちの世界平和の思想でそうした傾向を改善しなければならないという使命に燃えた人たちがローマ法王庁(バチカン)を中心にして盛り上がりつつあります。それに対して、そうした勢力を米国と対抗上、ロスチャイルド系(アスケナ―ジ)系が支援しているのです。経済的には、いかにEU=カトリックが待ったをかけ、ドルだけでなくユーロへの覇権の分散が始まろうとしているのが、現状です。これを「超資本主義」への過程と見なすことができます。
先代のパウロ2世は、ポーランド出身ということに意味がある稀な法皇でした。世界中に12億の信者を持ち、テロの危険を顧みず出かけて、世界中の宗教間の対立状態の緩和と、寛容の精神を説いた聖人として有名です。広島にも来られました。長崎の殉教者への訪問しかりです。しかし、1981年に就任当時に、イエズス会、なかんずくそこに潜むユダヤ教との闘争を展開したのであり、カソリックの聖職者に紛れ込んでいるユダヤ教徒の追放を推進した経緯があります。しかし、法皇を選ぶ115人の枢機卿の中に、実は30人以上がイエズス会修道士で占めているそうです。未だに、その中にカルヴァン派や隠れユダヤ教が潜り込み、ユダヤ教の金儲け(金利をとること)を求める基本理念と密接に結びついていることが、ヨーロッパ資本主義の発展を倫理面から考えることが、非常に重要です。つまり、17億の信者を抱えるイスラム教世界との対話を促進することになり、これが世界政治です。この度の新法皇にべネディクト16世は、ドイツの南部のイエズス会に所属しており、それでも猶、決してユダヤ人ではないということが、非常に重要なのです。EUのカソリックの団結を推進する為に、ドイツ北部のカルヴァン派に繋がるシュレーダー首相さえも、約480年ぶりのドイツ人法皇誕生に際して「ドイツにとって大いなる名誉だ」といわしめました。
フランスやドイツ南部、アイルランド、イタリア、スペイン、ポルトガル・ポーランドといった西欧・南欧・東欧諸国を中心に、この他にスペインやポルトガルの植民地だった中南米諸国でも圧倒的にカトリックの信者が多い。もともと欧州の植民地としての影響力が強かったアフリカ諸国でもカトリック信者は顕著に増えています。カトリックはこのように欧州の下層白人を中心とする世界的な連帯組織です。ただし、フランスだけは、民族優等意識を強くもっている国民であり、例外的に米国からも下層白人扱いされないから、不思議。フランスは、文化的に、欧州だけではなく世界の中心的な存在といった自意識が強く、フランス人から見れば、米国のユダヤを含めた富裕層は「欧州から流れ出して行った成り上がり者」でしかないからです。僕もフランスのセーヌ河の遊覧船で、アメリカ人もパリでは田舎者なんだな、と思った経験があります。更に、フランスのジャック・シラク大統領が、日本政府の年度末の3月26〜29日かけての突然の来日。裏では経済的にも重要なことがあるのでしょうが、政治的に、日本の国連・安全保障理事会常任理事国入りについて、「拒否権付き」での支持を表明。また、法王庁の抜け穴と呼ばれる金融業に携わっている部門がバチカンにあって、彼らロスチャイルド系の動きが俄かに激しくなっています。こうしたフランスを中心とする欧州による、反米包囲網の形成が着々と進行しているという事実を察知しなければならない、のだと思います。
■『結論』は、カトリック教会内のイエズス会士のドイツ人新法皇就任で、反米包囲網が強まる…カソリックの博愛と人道思想が、米国の軍事(政治)と経済の暴走を食い止める!ということです。新法皇のべネディクト16世は高齢であり、繋ぎの法皇でしょうが、次には下層白人意識のないフランスから法皇が出てくるでしょう。この度のEU憲法は非成立でしたが、それが「時代論」としてどのように考えるかが大事です。(終わり)
副島隆彦です。 郵政民営化法案が、衆議院をなかなか通過(可決)
しそうにない。それで小泉政権は、国会の会期の大幅な延長をすることになりそうだ。 小泉首相は、強気に徹して、「法案の一切の改正はやらない。参議院に回しても同じ」と発言している。ということは自民党内の圧倒的に大きい郵政民営化反対の議員たちとの妥協点とか、
「法案の骨抜き」ということは出来ない。両者は真っ正面からぶつかることになる。郵政民営化の本当の中心的な課題は、まさしく、外資(ハゲタカ)による乗っ取り(株式買収)への警戒である。これ以外の現行の郵政公社(約24000個の郵便局からなる)の、閑散とした地方、僻地の郵便局の経営の非能率や、公務員身分だから郵政職員が働かない問題ではない。 あくまで民営化されて株式会社(完全な民間企業)になった場合の、郵便銀行(ポストバック)の株式がニューヨークのハゲタカ外資に一挙に、大量に買われて、それで、350兆円(郵貯230兆円、簡易保険120兆円)の、日本国民の最後の”虎の子”の金融資産が、グローバリストに、合法的に乗っ取られてしまう事態である。
アメリカに忠実である小泉政権は、日本のメディア(マスコミ)に、この「民営化された場合の、郵便銀行の株式の外資による乗っ取りの可能性、危険性」の議論はさせないように、言論をソフトに統制している。
このことが重大な問題なのだ。 以下に載せるのは、現役の民主党の参議院議員のメールマガジンの文章である。 グローバリストたちは、日本の郵便銀行を乗っ取ることを、日本乗っ取りの最大の目標にしていることが、以下の文章から明らかに分かる。 副島隆彦記
(転載張り付け始め)民主党 参議院議員 山根隆治(りゅうじ)メールマガジン
2005年 6月 2日発行号▼意外なアメリカの眼( 5月27日)
在日アメリカ経済人でつくる商工会議所の会合に出席した人の話を
聞いた。今、彼等の最大の関心事は郵政の民営化だという。何しろ
350兆円の金が流れ出すのだから、鵜の目鷹の目で事態の推移を見
守っているようだ。アメリカでは、郵政はプライバシーの保護等から国有化を確認して
いるが、小泉さんはブッシュ大統領に、まるで貢ぎ物でも差し出す
ように、再三にわたり民営化を約束してきた。もし民営化が果たせ
なければ、ブッシュ大統領は小泉首相の首を飛ばすだろう、という
のが永田町界隈に流れている話しだ。アメリカ金融界、保険業界では、こんな350兆円もの金が流れ出す
ことは、後にも先にもこれが最後のビッグチャンスだと狙いを定め
ているという。在日アメリカ商工会議所での出席者の様々な囁きは、何の為の民営化かを正直に評しているのかもしれない。(転載張り付け終わり)
副島隆彦拝
別に「ハチの一刺し」と言う訳では無いですが、誰かに何かが伝わる事を信じて投稿します。副島隆彦先生は決して万能ではありません。
しかし有能ではあると思います。少なくとも小室直樹先生と同じくらいには。はなはだ身の程を弁えない暴言ですが、以下にその事実を自分個人の経験に基づいて証明したいと思います。私の思想遍歴は、お話にならない程の幼稚な代物です。
大学に入るまで読書らしい事は全然せず、大学生になってから先ず熱心に読み耽ったのは自称元グリン・ベレーの柘植久義(つげ ひさよし)の本でした。
続いて落合信彦の熱心な読者になり、社会人になってからは小林よしのりの信者になって「新しい歴史教科書をつくる会」の会員だった事もあります。
そんな私ですから副島先生の本も一番最初に読んだのは「預金封鎖」でした。つまり流行りの物に片っ端から飛び付いていた訳です。
しかし学問道場の会員になって副島先生の本を次々と読み進んで行く内に嫌と言うほど思い知らされたのは、自分は全然何も分かっていなかったと云う事です。
そもそも大学の一回生の頃から小室直樹先生の本は何冊も読んでいましたし、自分でも内容は概ね理解している心算だったのです。
でも学問道場の会員になってから、私は小室直樹先生の思想を百分の一も理解出来ているとは思えなくなりました。
現実問題として副島先生の本を読んだ際も、果たして本の内容を十分の一も理解出来ているか否か怪しくなって来ました。つまり副島先生の助けを借りてやっとの事で私も「不可知の知」の境地の入り口らしき所まで辿り着けた訳です。此処で挫折する可能性も否定出来ませんが。
未熟な私としては簡潔に言い表す事が出来ませんが、そもそも難しい事を難しく言うのは誰にでも出来る事に過ぎず、難しい事を分かり易く解き明かして説明する事こそが難しいのです。この点において素人にも分かり易い本を次々と書かれている小室先生は、明らかに常軌を逸した超人であるとは思います。
しかしながら難しい事を分かり易く説明するのは、根本的な部分で無理と限界があるのも事実なのです。そもそも人間とは身勝手な生き物であって自分自身が信じたい事柄しか理解しようとはしません。
現に「つくる会」で知り合った私の知人は生真面目な床屋さんですが、極めて熱心な「よしりん教」の信者であり、ワイドショーと週刊誌以外の情報源を自ら開拓しようとはしないのです。
彼は自他共に認める映画マニアで毎月何本も映画のDVDを購入するくせに「アメリカの秘密」や「ハリウッドで政治思想を読む」を薦めても相手にしてくれません。
それでいて雑誌「わしズム」の十三巻に副島先生の論文が掲載された時は熱心に意見をぶつけて来ました。しかし今の私が彼を見下してみた所で所詮は「目くそ鼻くそを笑う」の類の話でしか有り得ないのも事実です。
だが、五年後を考えた場合はどうなのか?
あくまでも個人的見解ですが「金儲けの精神をユダヤ思想に学ぶ」は学問道場が辿り着いた一つの到達点であり、日本が属国状態を抜け出す「突破口」に成り得る一つの可能性だと私は信じます。
元来「よしりん教」の信者であった一人として痛切に実感するのが「品位」とか「一人でも多くの人に理解して貰う」などと意識していたら、それこそジャパンハンドラーズの陰謀に取り込まれるのがオチだと云う事なのです。
現に小林よしのりが責任編集長を務める雑誌「わしズム」は未だ私の愛読書ですが、最新号の十四巻を読むと西部遇に乗っ取られてしまった感を受けます。恐らく西部遇の背後には色々な人が居るのでしょうね。副島先生の本を何冊も読む内に何とか私が理解出来たのは、属国の国民は属国的な戦い方しか出来ないし、それは往々にしてゲリラ的な戦いになってしまうものの、その戦い方に疑問を持つなら戦わない方が良いと云う事です。
取り敢えず今の私は日本のマスコミに騙されない様にするのが精一杯ではありますが・・・
副島隆彦です。
私は、ここの会員や、私の本の読者からの質問文や、感想文、自己紹介文に対しては、かならず返事メールをして来ました。その数は、膨大な量になります。 それらの多くは、埋もれてしまって、表に出ることはないままになります。以下に載せる文章は、去年の10月の8日に書いた返事メールでした。こういうことを、朝の4時ごろ起きて体調のいい日は、ごそごぞと4時間ぐらいやります。私の生き方は、こういうディアローゲ(dialogue、ダイアローグ、対話、問答式、これが、古代ギリシアのフォロソファたちの流儀)中心の生き方です。ドイツ式の大論文書物出版主義ではありません。
『風と共に去りぬ』(アメリカ版の『戦争と平和』の大河ドラマ、男との女が歴史の動乱の中で翻弄される話)の作者のマーガレット・ミッチェルは、この大河小説一本以外は、ほとんど書かないで、あとは読者からの手紙に返事を書いて残りの人生を生きている。主婦作家だったから、変な名誉欲は無かっただろうし、「職業作家」などどいう、どうせ才能の枯渇はゆくゆく見えている、つまらない人生を送る気はなかっただろう。そういう生き方が偉いと思う。 一生に一作(1冊)か2冊で
で十分だ。 あとは、読者(世間、せけん)迷惑だ。そうするともう60冊近く、日本基準の単行本文化という東アジア型の、狂ったような乱獲出版文化の中で、生きている私はどういうことになるのだ。ネット時代になって私たちのサイトの掲示板の「過去ログ」機能のお蔭(かげ)で、消えていないで私の書いた返事メールで保存されている文については、以下のように再現して載せることが出来ます。
いいことだと思う。私が死んだあとで、それらは整理されることになるだろう。私は、駄文や繁文縟礼(はんぶんじょくれい)の文章は書かないで死んでゆく。私を甘く見るな、ということである。(転載貼り付け始め)
(1)From:********************
To: "副島隆彦"
Sent: Saturday, June 04, 2005 9:19 PM
Subject: Re: 副島さんに謝罪副島隆彦 <gze03120@nifty.ne.jp>さん:
返事が相当遅れましたが、先に送付いたしましたメールについて
(下記に原文あり)副島さんが「ワシ」を多用するなどというのは、全く事実無根で
私の思い違いでした。深くお詫びいたします。他の人の口癖だったものを副島さんのものと勘違いしてあのような全く身に覚えがなく不愉快きわまりないメールを送付してしまい、本当に済まなく思っています。繰り返します、すみませんでした。
あのメールは無かったものとして取り扱っていただくようお願いします。ところで、船井幸雄さんとの共著、読んでいます。意外な組み合わせでしたが、内容はとても今の時代に即しており、痛快でさえあります。
****(2)****さまへ
副島隆彦です。 2005年6月5日記。随分たってからの再度のメールをありがとうございます。
分かっていただければ、それでいいです。副島隆彦拝
(3) Date: Thu, 07 Oct 2004 22:40:41 +0900
> Subject: 副島さんに苦言
> From: ***************
> To: GZE03120@nifty.ne.jp
>
> 発信者 ****
> 福岡県大牟田市在住> 副島さんは、確かに日本の論客の中の重要人物の一人である。
> ここで副島さんには耳の痛いことかもしれませんが苦言を一言
> 呈したいと思います。
>
> ものの言い様・書き様が、大上段に振りかぶってその辺にいる者を威圧し強い言葉で罵倒しているような感じを受けます。
> もちろんそういう言葉使いをするときには敵が相手で選んでやられてはいますが、それでも、とても尊大ぶっている印象です。自分は弟子(子分)をたくさん持っていてそのじょそこらの人間とは違うのだ、エライエライ人間なのだ。
>
> そんな印象なのです。著書の中の言葉使いもちょっと気の弱い人が読めば二度と読まないぞ、特に女性の読者はそうかも、と思わせるような言葉使いがかなり見られます。それから文中の「わし」も多用するのはどうかと思います。
>
> ただし、以上のことは英語関係の著作には見られないことです。特に「英文法の謎を解く」シリーズはとても面白く3巻とも読みました。自分と同じ意見の部分もあってとても親近感を覚えました。> 副島さんはとっても影響力のある論壇です。だから言葉使いにも気をつけられて 一人でも多く影響力を行使する方を選ばれた方が得策かと思い意見しました。気に障られたらご勘弁下さい。
(4)----- Original Message -----
From: "副島隆彦" gze03120@nifty.ne.jp
To: **************
Sent: Friday, October 08, 2004 12:57 PM
Subject: [ml:02263] Re: 副島さんに苦言****さまへ
副島隆彦です。
メールをありがとうございます。
貴兄が、私たちの学問道場の会員であれば、私はもっと丁寧な内容のお返事を差し上げようと思うのですが、以下のように粗(あら)書きでお返事します。以下に私からの反論をポントフォームで書きます。再反論してください。私も、それに対して、再度、私も書きますが、その際の判定者は、私ではなくて「重掲」に載せますから、私たちの会員が、自分の意見を書きたければ書くでしょう。
彼らは、自分の判断をするでしょう。すべての言論は自由だ。一切自由です。好き嫌いの自由もありますから、それから先は、その人の勝手です。貴兄が、学問道場の会員になるかどうかは貴兄しだいです。
予め書いておきます。 私は、権力者(公務員、みんなの代表)ではありませんので、貴兄の言論の自由を制限、圧迫することはありませんし、そんなことは出来ません。
言論の自由を制限して、規制を加えることを禁止されているのは、権力者(公務員)たちだけであって、私たちは互いに民間人どうしですから、私に行えるのは「双方の考え、あるいは感覚の違い」ということであって、言論弾圧、言論規制のようなことはそもそも出来ません。このことを了解しておいてください。
そして、私は、一切の言論は、絶対的に無制限に自由であるべきだ。という考えを持っています。あとは言論戦での決着の付け方だけです。 言論の自由市場(自由競争)の場で優劣がついて、劣った劣悪に言論、意見が誰にも相手にされないで消えてなくなるだけです。劣等の商品が売れなくて市場で選別、淘汰されるだけのことです。
以上が、私が学問道場という言論と思想のアゴラ(広場)を公開で運営して行く上で、繰り返し学問道場サイトの読者、閲覧者に説いてきたことです。
それでは、私からの反論です。
1.貴兄の言う「文中の「わし」も多用するのはどうか」に対してですが、私は「わし」という日本語は使ったことがありません。一人称として、おしゃべり文の中で「おれは」と使うことは時々ありますが、書き言葉(評論文章)の中ではこの言葉も使いません。
「わし」という言葉を使う生活慣習を私は、生まれてこの方、持ちません。私の生まれ育った地方にも「わし」という言葉はありませんでした。小林よしのり氏の政治漫画の中の多用とでも勘違いしたのではないですか。同じ福岡県人(私の本籍は佐賀県)なのに、小林よしのりが、「わし」を多用するのは、私には奇異です。私の周囲にはもう「わし」は、私の小さい頃から無かった。きっと彼が、お寺さん(お坊さん)の家系のひとだからではないか。
私の文の中の「わし」の例を例示してみてください。2.「副島さんは、確かに日本の論客の中の重要人物の一人である」 とのことですが、私自身はそのように思っていません。それは、私が、自己卑下したり、謙譲の美徳でそう思っているのではありません。
私は、今では単行本ならば割りと自由に出せるようになりましたが、一般のメディア言論では全く封殺されて厳しい「言論規制の檻(おり)」に中に入れられている、と強く感じています。
5社のテレビと5社の新聞社、計10のマスメディアは、公共の電波、公器として、私の言論を日本国民に対して直接話させるべきなのですが、彼らの経営陣と管理部門は、アメリカの手先であり、私の言論を嫌がって嫌いますので、私はですから「日本の論客の中の重要人物の一人」のなり損なっています。
はやく彼ら愚劣なるアメリカ・グローバリストの手先どもが私に対して敷いている意識的な包囲網と言論規制の、鉄の壁を自力でぶち破って行きたいと思っています。
3.貴兄は、副島隆彦の文は、「その辺にいる者を威圧し強い言葉で罵倒している」と書いています。私は、アメリカの愚劣なるグローバリスト(世界を管理して支配している者たち)とその日本国内の子分どもに
対して「強い言葉で罵倒」しますが、「その辺にいる者」たちや、「そんじょそこらの人間」たちに対して、「尊大ぶったり」「エライエライ人間」になったりしません。私は、自分の敵どもと言論と思想で闘っているのであって「その辺にいる人たち」に威張り散らしたりする人間ではありません。私は死ぬまで、一民間人としてごく普通の生活(ただし中小企業のオヤジのような。あんまり貧乏な庶民はいやです。)を送れればそれでいいと思っています。
ですから、私は、いわゆる慇懃無礼(いんぎんぶれい)が大嫌いですから、いわゆる「組織人間」で、大企業や官庁で人間関係で、上手に上手に生きて、いつもいつも相手にへりくだって、へこへこ して「させていただきます」語を過剰に使うような人間が嫌いです。 本当は、威張り癖がついていて、組織内でずる賢く上手に生きてポストと組織内の肩書きだけは出世するような冷酷な性格をした人間たちが嫌いです。
それでも現実には、そういう人間たちだけが悪質に勝ち組になっているという現実の世の中を、私はおおいに認めますし、私の弟子たちで
も、適性を観察してそういう官僚(木っ端役人)タイプの人間は、その才能を生かして、伸ばして生きてゆけばいい、と指導します。それがその人の才能ですから、才能と適性は磨いて伸ばせばいいのです。4.貴兄は、「そんな印象なのです。著書の中の言葉使いもちょっと気の弱い人が読めば(副島隆彦の本なんか) 二度と読まないぞ、特に女性の読者は」と書いていますが、まさしくこのとおりです。
私は「ちょっと気の弱い人間」たちは、あまり相手にしないのです。そういう「気が弱い人間」というのも、もって生まれた性質であり気質ですから、私は、あんまり相性(あいしょう)がよくありません。
しかし、私が生来気の弱い人間ではない、ということではなくて、私は言論の闘いの中で、次第に苦労を重ねるうちに強くなって来たに過ぎない。
私は、自分の知りえた限りの真実しか書かない。真実をどんどん暴き立てる。それは自分自身が疑問に思い、自分の脳を大きく騙(だま)して(=洗脳して)きた者たちとの一生涯の戦いを、やっているのです。それもあと、長くて20年もないでしょう。私は、生きている限りもう誰にも遠慮しないで、これからは、もっとずけずけと実名と名指しで、敵どもと闘います。
私は、これまでかなり遠慮して来たなあ、と最近、反省しています。「私、副島隆彦が、おとなしく静かにしていると思って、しめしめと思っているな。私は、今からお前たちと本気で闘うからな」と決めつつあるのです。
だから、私は、**さん。貴兄の私へのお諌め(諫言)の言葉とは、ちょうど逆で、これから初めて「尊大で、威張っている。言葉遣いを大上段に振りかざす」生き方をするのです。5.ですから、私の本の読者は、女、あ、女性か、女性は少ないのです。おそらく、私の本の女の読者は、5%ぐらいです。95%は男です。私は、公然と女性差別主義者です。
この事実を私は隠す気はありません。私の『属国・日本論を超えて』という本でそういうことをたくさん書いています。一読してください。生来お上品な貴兄は、卒倒するような内容が続くでしょう。あるいは、笑い転げるかもしれません。
昔、山本夏彦(やまもとなつひこ)翁が、「女こども」としゃべる(書く)だけで、女たちが眼をむく、あとはもう何を言っても(書いても)聞こう(読もう)としない、と書いていました。ほんとうにそうだ。 ですから、私は「女こども」と書き続けようと思います。あるいは、「女は女らしく。男は男らしく」と書き続けようと思います。
女にも優秀な人間がたくさんいて、男にも愚かな者がたくさんいる、という言葉の対比構造そのものが持つ対決の構え意図的にを曖昧にする言葉使いがある。この手の「決め付けはいけない」という人間ほど、本当は決めつけ人間だ。対立点をワザとぼかそうとする卑怯者の、性質(たち)の悪い人間だ。
ことを前提にして言いますが、一般に女(の人)は、抽象能力、観念力、むずかしい事を考える能力が劣っています。
それから、営業マンになれません。「お客さん。そこのところを何とか。お願いしますよ」という商人言葉をなかなか自然に使えません。
そういう文化の蓄積がないから、男と生産現場(生産点)で互角に競争している優秀な女たちは苦闘しているのだろうが。あとは、女はすぐに体を要求されるので、それで女は営業マンになりにくい。
あとは、女が管理職になった時に、いわゆる融通(ゆうづう)が利かない。「こういう時は、杓子定規にものごとを運ばないで、ぐるりと、大きく外側から解決するんですよ」というような事が出来まい。このことは世界中のすべての国(文化)で見られることだと、私はほぼ確信している。
こんなことを公然と書く(言う)と、おそらくアメリカだったら、確実に、 "I sue you . " (アイ・スー・ユー )「私はあなたを
裁判所に訴える」と訴えられるだろう。私は、アメリカ帝国ではなくて、アジアの属国群のひとつ日本に生まれて本当によかったなあ、と思うのはこういう時だ。私には、こういう時に、日本の言論界では、言論の自由が保障されている(発表に場が与えられる)のではなくて、その逆で、お前が何を喚(わめ)こうが勝手にやっていろ、という無視の態度という戦術に逢って、それで、無視されたまま、こうして生き延びている。帝国本国の
アメリカだったら大変だったろうなあ。アメリカ帝国内でターミネーター=グローバリストたちと戦い続けている、本物の人類の生き残りたちは大変だ。女の中でも、本当に賢い人間は、私の読者になる。私は、そのことに自信を持っている。女に生まれたということは、黒人に生まれた、被差別民に生まれた、東アジア人=モンゴロイドに生まれた、ということと同じことだ。
女は子生み器官の子宮(しきゅう)を持って生まれたので、それで脳に抽象(ちゅうしょう)能力が足りない、という事実を認めてその事を自覚して、そのことで返って、女であることの武器と利点を十分に使って闘えばいいのである。この事が分からないようなアホは、私、副島隆彦の本の本物の読者になることはないし、ほっておけばいい。世の中はいろいろな人間で出来ている。
6.貴兄は、最後に「 副島さんはとっても影響力のある論壇です。だから言葉使いにも気をつけられて一人でも多く影響力を行使する方を選ばれた方が得策かと思い意見しました。」と書いてくださった。
誠実なご忠告として、私はまじめに聞きます。しかし、おそらく私は、この忠告を聞き容れることは出来ません。それはなぜか。
それは、貴兄のご忠言には、私へのまじめな忠告の振りをして、私を自分と対等にしたいという思い上がりがあります。 そういう感受性で私に私信を寄越す人が時々います。私は、そういうのがよく分かるのです。人は、誰かに手紙(メール)を書くときに、むげにへりくだったり
、おどおどしたり自己卑下したりする必要はないのであり、その逆の余計なお節介(せっかい)もする必要はない。人の生き方に助言、忠告するのだったらよっぽどの覚悟をしてからやりなさい。人はただひたすら自分自身のことを書けばいいのです。自分にとっての必要を一生懸命に本気で書けばいいのです。そのような書き方、生き方だけがほかの人たちの理解を得られます。
私、副島隆彦に向かって、「もっと世の中に頭をさげよ。そうすれば認めてやる」というようなことを書いている者たちに、私は、「おまえ自身のその卑屈なる生来の奴隷根性をこそ、みつめろ」と書きます。
7.「 以上のことは英語関係の著作には見られないことです。特に『英文法の謎を解く』シリーズはとても面白く3巻とも読みました。自分と同じ意見の 部分もあってとても親近感を覚えました。」とあります。
どうもありがとう。ご自分で理解できる範囲で理解して共感していただければ、それでいいのです。他の人間にそれ以上のことを期待してはいけません。 副島隆彦拝(転載貼り付け終わり)
副島隆彦記。なかなかディアローゲ(対話)の読み物になっているではなか、と思います。私の弟子たちに伝えておきます。出版社の編集者になった者たちで、私のこういう読者との対話ものの本の企画を将来、考えてください。今は、まだこういう「人生相談系の、投稿文とそれへのお返事文」では内容が薄くて本にはなりません。しかし、私の書いていることは、これまでに発表されないものでも、かなりの事を書いていますから、それらは将来、本になるでしょう。 副島隆彦拝
最近、テレビで何かと話題になっている齋藤孝(さいとう たかし)の「段取り力」という本の(第二章:トラブルに強いタフな「段取り力」)にてアポロ十三号の話を取り上げていました。
恐らく齋藤先生としては何も知らずに純粋にアポロ十三号の事故からの生還を信じて自らの著作の中で引用したと思われますが、意外にも此れがアポロ計画における「虚構」と「欺瞞」を暴露しています。そもそも齋藤先生の主張するには個々の人間が必ず持っている「段取り力」とは、他に色々と応用が利く代物なのだそうです。しかし世の中の圧倒的大多数の人々は、その事実に気が付かないで損をしているとの事。
つまり「アポロ計画」や「アポロ十三号の奇跡の生還」が本当に歴史的事実なら、アメリカ国内のみならず世界中の様々な分野においてそのノウハウが生かされている筈です。
ましてやスペースシャトル「チャレンジャー」や「コロンビア」が打ち上げに失敗したり大気圏再突入に失敗して乗組員が全員死亡する筈が無いのです。考えてみれば、あれ程のビック・プロジェクトなのに全然他分野に技術が転用されていない企画も無いでしょう。精々が防災用品で非常食やアルミ製防寒ブランケットにNASAの最新技術云々と記載されているだけです。しかも、よく見ると日本製と書いてあったりします。
一番怪しいのは、あれだけのビック・プロジェクトにも関わらずソフト面での他分野への応用が全くなされていない点です。
私は英語も満足に話せない文系人間ですが、それでもアポロ宇宙船の運行管理プログラムなどのソフト面での発明が他分野に全然転用されていないのは変な話だと思います。
具体的な例を挙げれば第二次世界大戦中にアメリカ軍内部にて考案されたオペレーション・リサーチを始めとする様々なソフト面での発明は、戦後における経済の多分野にて応用や活用をなされています。話は変わりますが、我が日本国とて大和級戦艦を二隻竣工させただけで戦後様々な分野において、その高度な工業技術力が生かされたは有名な話です。
やはりアポロ計画は実際に実現しなかったと考えるのが自然ですね。
中学生の私は、テレビでの月着陸船イーグルの、月面再発射の瞬間を固唾を呑んで見つめていた。その映像はあっけなかった。へー、ウルトラマンの特撮ってけっこう本物に近いんだ・・・。ウルトラマンに出てくるロケットの発射場面と大差ない映像に、円谷プロダクションはすごい、とみょーに納得したのを覚えている。
今年に入ってから、「副島隆彦」の英語本以外の全部を時系列的に読み直していますが、なかなか進みません。その間、アイン・ランドの『水源』や『肩をすくめたアトラス』にも手を出し、吉本隆明の全集本は売り払ったものの、残りの本にも手を出していました。その一つの本の中で「記憶にある文章」に目を留めたら、その「参加者の声」の証言が「副島隆彦」であることに気づき驚きました。その頃に「副島隆彦」に出会っていたことに愕然とし、かつ今『学問道場』の会員になっているのは必然だったのだ、と妙に納得した次第です。そして、『学問道場』主催の講演会で、いつも開始と終わりに深々と90度以上頭を下げられる姿を、改めて理解できました。これは、知識人と称される人々の中かでも、なかなか出来る事ではありません。「重掲4117」↓で「証言を引き継ぐ者として」とありましたが、これもその証しでしょう。
つきましては、この本から、「34才・副島隆彦」の「土間に座りつづける吉本隆明」を下記に転記いたします。この本は、弓立社刊『いま、吉本隆明25時』ですが、弓立社の宮下和夫氏の了解をとっていません。どうか、同書が絶版状態であることで、お許しを得たいと思います。だから、弓立社から『小室直樹の学問と思想』1992.7.10が橋爪大三郎との共著で、また『属国・に本論』と双子の兄弟書とも言うべき『日本の秘密』1999.5.10が同社から刊行されたのが納得出来ました。この本は1987年9月12〜13日にかけて、東京・品川/寺田倉庫T-33号館で行われた、24時間連続講演と討論・全記録です。なぜ「25時」かということは、吉本・本の購読者には自明のことですが、本人自身が「家事や子育てというのは社会生活であり、やって当然のことです。その点、物を書くなんて余計な虚業ですからね。書きたければ24時間を社会生活に使い、25時間目に自分の時間をつくればいいんです」と書いた暗喩です(吉本隆明『人生とは何か』弓立社2004.2.10刊)。
下記の「副島隆彦」の「参加者の声」以外にも、ほぼ「副島隆彦」の質疑と思われる箇所が2箇所あります。一つは『機械の知』の中で講演者の橋田浩一(認知言語学)氏への質問です。そこでの質問は、「日本の知識人なんか世界では相手にされていない」「日本の知識人がしゃべっている言語っていうのは、本当に世界性の公準という意味では、世界性があるのかという僕の強い疑問です」「自動翻訳機というのは実際できるのかできないのかを、はっきりさせてもらわないと困ると思う。それが人工知能問題の日本における最高の展開だと、僕は思っている」…など、日本語で考えることに世界基準があるかどうか、人工翻訳機は本当に出来るのか、という質問でしたが、橋田氏はまともな回答が出来ず。
もう一つは、三上治という「電脳ブント」というサイトもあるけど、今でも何で食っているのか分からない新左翼運動の元指導者が、ミッシェル・フーコーをテキストにして『反権力思想は存在するか』の講演の中での質問です。「僕みたいな人間でも一応左翼体験みたいなのがあった時期なんですけど、今13年後にお会いしても三上さんは全然変わっていないというか、どうしてこんなに変わらないんだろう」「昔のあのころの雰囲気というものは少し何か、左翼の僕の時代には、もうちょっと秩序というものがあったと思います。左翼が全然特権でもなんでもない時代があったということです」「おそらく吉本さんの思想は、フランスを中心に一部の人たちに研究されようとしていると思います」しかし「向こうの知識人から見たらどういう風に理解されているのか、ということを考えてみます」と、彼らは「60年安保も、70年大学闘争も、あれは、日本という遅れたアジアの社会が、リベラルになっていくための当然の過程である。自分たち西欧社会が昔経験したことをコピーしているだけなのだ、と考えるわけです」「世界的公準というか、世界思想の標準からみたら、トヨタとか日産、ソニーという理科系の技術者には、日本人は大変な連中がゴロゴロいる。しかし、知識思想系ではほとんどガキの状態だ」「だから70年代日本左翼世代はどういう思想をつくったのかということをもっと客観的に外の世界に向かって表現する手はあるんではないか、というのが僕のモチーフですけども」という質問に対して、三上氏は「それは僕とあなたの思想の違いに過ぎない」で終わり。
…吉本隆明の言う「大衆の原像」とは、中小「企業経営者たち」だと『今日のぼやき「661」』で特定されていると理解していいかという、私の不躾な質問に、YESと回答戴きました。不躾な質問に対するお詫びと共に感謝いたします。
…また、34歳から52歳に『日本壊死』での船井幸雄氏との関係を得られたことは、副島先生にとって、ある意味で僥倖だと心強くおもいます。
…「陰陽五行説」という非知の立場からいえば、12子(時間)х10干(空間)=60年が還暦、すなわち「コンドラチェフの波」に合致します。時代論では動乱期・習得期・経済台頭期・庶民台頭期・権力期がそれぞれ陰陽10年あり、50年単位で100年を時代の変化ととらえるのは、すなわち「へジェモニック・サイクル」に合致します。参考までに。詳しくは機会があればご紹介出来れば、と思います。****************************************************************************
土間に座りつづける吉本隆明
副島隆彦(東京 予備校講師 34歳)
*―――私にはよく分からない24時間」だった。私は、吉本隆明ただひとりの話を聞きたくて集まった聴衆の」ひとりである。他の十余名の講演は、どれもこれもくだらない、バカ評論家バカ作家バカ知識人に過ぎない。いい加減にしろ、という気持ちしか今に至るも興らない。おまえらの低脳演説を聴くために24時間も私は座りつづけたのではない。あの場にいた私と同類のただの(ルビ)吉本主義者は同じようなやりきれない気持ちだったと思う。ただ、五千円払ったのだからその分は聴いて帰ろうと思った。私は吉本隆明の話だけ聞きたかった。その意味では、吉本さん自身が、最後の話の中で自の気持ちを紛らわすように言った「24時間ずっと、私ひとりで語ってもよいように準備してあった」とい言葉にほっとした。一体、誰が、こんな「戦後空間の焼跡のガレキの山」のような「荒廃しきった日本想業の砂漠」のようなところにひとりで立ち尽くしている吉本隆明という図を設定したのか。最低綱領も何もいらない。ただ責任者を出せ、と言いたかった。
そして、私たちは、私たちただの聴衆と同様に、演壇のすぐ下の土間に、20時間以上も、腰を曲げて座りつづけて、用がない限りは決して動こうとはしない吉本隆明を目撃しつづけていた。この態度のとり方に於てだけ日本の戦後思想は意味を持つ。私たちは、この国で生きてゆく上で、何の特権も主張してはならないのだ。
白けた座を盛り立てようとして再三、登壇してはくだらないことをやりつくした中上健次など、ぶち殺してやりたいと思った。たった一冊、「枯木灘」という秀れた小説を世に出したというだけで、こんなにも国民文化人ずれして、自信たっぷりに、しかも「文学論」まで語るとは。書物をまじめに読む力もないのだから、小説を仕上げてゆく作業以外のところでは黙り通すべきなのに、文学論までうんぬんする。年季のの入った吉本読みからは全部バレているのに。いっそ適性の芸能文化人活動に打ち込めばよい。
三上治に対しては、講演に対する質問者として、ひととおりのことを言わせてもらったので言うことなし。吉本隆明の合戦の様子をいつも周囲から冷ややかに擬視している「野伏せ(のぶ)せり」のような連中に対してはもっと言うことはない。
他の講演者たちの、気の遠くなるようなアホ話を、痛々しく曲がった腰のまま、土間にうずくまるようにして、じっと聴いている吉本隆明の構えを「もはや親鸞上人の還相の姿だ」とか「最低限綱領で、この世界と和解しようとしているのだ」とか評してみても、なんだか虚しい。ただ、とにかく、丸一昼夜、吉本隆明と同じ建物の中に座りつづけて、こんなに愉快なことはなかった。
『いま、吉本隆明25時』(弓立社)1988.2.25刊。
副島隆彦です。今の日本人に、以下の事を書いて、どれだけの人が理解してくれるか分かりません。しかし、時代の証言を引き継ぐ者として、言論人の責任追及は、しておかなければならない。以下に、備忘録(びぼうろく)として即席で書いておきます。
『偽りの烙印』という優れた本がある。著者は、渡部富哉(わたべとみや)氏という
長年、日本共産党の活動家だったおじいさんである。10年ぐらい前に出た本だ。この本は、リヒャルト・ゾルゲという、国際的に重要な役割を果たした、ドイツ人(ポーランド生まれ?)
知識人で、日本の開戦時の最高機密情報であった「日本は南進する」を知って、アメリカ経由で
ソビエトにもたらし、尾崎ほつ美(おざきほつみ)と共に死刑になった。ソビエトは、この情報で、満州国境線に張り付けて日本軍(関東軍)と対峙して
いたジューコフ将軍の戦車軍団を、シベリア鉄道に載せて、ドイツ機甲師団との
レニングラードの攻防戦に投入することで勝った。だから、ゾルゲと尾崎の活動は、
世界史を動かしたのだ。ゾルゲは、ソビエト赤軍第四情報部所属の国際共産
主義者であった。戦後の政治評論文で、長いこと伊藤律(いとうりつ)という共産党の幹部を、ゾルゲ
を売ったユダである、という風に書いてきた、尾崎ほつき(日本ペンの会長だった)の
長年の言論が、嘘だった。尾崎の数十年に及ぶ、伊藤律に対する「日本のユダ」とい
うようなことを書き続けた言論の罪は大きかった。このことを、上記の『偽りの烙印』
(五月書房刊)が、詳しい証拠付きではっきりさせた。このあと、日本ペンの中で大騒動になり、日本ペンの会長だった評論家の、尾崎ほつ
きの言論責任を問う声が上がった。今から10年ぐらい前からだ。その後どうなって
いたのか、私は知らなかった。私は、このあたりの事情を最近知った。これは、このあと、広報ページに書かなければ
いけないことである。
尾崎ほつき は、自分の責任を明らかにしないで、苦悩のうちに死んだ。石堂清倫(いしどうせいりん)という偉い左翼系の言論人の大御所がいた。
彼が、日本ペンに対して批判の声を上げた。三好徹(みよしとおる)ら、日本ペンの
幹部で、文藝春秋系のもの書きたちは、黙(だんま)りを決め込んで、この問題を
闇に葬ったようだ。
上記『偽りの烙印』は、大宅壮一ノンフィクション賞にもノミネートされたのに、
尾崎本人および、尾崎の子分たちが圧力をかけて、受賞させなかった。
文春も自分たちの言論責任をほっかむりして、うやむやにした。他に、松本清張(まつもとせいちょう)も、伊藤律スパイ説に加担して、『昭和史発掘』
などを書いている。 清張には、日本共産党系の情報筋からの情報と、それから
文春の専属ライターと編集者がついていて、晩年は彼らが清張の名前で
書いていた節がある。
清張の『日本の深い霧』が、最近、文春文庫から再復刊されたそうだ。ここにも
伊藤律スパイ説が、そのまま載っているという。 どうして、こういう居直りが
出来るのだ。今の若い人たちは、「ウヨ(右翼)」だの「サヨ(左翼)」だのという言葉しか知らず、
対して知識、思想、学問も無いのが大半だろうから、50年前の日本の歴史や
知識人層の関心事のことなど、もうなにも分からないだろう。しかし、勉強しなければ
いけないのです。 相手を、ウヨだ、サヨだと軽蔑の一言で片付けてはいけません。私、副島隆彦が生きている限り、こういう八百長やほっかむりや、歴史の偽造や言論犯罪は許さない。 大きな事実をねじ曲げて後世に伝えるのを、私たちは阻止しなければいけない。それが知識人、言論人の努めである。
この「伊藤律をスパイとして何十年も苦しめた言論人たちと出版社の責任」について、改めてそのうち書きます。 副島隆彦拝
ことわり(理)、わるは日本語の数少ない基本語。ことわりとはことをわるときに生じる全体と部分の関係を指している。つまり理、ことわりとは比、レシオのこと。万葉集800 父母を 見れば貴し 妻子( め こ )見れば めぐし愛(うつく)し 遁ろえぬ 兄弟(はらから)親族(うがら) 遁ろえぬ 老いみ幼(いとけ)み 朋友(ともかき)の 言問ひ交はす 世の中は かくぞことわり
古今集685「心をぞわりなき物と思ぬるみる物からや恋しかるべき」
ハートとマインド(理性)の違いが述べられている。平家物語 祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり,沙羅双樹の花の色,盛者必滅の理をあらはす。
盛者もただの人、全体である自然界の法則に従って盛者も滅びまた興隆する。
遅れましたが、感想です。まず、執筆された研究員の方々に改めて敬意を表します。非常に素晴らしい本です。たとえば、西洋史で、スペイン、オランダの繁栄と衰退、そして大英帝国の覇権といった歴史の裏には、ユダヤ人の移動と資金があるということを「一般常識」として世間に知られるようになることだけでも凄いことです。そのほかにも凄いことが沢山書かれていて、個人が自力でこれだけの研究、調査をするには、多大な時間とお金と労力を要することを思うと、たったの1600円(+税)でこれほどの知識を得られるのは、有り難いことです。ところで「レイシオはユダヤの思想」ということに関連して、過去の「重掲」から引用します。
(引用開始 「重掲 3896」より)
だから、キリスト教(思想)にとって、アリストテレスの思想が、ものすごく脅威であり、真実暴露的であり、ユダヤの金銭思想的=利益法則に合致している、残酷・冷酷なまでに利益追求だ、ということで、それで、アリストテレスの思想が、イスラム、アラビア語経由(コルドバに翻訳王国があった)で、西欧世界に伝わったのである。
トマス・アクイナスは、アラビア語とイスラム思想から、キリスト教の思想にアリストテレスの「合利益思想、ラチオの思想」を持ち込んだのだ。それは、金利 intarest の思想 と言ってもいい。
それで、キリスト教自身が、13世紀からおかしな変質をとげてゆく。
それで1513年とかから、プロテスタント思想という獅子身中の虫を抱えることになる。カトリック思想(パウロ教) と闘うプロテスタント思想の中に、ユダヤの合利益思想(これを合理主義と言ってもいい)が、密かに混入している。だから、今のネオコン(現代ユダヤ理想主義)思想と、エヴァンジェリスト(サザン・バプテキストのウルトラ化したもの、宗教右派、キリスト教原理主義)が、野合できて、この中の、ユダヤ教的な性質、=現世(げんせ)御利益(ごりやく、ごりえき)的な、強烈な拝金主義が見られるのだ。
(引用終了)
ここでは、レイシオはアリストテレスの思想とされています。ところが、アリストテレスはギリシャ語なのに、どうして reason (ratio) というラテン語系なのかという謎が発生しました。ひょっとしたら、ロゴス logos がレイシオ ratio になったのではないかと思い、web を検索したら、以下のようなものがありました。
[HM] Logos and ratio
------------------------------------------------------------------------Subject: [HM] Logos and ratio
From: Luigi Borzacchini (gibi@pascal.dm.uniba.it)
Date: Wed Sep 20 2000 - 03:07:54 EDT
* Next message: John McKay: "Re: [HM] Slope"
* Previous message: Matthew Frank: "Re: [HM] Book: Revolutions in Mathematics"
* Next in thread: David Reed: "Re: [HM] Logos and ratio"
* Messages sorted by: [ date ] [ thread ] [ subject ] [ author ]
------------------------------------------------------------------------I would like to add a point which could be interesting for HM: the
difference in the semantic fields of the Greek "logos" and the Latin
"ratio".
Even though they are supposed equivalent (ratio was the term for logos
in Latin), they stemmed from two different indoeuropean roots.
Logos, legein is from *leg (to collect, to pick up, to say), and had
no mathematical meaning in Homer, Hesiod and Greek Lyric.
At the opposite ratio, reor is from *ree (to count, to believe) was
first and foremost an arithmetical term and had no linguistic employment,
but got easily the meanings of reason, rationale, etc. (as in German
Rechnung, Recht). For the accountants, we must remember that in Latin
the accountant was the 'rationarius'.This remark could be interesting to understand the evolution of the
concept of ratio from the Greek logos, which was not a number but a
relationship between magnitudes (or numbers), more a geometrical than
an arithmetical term, to the idea of rational number.
Probably this evolution was fostered in the Middle Ages by the
arithmetical nature of the Latin word ratio, so that it was naturally
in the hands of the Italian "ragionieri" and got easily a practical and
arithmetical meaning.Luigi Borzacchini
ここでは、ロゴスとレイシオは同意義と想像(仮定)され、 ratio was the term for logos in Latin であり、ロゴスは数学的な意味がなかったが、レイシオには最初から算数的な用語 term があると述べられています。ということは、神学で「理性と信仰 reason and faith 」といいますが、アリストテレスのロゴス(ロジック)をレイシオ(リーズン)にしてしまったために、「レイシオの思想」が発生したのでしょうか。あるいは、モーゼ五書にもともとあったユダヤ思想とアリストテレス哲学の相性が極めて良かったということなのでしょう。
私も「人類の月面着陸は無かったらろう論」を読みました。
幸か不幸か私は文系の人間ですので、そんなに大した衝撃は受け無かったです。むしろ「今日のぼやき001」を読んだ時の方が、激しい衝撃を受けてしまいました。
此処が文系人間の文系たる所以なのかとも思います。別に「知ったかぶり」をする心算は無くとも結果的にそうなってしまい、後から取り消そうにも取り消せないのが文系人間なのかも知れません。これは私の勝手な思い込みなのかも知れませんが、理系の人間よりも文系の人間の方が「科学的云々・・」との言い回しを好む様な気がします。
おまけに文系は理系以上に言葉を大事にしなければならない筈なのに外来語を好んで使う文系人間は多く、実践的な英会話教育と称する代物に関してその危険性を訴える文系人間は少ないです。
この様な日本の社会情勢の中で、明白に「言霊信仰」とは一線を画した「言葉を大事にしなければならない」との概念を示し続けて来られた副島先生が、事実認定との立場から「人類の月面着陸は無かったろう論」を出版された意義は非常に大きいと思われます。話は変わりますが、私はアメリカの「B級映画」や「TVドラマ」が大好きな人間です。自宅マンションにはケーブルTVを引いているので色んな番組を見ます。しかし「9.11テロ」以降は古い作品ばかり見る様になってしまいました。
何故なら新作ドラマは馬鹿でかい「星条旗」が、やたら出て来る上に偽善的な話が多いからです。どうもアメリカの情報操作は今現在も各地を侵攻中の様子ですね。
副島隆彦です。私の「月面本」を読んだ読者からの感想のメールを載せます。それに対する私からの返事のメールも載せます。副島隆彦拝(転載貼り付け始め)
----- Original Message -----
From: **************
To: GZE03120@nifty.ne.jp
Sent: Thursday, May 19, 2005 2:02 AM
Subject: ”人類の月面着陸は無かったろう論”を読みました!副島さまへ
初めてメールいたします****と申します。
東京の下町に住む当年54才になる者です。
私は昨年春からあるきっかけがあり、毎月熱海の船井先生のところで”幸塾”というセミナーに参加しています。
そこで先日(5/14)船井先生のお話の中で、副島さんの”人類の・・・”の紹介がありました。毎回、その時の話題に関連して、いろいろな方の本の紹介があるのですが、今回はなぜか副島さんの本をさらりと紹介されました。私は、船井先生関連の本は相当数読んでいましたが、大変失礼ながら副島さんの本はまだ何も読んでいませんでした。しかし、そのタイトルが、左脳人間として私の何かを”コツン”とたたいたような感じになりました。
早速家の近くの本屋にいきましたが、あいにく在庫ありませんでした。先日たまたまあるセミナーの帰りに寄った、大きな本屋に一冊だけおいてありましたので、早速読まさせていただきました。最近、時間があることもあり、いろいろな本を読んでいましたが、読みながら自分の心の昂ぶりを覚えたのは久し振りです。
一言では表現できませんが、”驚き””憤り””情け無さ””恐怖””人の愚かさ””正義””真実の重み”etc、etc・・・。しばらく体から力が抜けて、虚脱感みたいな感じになりました。
振り返れば大学一年の夏、アルバイトのコカコーラの配達の途中で、ラーメン屋のTVで見た衛星放送の映像を今もはっきり覚えています。その時は”アメリカという国はなんてすごいんだ!”とある種のカルチャーショックみたいなものを感じました。
私の学生時代の得意科目は”物理”と”数学”で、宇宙に関する事には特に興味をもっていましたので、”その偉業の困難さ”をまだ未熟なレベルではありましたが、普通の同世代の若者よりは、理解していたつもりです。スタンリーキューブリックの”2001年宇宙の旅”を見たときの感動も、今も鮮明に残っています。その映画を見てすぐ、本当に生きた人間が月に立っていたのには、本当に驚き感動しました。
しかしです。それからしばらくして、大学の友人と学食で昼飯を食べながら、アポロ計画での偉業を話していた時、その友人がぽつりと「なんでソ連は月にいけないんだ?ついこの前までは、圧倒的にソ連がリードしていたじゃないか?」と言いました。その時、私の論理回路は、整合性のある答えを出せず「そこがアメリカのすごいところだよ」とかなんとか言ったように記憶しています。
それから30年以上の月日が流れ、偶然TV朝日の番組を見ました。最初はただの視聴率稼ぎの低俗な番組だと思って見ていました。会社に言ってその話をしても、誰もまともに聞いてくれる人はいませんでした。そして、何回目かの後、2003年の暮れにビートたけしの番組を見たとき、何か胸騒ぎのような感じを受けました。
年明けてから、またいろいろな友人知人に話しましたが、意外と冷淡な反応で、真剣に信じている人は一人もいませんでした。そしてまた毎日の生活の中で、その話題に触れることもなくなり忘れかけていました。
うかつにも昨年の6月にこの本が発売されていることも知らず、先週の船井先生の話で初めて知り今読んだ次第です。私は、この本の内容を100%信じます。
残念ながら現在の私の知識レベルでは、副島さんの助けになる、科学的データーや文献を紹介する能力はありません。でもやれること(やりたいこと)はいくつかあります。1)まず10冊ぐらい買って、脈のありそうな友人知人にプレゼントする。その後機会を見計らい反応を聞き、脈がありそうなら、その人の友人知人に読むように紹介する依頼をする。
2)今私がいろいろなところで会う若い人(20代後半から30代前半の人)に副島さんのホームページを紹介して、是非その部分を読むよう熱く語る。
3)自分の息子二人にこの本を読ませて感想を聞き、友人にも奨めるように話す。
4)女房の友人・知人にも積極的に「この本すごく面白いわよ!」といって宣伝する。
今自分のもっているコミニュケーション・チャンネルをすべて使い、この本を読むように奨めます!
<私からの副島さんへの提案>
幸塾に来て一度お話をしていただけないですか? ここの会員さんは、非常に聡明であらゆるジャンルにたいして、鋭い感性をお持ちの方ばかりです(若干スピリチュアルに偏り気味なところもありますが(笑))。多分あっというに100人の方から100人に伝わり本が売れていくと思います。
船井先生とは親交がおありそうなので、すでにいろいろなお話しをされているとおもいますが、私は塾の世話人をやっていますので、是非推薦いたしたく思います。来ていただけると最高にとうれしいです!(ギャラはあまり払えませんが)
・船井先生の主催している”船井オープンワールド”で講演されたら、すごい反響になると思います。しかし、それは船井先生と副島さんに、多くのリスクをともなうことになると思いますので、今の時点で軽々しく言うのは控えます。
・船井先生は副島さんの本を紹介しながら、何か作戦を思案しているように私には感じられました。そのことがなおさら”このテーマの重大さ、危険さ”を私は感じました。
・私はごく普通のサラリーマン生活をしてきた、妻と二人の息子に恵まれ幸せな生活を送っている、常識とバランス感覚のある(と自分では思っている)普通の庶民です。しかし、この本を読んで、副島さんがまさに”命をかけて書いた一冊”と思いました。この表現が決してオーバーでないほど、この真実を伝えることは、危険に満ちていると思います。
・そして、もっともっと多くの人に(特に日本人に)伝える必要があると思います。絶対にあきらめないで、積極的に活動されることを願います。
PS)HP拝見しましたが、この大切なテーマがどこに書いてあるのか分かりません。何か考えあって、あえてそうしていられるのかもしれませんが、一番目立つところに大きく”ライフワークテーマ”として掲げるべきと思います。これからもお体に充分留意され、ますますご活躍されることを祈っています。 2005年5月19日 ****
****さまへ
副島隆彦です丁寧な心のこもったメールを有り難うございます。
私の月面本を最大限に評価してくださってありがとうございます。私は、苦闘しながらもの書きを、もう20年もやっているのです。
大手の本屋なら、そろそろ私の本の小さなコーナーがあるはずです。
ですから、私は、これくらい苦しんで書いてきても、国民にはちっとも知られないのだなあ、というのがいつもの私の慨嘆です。私の月面本は、ひそひそと噂で広がって読まれるべき人たちにはすでも読まれているでしょう。私は、アメリカに殺されることまでも覚悟の上で生きている人間です。すでに腹(決意)は固まっているのです。
貴兄のような敏感な感性で私の闘いに率直に賛同してくださる方に感謝します。世の中はいろいろで、人の生き方もいろいろです。私は、もう焦(あせ)るということもしたくなくなりました。大きな意味での自然神に身をゆだねようと思っています。 船井先生との出会いもそういう時期でした。
それでも、私はまだ目先の本の原稿と、ネットの学問道場に書くべき事に追われてあまり楽ではありません。 体調のいい時はいいのですが、悪い時は、苦しい思いをして書いています。 書くことだけが自分の仕事であり、真実を書いて後世に残すことだけが自分の運命だと諦観(ていかん)しています。
船井オープンワールド(10月10日?)で私も講演することは決まったようです。おそらく、私は月面問題に絞って話すことになるでしょう。今、貴兄からのメールをいただいて決めました。別に恐れるほどのことでもありません。どうやったら、私の考えが日本国内にもっと広まるようになるか、を船井先生も考えてくださっているようです。
**さんなりに、大きな真実を求めて頑張ってください。 副島隆彦拝(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
こんばんは、あおです。最初に副島先生が書かれている【4111】の10代の無軌道な状況につきましては2003年7月頃に私の兄が実際に見聞きして呆れて私に話していた事を思い出せました。兄が言うには高校生(制服着用から判断)が橋の下でやっているのを2組ほど見たと(ある1日のほんの少しの時間に別々の橋で)、また住んでるコンドミニアム(マンションは豪邸という意味なので使いません)の駐輪場でここでも高校生の男女がやっているのを出くわして、こいつら犬猫か!!と、同様の出来事を義姉も話していて、幼稚園児が下校時に10代の男女が音楽ホールの敷地内で派手に声を出してやっているのに出くわして園児達が“なんで、苛めているのとか?”質問乱発で回答に困ったとの事です。兄、義姉ともに1980年代半ば高校生でこの件の感想は、“こうまで自分が高校生の頃はひどくなかった。ヤンキーな子が増えたわけでもないし、今はひどくなっている”が共通した感想でした。性の暴走もですが、どうも若年世代の生活のいろんなところでも同様におかしくなってきていると考えます。
不登校、最近ならニートなる語がマスコミで使われますが、不登校に陥る中高生、ひこもりの人達も学術的に分類すると『小児慢性疲労症候群』なる症状に該当するようです。不規則な生活習慣・睡眠時間から昼夜が逆転し、体のホルモンの分泌を狂わして日常生活に深刻な支障をきたすと国内でこの分野で先頭を走る熊本大学医学部教授:三池輝久教授が次のよう警鐘を鳴らしています。
熊本大学医学部教授:三池輝久教授→
http://www.kin21.com/higo/higo1_site/005.html貼り付け開始→
三池輝久氏 みいけ・てるひさ
昭和43年熊本大学医学部卒。52年米国ウエストバージニア州立大学神経病理に留学。59年から現職。専門は神経および筋肉疾患、精神運動発育障害など
疲れいやす時間十分に
不登校の子どもに対する医学的見地わが国では、一般に不登校の子どもたちは「病気ではない」とされています。しかし、不登校の子どもたちを診断すると、自律神経の機能低下やホルモンバランスの異常、睡眠障害など、明らかに病気ととらえられる症状が隠されています。
一九九九年の全国調査で、五歳以上の子どものうち、五・六%が何らかの心の問題を抱えているという結果が出ました。特に十五歳以上では、この割合が跳ね上がり、「頭痛」や「腹痛」「睡眠障害」などを訴えるケースが多くなります。これらの子どもたちをよく調べてみると、視床下部の深部体温調節機能に異常が見られることが分かりました。これにより、脳の機能が低下、生活のリズムが狂って、学校に行きたくても行けない場合が出てくるのです。
これらの症状は、子どもたちの心の疲れと密接にかかわっています。慢性疲労をテーマにした国際会議で、オーストラリアやアメリカ、イギリスの小児科医は、不登校の子どもたちを「小児型慢性疲労症候群」、つまり病気の状態にあると位置付けています。私もこの意見に賛成で、不登校の子どもたちを、医学的な立場から早急に支援すべきだと思っています。幸い、今年から厚生労働省が「小児型慢性疲労症候群の原因解明と治療開発」について研究班を立ち上げます。これを機に、多くの人が不登校という非常に難解な問題に興味を持ってほしいと思います。
不登校を防ぐには、子どもたちに疲れた体と心をいやす時間を十分に与えることが大切です。しかし、現実には子どもたちはゆっくり休養することさえままならない状況にあります。学校を休むと勉強に遅れが生じるのではないかと必死にしがみつき、次第に問題を大きくしてしまうのです。
もし、「自分の子どもは絶対に不登校にならない」と考えている人がいたら、それは大きな間違いです。勉強や部活動に熱心で、一見、不登校とは縁遠いと思える生徒でも、不登校は起こり得るということを認識しなければなりません。
→貼り付け終了
このような病理の原因として、バブル後に日本全国津々浦々に増殖した24時間営業のコンビニが、人間の生理に即した朝起きて昼働いて、または勉強して、夜は寝るという基本を壊し、そのひずみが心と体へ作用しているようです。やはり、早く寝て疲れを癒すホルモンを深夜1時から2時に分泌さして、5時ぐらいからその日動くために必要なホルモンを分泌させるのが動物としての人間と見なした場合は最良の行動が出来るようです。
副島隆彦です。以下の新聞記事が、どうも正しいらしい。
私は、このクラミジア感染症の女子高校生と若い女性たちへの蔓延
の話を、2年前に、さる政治家と話していて聞きました。
彼は今、小泉首相の隣に座っていて、次の首相の座に一番近い人です。
この話は、私は、私たちの近代医学・医療掲示板に、すぐに書きました。医師たちからすれば、そんなことは当たり前だ、誰でも知っている、ということなのでしょう。 副島隆彦拝(転載貼り付け始め)
<性体験ある高校生>1割がクラミジア感染 厚労省調査毎日新聞2005年5月4日
性体験のある高校生のうち約1割が、性感染症(STD)の一種、性器クラミジア感染症に感染していたことが厚生労働省の研究班の調査で分かった。STDはエイズウイルス(HIV)の感染率を3〜5倍高めるとされるが、全国高等学校PTA連合会が実施した別の調査では、高校生の4分の1以下しか、その認識がなかった。エイズ感染者・患者の合計が先月1万人を突破した中、専門家は若者を中心に爆発的に増加する恐れがあると警鐘を鳴らしている。
研究班は10代の人工中絶率などが全国平均とほぼ同じのある都道府県で、一昨年秋から約1年間かけ、13の高校に在籍する1〜3年生の無症状の男女約5700人を対象に、匿名の質問票や尿検査などで調べた。
クラミジアは性行為により感染。多くが無症状で、抗生物質で治るが、放置すると不妊症などになる恐れがある。
性交渉の経験者は男子高生が全体の31.1%、女子高生は43.6%。このうちクラミジアに感染していたのは男子6.7%、女子13.1%で、全体では10.6%に達した。年齢別では16歳の女子高生が17.3%で最も高い。欧米の女子高生の感染率は1〜4%で、日本は際立って高いという。
一方、同PTA連合会では、高校生の性に関する知識などを調べるため全国1万1000人を対象にアンケート調査し、1〜3年生計約9600人が回答。STDにかかるとHIVに感染しやすいと答えたのは男子高生が22.2%、女子高生は24.7%しかなかった。
84年の調査開始後、4月3日現在、HIV感染者の累計は6734人、エイズ患者は3336人で計1万70人。1月3日〜4月3日の新規HIV感染者207人中、20〜30代が75.4%を占め、若者に広がっている。
研究班の今井博久・旭川医科大助教授は「一般の高校生に性感染症が広がっている背景には、インターネットや雑誌などで刺激的な性情報がはんらんする一方、必要な性教育がほとんどされていないアンバランスさがある。このままではHIV感染者が劇的に増える危険性がある」と指摘する。【玉木達也】
(毎日新聞2005年5月4日3時3分更新)(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
副島隆彦です。 私の月面本への感想のメールを載せます。
それに私の、気になっていて、まだ書いていなかったことを書いて返事メールとしましたので、それも載せます。私は、生き急いでいるのかもしれません。 副島隆彦拝
(転載貼り付け始め)----- Original Message -----
From: ****************
To: GZE03120@nifty.ne.jp
Sent: Wednesday, May 11, 2005 10:29 PM
Subject: 「人類の月面着陸は無かったろう論」を読み終えました。副島先生
「人類の月面着陸は無かったろう論」を読み終えました。
この本に対して否定的な見解を述べている人が少なからずいるようですが、私も人類の月面着陸は無かったと確信しています。大体、もしこの本が本当に荒唐無稽で馬鹿げている事を言っているのなら、先生に対して、そんなにも多くの嫌がらせや中傷のEメールが来るはずがありません。ただのたわごととして放っておけばいいんですから。しかも匿名や偽名でとは卑怯極まりありません。
先生は随分と最近になってからあの『カプリコン1』をご覧になったのですね。私はもう25年くらい前にテレビで放映された時に見ました。その時に映画解説者が「この映画を製作するにあたりNASAが全面的に協力したそうです。」と言うのを聞いて、当時私は「そこまでするからにはよほど自分たちが人類を月面に送ったことに自信があるのだろう。さすがアメリカだと。」と思いました。
でも今考えてみるとそうすることによってさらに我々を騙したのかもしれません。それに協力を拒んでいれば疑われたかもしれませんし。
私は最初、先生が134ページで「硬質ガラス体の目印ぐらいは地表に転がるように上手に仕掛ければ無事届くだろう。」と述べられているのを読んだ時に「そんな事ができるのかな」と思いました。
むしろ月面反射鏡の話自体が嘘ではないかと思っていました。でも140〜141ページで例のBread'n'butter君が「月面のレーザー反射鏡
は合計5つあり、そのうち2つはソビエトの無人探査船によって残された物。」と述べている箇所を読んで、「やはりできるのか」と思いました。しかし彼は図らずもこれによって一つの失言をしました。それは無人探査船から反射鏡を月面に置くことができると認めたことです。それなら必ずしも宇宙飛行士が月面に降り立つ必要はありません。それでも我々が洗面所で見るような鏡が無傷で置かれているとはとても思えません。無人探査船から落とされた大きい鏡が月面に当たって粉々に砕けているくらいがいいところでしょう。
本の副題に関してですが、先生も本でご指摘されているとおり、Apolloが月に行ったかではなく人類が月面に降りたかどうかを争点にしているという観点から見ると、
Apollo 11 has never been to the moon.
よりも
No human being has ever landed on the moon.
の方が良いような気がします。Apolloで月へ行ったことになっている人間は全員男だったので、本当は No man としたいところなのですが、なにぶん昨今の女性解放運動者たちがうるさいのであえて No human being としました。ひょっとしたらApolloは月に行って、周回くらいはしているかもしれません。ただし、無人で。
一つだけ不思議に思うのですが、このアポロ計画に関わった人たちは全員、本当は人類が月面に降り立ってはいないことを知っているのでしょうか?それともその事を知っているのはほんの一握りの人たちで、NASAのほとんどの職員も巧みに騙されたのでしょうか?私は後者のような気がします。
ニクソンならこのような大嘘つきの芝居をしても何ら不思議ではありません。もしかしたらケネディ大統領の暗殺もアポロ計画と関係しているのかもしれません。彼は最初、大言壮語して「1960年代末までにアメリカは人間を月に着陸させる。」と言ってはみたものの、とても無理だと知った時点で取り消そうとしたのかもしれません。
しかしそれを望まないニクソンたちに殺されたのかもしれません。ちなみに、先生と同じくらい辛辣な発言をするジャーナリストの落合信彦さんによるとケネディ大統領を暗殺したのはニクソンだそうです。「2039年の真実」という本でそう言っています。
私は今後の展開を一つ想定してみました。
まず、NASAは世論に抵抗しきれなくなり、遅かれ早かれ、光学式天体望遠鏡での月の観察を認める。これにより月面には宇宙船や走行車の残骸が無いことが分かります。これに対してNASAは次のような反論的な発表をする。「あれらの月面活動はすべて地球からは見えない月の裏側で行われていた。だから宇宙船や走行車の残骸が無くても何ら不思議ではない。」
先生もご存知のように、地球と月の自転速度は同じなので月はいつも同じ面を地球に見せていますからこういう言い訳が成り立つことになります。しかし先生が本の中でご指摘されているようにEUや中国が次々と無人探査機を打ち上げ、月の軌道を周回させるので、この嘘もいずれは暴露することになる。そうならないようにするために、NASAはその発表の前から極秘に無人探査機を打ち上げ、月まで行かせて、無人ロケットから機材等を月面にばらまくなどしていろいろな偽装工作をする。
(もうすでにやり始めているかもしれません。)しかし偽装工作にぼろは付きものです。アホでまぬけなアメリカ白人たちがどういうぼろを出すか楽しみです。
これで、「預金封鎖」「老人税」に続き、先生の本を3冊読んだことになります。「ぼやき」の会員になるにはさらに2冊読まなければならないので、次は何を読もうかと思っています。今後も本を通して我々を啓発し続けてください。 ****
****さまへ
副島隆彦です拙本、略称「月面本」への丁寧な感想のメールを有り難うございます。
貴兄がお書きのとおりです。全面的に貴兄の論旨に賛成ですが、さらに私の意見を付言するならば以下のようになります。1.映画「カプリコン1(ワン)」の制作陣は、イギリス人たちなのですが、彼らはものすごく苦労したと思います。大英帝国の伝統を持つイギリス人はアメリカ人の弱点と盲点をよく知っています。丸見えのようです。
しかし、今はイギリスもアメリカの属国ですから、真実を語ることは覚悟のいることであり恐ろしいことなのです。ですから、あのようなそれとなくの告発の映画を作った。 「NASAが協力してくれた」というのは強烈な嫌みと皮肉でしょう。 NASA内部からの必死の、真実の情報提供者がいたでしょう。この「カプリコン1」に出ていた黒人俳優は、もと花形フットボール選手で、映画「タワーリング・インフェルノ」にも出ていましたが、白人の奥さん殺しの疑惑の裁判で後に大騒ぎになった人です。ご存じですよね。2.「月面のレーザー反射鏡」の問題は、貴兄がお書きのとおりです。
私は、今も、正四面体(三角面が四つ)の小さな超硬質のガラス体を、ロケットが月面激突寸前に、月面に転がしたものだと考えています。それなら地球からのレーザーで探知できます。計5個あるのでしょう。距離測定学者たちは今では全員、真実を知っているはずです。それでなければ馬鹿と愚鈍の集まりということになります。3.NASAの内部で、真実を外部に伝えようとして、殺された職員だけでも数百人はいるでしょう。そうやってこの35年間が過ぎたのです。私の知っている長く在日の、NSA(NSAは、軍関係の情報組織であり、米海軍通信傍受部隊が主体)の職員だった、退役軍人のアメリカ人が入っていましたが、退役後に、国家秘密を漏らしたりしたら、送られてくる公務員年金の小切手の金額が、警告の意味を込めて少しずつ減額されるそうです。
今の今でも、無人の地表観測機を、その天体(惑星およびその衛星)の周囲を周回させた後、地球にまでなんとか帰還させる技術を人類はまだ
持っていません。行けば行きっぱなしで、戻ってくることは出来ないのです。地表の写真や観測データとかを送ってきたあとは宇宙の藻くずと消えてしまうのです。地球方向へ戻ってこさせることさえ出来ません。いわんや、地球に無事着陸させることをおや、です。4.ニクソン大統領は、日本の田中角栄のような、泥臭い民衆出身です。ニクソンは、いいやつだったのです。それでも、軍産複合体(すなわち、ロックフェラー支配体制)の財界人たちのいいなりにならないと、大統領にはなれなせん。
オリバー・ストーン監督の名作映画「ニクソン」によく描かれています。ニクソンは、丁度このとき大統領になっていて、アポロ11号が”成功”して、自分の業績のように思って有頂天になって大騒ぎしていますが、そのうち、しゅん となって、以後月計画を口にしなくなります。
その頃、真実を教えられたのでしょう。その時期のことも正確に、アポロ疑惑打ち消し日本側責任者のJAXA(ジャクサ)の的川(まとかわ)やすのり博士の、例の米ソの月ロケット開発の競争史を書いた、中公新書の本の中に書かれています。ニクソンは、周囲の政権高官たちを、キッシンジャー始めロックフェラーのち直臣(じきしん)たちでがっちりと固められて、身動きが出来なくされていました。レーガンもそうです。可哀想な大統領たちなのです。トルーマンもそうです。アイゼンハウワーも軍人上がりなのに、
最後は、怒って、「軍産複合体がアメリカを支配している」の辞任演説をしたのです。ニクソンが、ジャック・ケネディが、テキサスのダラスで殺される前日に、ダラスに来ていて、親分衆(テキサス石油財界人や上院議員たち)の酒の席があって、「次は、お前だから、しっかりやれよ」と諭(さと)されているシーンがあります。
これは、同じストーン監督の秀作「JFK」の中に出て来ます。ニクソンは、翌朝、ワシントンDCに飛行機で戻ってゆきます。
従って、ニクソンがケネディ殺しに加担したのではなくて、知っていた、といことだけです。殺したのは、FBIのフーバー長官の腹心たちで、これに、サム・ジアンカーノらのマフィアが参加しています。 それを、真実の記録である論文「JFK」(映画の原作)を書いた地方検事で、後に巡回高等裁判所裁判官になった本当の勇気のある人物
であるジム・ギャリソンが書いたのです。この「JFK」は、今も早川文庫で出ているはずです。こういう本も読まないで、落合信彦のような食わせ者の本を読んでいるようでは、
駄目です。こういうことも、私の政治映画評論本(今は、上下巻で、講談社プラスアルファ文庫で出ています)に詳しく書いています。落合信彦氏は、高校卒業後に、貨物船に密航して苦労してアメリカに渡った立志伝の人物ですが、日本の帰国後は、CIA日本支部のNOC(エヌ・オウ・シー、non-officialcovered、工作員)と一緒に動いていた人でしょう。ですから、70年代には、世界の石油事情の動きを正確に言い当てる事が出来て、驚嘆されたのです。
このネットワークに所属した人ですが、とっくにその線からは、今は切れているでしょう。 ですから、8年ほど前に、盛んに、「ケネディ暗殺は、マフィアの仕業だ」とか、「亡命キューバ人たちだ」とか、「ニクソンだ」とかの、情報攪乱(かくらん)本を、アメリカの意向に従って、出しました。落合信彦氏の『2039年の真実』と他数冊は、
こういう手のこんだ謀略本の一冊なのです。5.貴兄がお書きのとおり、NASAは、今、盛んに月面着陸の嘘の、
偽装、隠蔽工作をやっているでしょうが、ボロがどんどん出るでしょう。もう隠し仰せるような段階ではありません。 ねえ、JAXA(日本宇宙航空開発機構)の、打ち消し責任者のひとりの、私も面識がある、私の月面本にも登場する寺園淳也(てらぞのじゅんや)広報部員君よ! 副島隆彦拝(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
世界中から人々が押し寄せ、株主また株価第一主義と思われる厳しいアメリカのホワイトカラー事情を読み、素直にアメリカでの生活は大変と思いました。わざわざ、シリコンバレーと謳ってあるのも、アメリカ内では恵まれた地区でも厳しいのだと、1954さんは暗に匂わしているのかなと。通勤代が出ず、お金を節約するために車を乗り合いして行くとは、どこの国でも世知辛いものだと感じました。車中で疲れきって眠りこけるアメリカ人を想像すると、庶民はどこの国でも泣かされるものだと。アメリカで、それも西海岸の都市部の鉄道網がNYのように発達しなかったのは、自動車産業と石油産業の利権拡大の為にわざと鉄道網は作らなかったと漫画ゴルゴ13の水素自動車開発での争いの号の時に書いてあって、なるほど、そういう風な経緯があったのかと納得したことを思い出しました。
1954さんが書かれているアメリカではサラリーマンは少数派という記述を読んで、3,4年ぐらい前に深夜のNHKで放送されていたアメリカの労働環境の番組が頭に浮かびました。BBC製作の番組だった気がするのですが。
内容はあまりにも貧乏で公共の団体から斡旋される職場に行く交通費がないので結局働けないスラム地区の人の話から始まり、次に標準な家を所有する平均的なアメリカ人の働く様式が夫婦共働きで最低2つの仕事の掛け持ちで支えれているという話で、番組では旦那の方は消防士と大工の二つの仕事をやっていました。取材陣が旦那さんが働く消防士の職場に行って同僚8,9人ぐらいに集まってもらいインタビューしているのですが、全員が消防士の仕事以外に一つ二つの仕事をやっているとの事でした。じゃないと家のローン、教育費を賄えないと話していました。で、最後に当時IT産業が華やかりし頃で高収入の代名詞だったこともあり、IT関連の会社が取り上げられていました。驚くのその会社への応募が世界中からだった事です。英語圏は世界中に散らばってますし、理工に強いインド人やアジア系の優秀な人々の中から採用とのことでアメリカ人が採用ではない感じでした。誰が採用になったかは忘れました。
私がアメリカで働くのが厳しいと感じるので上げられるのは大リーグです。元近鉄の中村紀洋選手は優秀な野球選手だと思うのですが、なかなか現時点では厳しいようです。元西武の松井稼寿男選手も西武時代のようにいかないし、中南米、カリブ諸国、アメリカ国内とひしめきあっている中でやっていくのは難しいのだなと思います。アメリカ人で大リーグを目指す選手にとっても、この各国から集まる中で勝ち抜かないといけない訳ですから、とんでもないですね。
唐突に映画の紹介:
切れる白人ホワイトカラーの映画マイケル・ダグラス主演の“フォーリング・ダウン (1993).”→http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005HC4J/249-8581504-6687544副島先生が【4105】で少し触れています新幹線について、以前何の本で読んだのか忘れたのですが、ひょっとしたら副島先生の“今日のぼやき”だったのかもしれませんが。田中角栄首相の時代に首都圏の住宅環境と通勤地獄を緩和するため、東京えお中心に放射線状に新幹線を走らそうという計画(当然、交通費を安くで提供)があったらしいのですが、私鉄沿線の住宅販売に大きな打撃を与えるとの事で私鉄の猛反対で立ち消えになったという内容でした。ただ、真偽が定かでないので、何とも言えないのですが。
1954さん、アメリカ事情をこれからもたくさん投稿して下さい。楽しみにしています。
ジョーです。昨日の書き込みでマンション手前155mから脱線したと書きましたが、どうやら115mから片輪走行しているようです。
これだと地図ではカーブがはじまる直前ぐらいです。http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.25.46.1N34.44.20.6&ZM=12
以下asahi.comより抜粋
<貼り付け開始>
快速はカーブの制限速度(70キロ)を大幅に超過して走行していた。マンションに激しく衝突していることなどから、調査委は片輪走行が始まってからは速度がほとんど落ちていないと推定。電柱に接触するまでの約60メートルと、電柱からマンションにぶつかるまでの約55メートルは、計算上、それぞれ約2秒ずつかかったとしている。
<貼り付け終わり>
以上です。
副島隆彦です。 愛知万博会場の、おそらくアメリカ館の中なのだろうが(今回はそうではなくしたのかな?)、そこで、「月の石」が、今度の目玉出し物の「マンモスの(子供の?)ミイラ」とどういう関係で展示されているかが分かるメールを、私の「月面本」の読者からいただきましたので、転載します。 副島隆彦拝(転載貼り付け始め)
----- Original Message -----
From:*************
To: snsi@mwb.biglobe.ne.jp
Sent: Tuesday, May 10, 2005 4:16 PM
Subject: 月の石はじめまして。**博子と申します。
『人類の月面着陸は無かったろう論』をよませていただきました。
私は、今、万博が開催されている愛知県の住人です。一応、万博の目玉のマンモスを観にいきました。そこで、疑問が・・・・・。月の石が展示されているのです。そこを通ってマンモスを観にいくようになっているのです。
今のところ、人類が月面着陸した、となっていることに、さらに、「信じろ〜信じろ〜」と言われているようでなりません。それに、パビリオン待ちの間にながれるフィルムには、アポロ11号で月へいったということを、どなたかが平然と「月へ行った」としゃべっていました。オカシイ! これから、いつまでそんなウソをつき続けるのでしょうね。はやく、真実が明らかになればいいのに。私はど素人で、宇宙のしくみなど知らないないのですが、メールさせていただきました。
**博子さまへ副島隆彦です
メールを有り難うございます。
お知らせくださったことで分かりましたが、愛知万博会場でも、「月の石」は、恥をさらしているようですね。
1970年の大阪万博の時には、あんなにものすごい人だかりが出来て2時間並んでも見ることができなかったのに。私は、あの時17歳でしたが、たしかアメリカ館の中の月の石の展示の大型テントの前まで行きましたが、人々の長蛇の列を見てあきらめました。あれから35年後の今度は、どうなったのかと比較したくなります。今度は、「月の石」の展示の前を、日本国民が、白(しら)けた感じの、疑念のまなざし、いぶかしそうに、その前をそそくさと通り過ぎて、
そして今度のお目玉に祭り上げられた、シベリアのツンドラ(凍土)の中から見つかった子供の?マンモスのミイラの方へと、お茶を濁すようにそそくさと連れて行かれる仕掛けになっているのでしょう。もし、「月の石」だけで独立で置いたら、一体、どれだけの人が見に集まるか分からない。ほとんど無視されただろう。その事態をあらかじめ想定したものだから、冷や汗ものなので、主催者側の苦肉の策でしょう。マンモスと込みで並べたのですね。
全く馬鹿なやつらだと思います。主催者である日本政府を含めて
脂汗をタラーリと流しながら、内部で内心で恥を書き続けるがいいのです。これで、愛知万博自体が、巨大な”やらせ空間”だということになって実におもしろい。このまま「月の石、恥の上塗りパビリオン」ということであと4ヶ月半やり続けるといいのです。そして、あんな黒い硬質の三角のとんがった小さな石ころなんか、誰も見向きもしなくなり、話題にもしない、ということで「みんなで見なかったことにしよう」ということになるのでしょう。
それでも、その堅固に防御されて、厳重に近寄れなくして、分厚いガラス越しにまたしても展示されているであろう、「月の石」の前で、時々、日本のガキたちが、「これは、にせ物なんだよな。月になんかゆけるわけがねえよ」と、大声でヒョーキンで猥雑な笑い声をあげるだろうから、その時、馬鹿アメリカの大使館からの派遣員たちも少しは自分たちの権力犯罪を恥じる気持ちになるだろう。
きっと月の石のそばに突っ立っているはずの、日本人の警備会社員たちではない、アメリカ人のSP(エス・ピー)のようなやつが、にらみつけるような能面のような顔だろうから、その表情なら私も見に行ってもいい。でも馬鹿らしいから行きません。こんな巨大なオモチャ箱を作って喜んでいるアホたちと付き合う気は私にはありません。全くなー、です。
今時、万博など、大型アミューズメント・パーク(遊園地)であって、東京ディズニー+(プラス)シーと、一日当たりの入場者数の競争をして、「一日8万人の入場者が目標」というソロバン勘定だけで行われているのです。馬鹿なやつらの、馬鹿役人たちの「うち続く不景気性の民営化ボケ」の症状です。 こんな「自然破壊をしない、自然と共生する、自然に優しい大土木工事で作られた大型遊園地」である愛知万博には、私は行く気がしません。牛馬並の馬鹿庶民をやる気がなくなりました。
愛知万博の「月の石」の展示の様子をお知らせくださって、どうもありがとうございます。 「月の石、恥の上塗り、輪島(わじま)塗り、重ね塗りして、そのあとどうする」というのが私の感想です。
副島隆彦拝(転載貼り付け終わり)
副島隆彦拝
ジョーです。JR宝塚線の脱線事故について他のサイトに貴重な情報があったので書きます。
これを書いている5/10日現在で、脱線事故の原因は「速度超過によるものであり、その責任はすべて運転手にある」とされています。70km/hの速度制限のところを108km/hでカーブ300Rを走ったために、遠心力に耐えきれず転倒したという見解です。
<貼り付け開始>
asahi.comより
脱線、速度超過が主因 カーブ直前120キロ超か 県警
2005年05月09日12時12分兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)の脱線事故で、兵庫県警捜査本部は快速の「速度超過」が事故の主因との見方を固めた。県警は事故現場のカーブ直前で時速120キロを超えていた疑いがあるとみて、調べている。
県警や国土交通省航空・鉄道事故調査委員会によると、快速はカーブ付近で、常用ブレーキと非常ブレーキを続けざまにかけ、約50メートルの片輪走行の後、横転した。先頭車両と5、7両目から回収されたモニター制御装置は、脱線直前の速度を時速108キロと記録していた。
<以下略>
<貼り付けおわり>しかし、JR西日本は当初、「133km/h以上でなければ脱線はしない」と発表していました。また、たかが30km/hちょっと速度超過しただけであんな激しく転倒するというのは、脱線ならともかく、「転倒」ですから、ちょっとおかしい気がします。
これは、「電車の左右の揺れ(蛇行)とカーブでの遠心力による揺れの共振」による転倒でないかと考え、いろいろ調べていたところFAST and First掲示板というサイトに貴重な意見がたくさんありました。
http://www.fnf.jp/bbs/mbbs.cgi
簡単に要約すると次のようになります。
1)転倒を開始したのは、いわゆる300Rのところではなくて、その手前のいわゆる「緩和曲線」である。従って、カーブが急なところで転倒したわけでない。直線で大きな横揺れをおこし、そのままカーブに突入したことより転覆した。(特にmapfanでみるとほとんど直線に見える。(マンション手前155mから脱線)
http://www.mapfan.com/index.cgi?MAP=E135.25.46.1N34.44.20.6&ZM=12
ちなみに、これは新聞社の発表、特に新聞社の現場図とはおおきくことなる)2)事故を起こした車両の台車はいわゆる「ボルスタレス台車」といわれるもので、これは横揺れに対して問題をかかえている。
以下は一番まとをえていると思われる新聞記事です。<貼り付け開始>
<尼崎脱線事故>空気バネ、異常振幅 脱線を誘発の可能性兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故で、事故を起こした快速電車は、車体の揺れを制御する空気バネが異常な振幅を繰り返し、脱線を誘発した可能性が高いことが、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べで分かった。右カーブに高速で進入した際、車両のバランスが崩れるのを増幅したとみられる。非常ブレーキ作動前に運転士が常用ブレーキを強めにかけていたことも判明。2度にわたる急ブレーキが車体を不安定にし、横転しやすい状況につながったとみられている。
脱線した207系型車両は「ボルスタレス」方式と呼ばれる、台車に取り付けた左右一対の空気バネの上に車体が載っている。電車の車輪は通常、レール内側を左右の車輪のフランジ(つば)が微妙に当たりながら軌道に沿って走る「蛇行動(だこうどう)」を取って進む。空気バネは、車体に蛇行動などに伴うがたつきが伝わるのを緩和するため付けられている。
事故調のこれまでの調べで、脱線した快速電車は制限速度70キロを大きく超える時速100キロ以上(回収したモニター制御装置の記録では同108キロ)で現場の右カーブに進入したことが分かっている。その際には、同70キロの場合の2〜3倍の遠心力がかかるが、事故調は、スピード超過による遠心力だけでは脱線までには至らないと判断。バネの振幅が影響した可能性が強まった。
「蛇行動」は低速でも起きるが、高速になるに従って激しくなり、バネの振幅も増加する。このため、通常はスピードを落として蛇行動を収めてからカーブに進入する。事故調は、今回の事故について、振り子運動のように車体全体の揺れを助長する力が加わり、横転しやすい状況を作ったとの見方を強めている。
専門家の見解では、右カーブの場合、カーブに入って左側に遠心力がかかるタイミングと、空気バネで車体が左に揺れるタイミングが合うと、脱線の危険性が増すという。乗客の証言では「カーブに入る前に、普段より大きい横揺れが起き、どんどん大きくなって脱線した」といい、事故調はカーブ前の電車の速度がポイントと見て、電車から回収した「モニター制御装置」などを解析し、速度の確定を急ぐ。
また1、2両目のバネは破損していたため、事故調は、JR西日本や車両メーカーから設計資料を取り寄せるなどして、快速電車の空気バネの性能について調べている。
一方、非常ブレーキが作動する前に、高見隆二郎運転士(死亡)が常用ブレーキを強めにかけていたことが事故調の調べで分かった。それでもカーブ進入に耐えうる速度に減速できなかったため、非常ブレーキを作動させた疑いが出てきた。
左側レール上部には、電車が衝突したマンション手前約58メートルにある最初の脱線痕付近まで、約60メートルにわたって細かい傷が付着。通常は車輪が接触しない部分で、片輪走行した際の傷とみられる。【川辺康広、田中謙吉、坂口雄亮】
(毎日新聞) - 5月5日3時4分更新
<貼り付けおわり>ジョーです。以下は上にあげたFAST and First掲示板というサイトでのFUSHKIZという人の投稿の抜粋です。
<貼り付け開始>
と思いきや、またまた航空・鉄道事故調査委員会から以前と異なった見解です。こちら
”事故直後に7両目が止まっていた線路の左レールに、車輪がこすったような傷が10〜20センチ間隔で複数残されていたことも判明。左レールの傷は、2両目の車両が衝突したとみられる電柱のすぐ手前の部分だった。”
これを信じると、台車が激しくヨーを起こし、左側車輪のフランジが断続的に線路に強くあたり、そのうちせり上がり脱線したことになります。
以前は単に遠心力で右が浮いて左に傾いて転覆脱線した話が、こんどはせり上がりですか。ころころ話がかわるなあ。
とすると、この台車は直線走行のときから激しいヨーを起こしていた。それでカーブに突入したことと通常ブレーキでさらひ激しいヨーをおこして何度か左車輪フランジが衝突するウチに左がせり上がり、左前の抵抗が大きくなったところで右が浮いて宙にとんだ??
ボルスタレス台車よりも航空・鉄道事故調査委員会のヨー特性の方がよっぽど不安定な感じ。
ダイエーの再生機構入りのときもそうですが、こう公的な機関から政治的なアドバルーンのような情報が細切れにメディアにリークされている。
警察や航空・鉄道事故調査委員会の内部にうごめくさまざまなヨーの成分がかいま見れるようです。基本的にこの業界の方々はボルスタレス台車のヨーの問題を隠そうとしているように思えますね。
FUSHIKIZが描く台車劣化の妄想ストーリーは次のようなものです。
1)軸バネがへたり、バネ定数が上昇するとともにストロークがヘリ、緩衝能力が低下し蛇行が出やすくなっていた。
2)これに対して無理な高速運転を強いていたため、牽引装置のゴムやダンパー類がへたっていた。
3)ヘタった車両に対してヨーダンパを増設したために、台車の蛇行に対して軸バネや牽引装置のガタのためにヨーダンパが正しく動作せず、
ますます軸バネや牽引装置のヘタリが進行した。
4)このため125キロの直線走行時に激しい蛇行がでていた。これに通常ブレーキをかけたが、蛇行はかえって激しくなった。
5)ここで緩和曲線に入り、遠心力と蛇行の位相があったときに牽引装置が限界まで伸びきり(ジャッキアップ、ハイサイドのようなものか)、車両が外側に傾いた。
6)重心が外側に移動したために車両がますます傾き、そのまま傾きがひどくなり。。。。このあたりでどうでしょうか。>nobodyさん
FUSHIKIZ
>カーブへの進入速度は100Km/hを超えていたと言うことですが、もしかしたら運転士はその速度で曲がろうとした(曲がって
>いけると判断した)のかも知れませんそかも知れませんね。恐らく直線120キロから緩和曲線で100キロ以下に落として本則+20キロの90キロで回れるハズだと判断したのかも知れませんね。それが緩和曲線に入るころにはすでに脱線してしまっている。速度意外に何か原因があるはずです。
運転手が亡くなったので彼の真意を知る方法はありませんが、いずれ線路と台車が答えをだしてくれるでしょう。
カント95mmで緩和曲線はおそらく400Rもしくは450Rくらいかな。例えば450Rであればソニックは本則+25キロで悠々と走行可能。そもそも振り子は重心が外側に行くので転覆には不利のはずだが、問題ないんですけどね。
前回の目黒の地下鉄は、ちょっと結論がウヤムヤになってしまった感じがあります。今回はボルスタレス台車のクセをぜひ解明し、無理なダイヤを証明して、安心して電車にのれるようにしていただきたいです。
そもそもスピードに関しては乗用車と同じ価値基準で競うのはやめた方がいいように思う。。。。
FUSHIKIZ
<貼り付け終わり>
ジョーです。
以上の仮説が正しいとすると、転覆の原因は
1)車両の問題
2)車両整備の問題
3)運転手の速度超過
の3つあり、現在マスコミが取り上げているような3)だけではないことになります。また以下に貼り付けるように車両のブレーキにも問題があった可能性があり、そうすると運転手にはまったく責任がなかったことになります。以下に貼り付けた新聞記事では何度も止まれなかった理由を運転手の心身異常にしていますが、むしろブレーキの方に問題があったのではないかと考える方が自然だと思います。
<貼り付け開始>
事故直前に不自然な運転 心身状態が影響? JR脱線事故
尼崎JR脱線事故で死亡した高見隆二郎運転士(23)が事故直前、これまでに明らかになっていた伊丹駅以外にも、手前の宝塚駅や川西池田駅でオーバーランしたり、伊丹駅などで非常ブレーキを何度もかけるなど、極めて不自然な運転を繰り返していたことが9日までに、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会の調べで分かった。事故調委はこれまでの調べで、制限速度を大幅に超える100キロ以上のスピードでカーブに進入したことが主要な原因とほぼ断定。伊丹駅でのオーバーランなどで生じた遅れを取り戻そうとして、高見運転士が大幅な速度超過をしたとみていたが、新たに不自然な運転ぶりが明らかになり、事故直前の高見運転士の心身の状態が影響した可能性も出てきた。
調べでは、高見運転士は事故のあった4月25日、宝塚駅から乗務。車庫から同駅のホームに電車を入れる際、停止位置を間違えた。出発は定刻だったが、2つ目の川西池田駅でもオーバーラン。伊丹駅で大幅に停止位置を超過した際に作動させるなど、何度も非常ブレーキをかけていた。
JR西日本は9日、兵庫県尼崎市の脱線事故後、運休が続いている福知山線伊丹−尼崎間で、新型の列車自動停止装置(ATS−P)の設置工事を再開する。事故現場のカーブは約300メートルにわたり保全命令が続いており、工事のめどは立っていない。
ATS−Pは、赤信号を無視して進入しようとした場合に非常ブレーキがかかる旧型の機能に加え、制限速度を超えると自動的に減速する。北側一雄国交相は8日、新型を一定の区間に導入するよう、全国の鉄道会社に義務付ける考えを表明している。
(共同)
<貼り付け終わり>以上
副島隆彦です。 中国の反日デモを組織した電網(でんもう、インターネット)系の政治団体が、中国政府の武装警察隊の襲撃を受けて血の弾圧を受けたようだ。 以下の情報文を、私は3日前から知っていたが、ほったらかしていました。どうもこれが真実でしょう。この情報源の「大紀元時報」というネット新聞を発行しているのは、丹ニューヨークに本部を持つ中国人たちの反北京政府の運動体のようです。 中国政府は、反日デモが、そのまま中国共産党からの党員の大量脱党などの反政府運動に転じて、広がりを見せそうになった途端に、血の粛清に出たようだ。おそらく、大きくは今のコキントウ体制に追い落とされた、上海華僑系でありアメリカ政府と繋(つな)がっている江沢民(こうたくみん)の勢力が反抗していることが背後にあるのだろう。
副島隆彦拝(転載貼り付け始め)
「中国当局が民間反日団体を粛清、流血事件に箝口令」
http://www.epochtimes.jp/jp/2005/05/html/d48972.html
【大紀元時報 5月5日】 4月上旬から中国の深センに始まった反日ブームは、速やかに広州、上海、北京、成都、重慶など中国全土に広がりを見せたが、政治的示威運動から当局の管理下に置かれたと考えられている。ある政治目的が達成された今、当局は厳しく反日デモを禁止し、取締りを強めている。当局の政治目的により興された民間反日組織は、最終的に政治の犠牲者になったわけである。
調べによると、3大民間反日組織は、4月25日、26日の二日間、それぞれ当局に弾圧され、リーダーらが逮捕されたという。特に「中国民間反日聯合同盟」が、4月25に各地の主力メンバーが深センで集会中、当局に粛清され、死者を出したらしい。現在当局は、流血事件について箝口令を敷いている。
反日デモが始まった直後、民間において三つの大きな反日組織が設立された。ネット上の「中国反日同盟」は、4月4日に設立され、4月25日に解散された。6人の設立メンバーが逮捕され、幹部らも多数拘束された。4月7日に成立した「中国保衛反日同盟」は、4月26日解散され、代表者が逮捕され、幹部らは警告を受けた。
4月10日にネット上に設立された「中国民間反日聯合同盟」の解散が特に重大だ。同組織は、北京、上海、広州、深セン、成都、瀋陽に支部を持ち、民間会社の資金援助まで受けたという。各地からの主要メンバーらが、4月25日に深センで集会中、当局から流血の粛清を受けた。
目撃者によると、パートカー4台と私服警察11人が集会場所に突入後、銃声が聞こえ、短時間の閉鎖後、大型のトラックが到着、現場から白い布が被せられた担架17基がトラックに載せられた。全員が現場を去った後、血だらけの現場は封じられた。
数日後、深セン、上海、北京、成都、広州、瀋陽各地から当局に粛清された情報も流出したが、4月25日の流血事件に関する情報は厳密に封鎖されている。三大民間組織が粛清された後、ほかの民間組織と、ネット上の反日組織も相次いで壊滅させられた。
(転載貼り付け終わり)
副島隆彦です。以上のような中国政府の武装警官隊による襲撃、射殺というな残虐な弾圧で、中国主要都市に出来つつあった「中国反日同盟」の運動は一挙に壊滅したでしょう。中国は今でもこういうことを平気でやる強権国家です。 コキントウ、温家宝(オンカホウ)体制になってこの性質が強まったようです。
下の「4103」の1954氏からの投稿文の「アメリカのサラリーマン(=ホワイトカラー、熟練工)事情」は、ものすごく優れた現地報告です。 これが本当のアメリカです。 私はこの報告文にすぐに反応して、私の考えを書きたくなりましたが、今日は時間がありません。
後日、「アメリカの労働事情と、だからこそ、日本の新幹線技術をアメリカは、のどから手が出るほどほしがっているのだ。中国に負けないぐらい日本の新幹線がほしいのだ。通勤新線を主要都市の周囲に引きたいのだ。だから日系人のノーマン・ミネタが運輸長官なのだ」論を書こうと思います。 副島隆彦拝