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[1752] 米英軍によるイラク侵攻に反対した有名人連中の一覧 2 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/17(Sun) 02:45:12

みなさん、こんにちは、小山 みつね です。

(前回の続き)

(転載)
http://www.geocities.jp/thkxp/cia/cia.htm

池田敏行 朝日新聞記者 同社新潟佐渡通信局勤務。この男が北朝鮮拉致被害者である曽我ひとみさんへ夫からの手紙を盗み見し、朝日新聞紙上にて公開。これが朝日新聞と同所属社員の外道体質そのものです。以下に曽我さんが朝日新聞に対して出された抗議文を掲載します。抗議文→“朝日新聞社社長様。抗議文。昨日(5月13日)、朝8時ごろ朝日新聞社池田敏行記者が真野町の拉致被害者・家族支援室にて室長が持っていたファイルを無断で盗み見て、私あてに北朝鮮にいる家族から郵送されてきた手紙の送り人住所を確認し、それを私にも支援室にも一切了解を取らないまま、朝日新聞の記事として掲載しました。その記事は、同日午前11時28分配信のインターネット版に出ており、また同日夕刊に掲載されています。報道された住所には、番地や気付けとなっている個人名まですべて入っていました。朝日新聞社は、一体何の権限があって、私の家族の住所を無断で公開できるのですか。その記事を見て、多くの手紙がその住所に送られることは避けられないと考えます。この報道とその後に起きることなどにより、今後その住所に私からの手紙が届かなくなったり、それ以外の不利益が生じたりした場合、朝日新聞社はどのような責任をとるのでしょうか。ここに心の底から強い抗議を表明し、責任ある回答と謝罪を求めます。納得がいく回答と謝罪があるまで、私は朝日新聞記者が私の共同会見に参加することを拒否いたします。曽我ひとみ”

フライデー 写真週刊誌 発行人、鈴木哲。編集長(人)、出樋一親。専属カメラマン、嘉納愛夏。サンデー毎日とともに突出して反米プロパガンダ謀略宣伝を垂れ流す。反米漫画家である小林よしのりもフライデーの謀略工作を絶賛。編集長の出樋一親が人格的問題人間だと想像される。人類全体の幸せの為に命を懸けて戦ってくれている米英両国の兵隊さん達に感謝の言葉を述べるどころか、“人殺し”とののしり、独裁者の暴虐に加担するイエローペーパー。5月2日号、16ページを見て下さい。例えば、米国リンチ上等兵の救出劇に関し、広告代理店の“やらせ”であるかのような印象を読者に植え付けようと謀略誘導紙面づくりをする。そのためのプロパガンダ要員として、反米の浜田和幸にマヌーバー・プロパガンダ(謀略宣伝)をささやかせる。なお、この時のフライデーの同記事の土台となっているのは、ニューヨークタイムズによるねつ造記事によるものです。
ジェーソンブレア NYタイムズ記者 他紙からの大量の盗用とねつ造記事を書く。ねつ造の一例は、こうだ。三月二十七日付の記事は、同元記者がイラクで捕虜になった米陸軍のジェシカ・リンチ上等兵について、ウェストバージニア州に住む父親のグレゴリー・リンチさんの自宅を「取材」したものだ。記事には、グレゴリーさんが「タバコ畑と放牧地を見渡せるポーチ(張り出し玄関)に立った」との一文がある。しかし、同紙によると、ポーチからそうしたものは見渡せず、元記者は同州をまったく訪れていない可能性すらあるという。前述の「タバコ畑と放牧地」の記事だが、これを読んだリンチさん一家や友人は、その誤りに驚いた。しかし、それを冗談のネタにするだけで、同社に抗議はしなかった。ジェシカさんの妹のブランディさんは、「一回限りのこと」と片付けたという(同紙十一日付)。同紙の不祥事で、他紙にも動揺が広がっている。メディア全体に対する信頼が揺らぐとの危ぐがあるからだ。

安田純平 ジャーナリスト フライデーの5月23日号30ページを見て下さい。名前も聞いた事もないような、この男が登場しています。で、どのような記事を書いているかと申しますと、クラスター爆弾の事です。先日、毎日新聞の五味記者が、同爆弾の子爆弾を日本にお土産として持ち帰ろうとして、ヨルダンの空港の中で爆発させました。何の罪もない空港職員が一名、犠牲となりました。本来ならジャーナリストとして、五味記者(複数の関係者によると、彼は「無能な善人は時として悪党よりタチが悪い」の見本のような男らしいです)の愚劣な行為を糾弾すべきです(←何故なら、もし飛行中の飛行機の中で爆発していたら、とんでもない悲惨な状況が惹起していたからです)。ところが、五味記者の事に関してはサラリと事実だけを述べて、アメリカによるクラスター爆弾投下についての非難を掲載しています。これが卑劣な男、フライデー編集長である出樋一親の手口です。二重の意味で、彼は卑劣な男と言わざるを得ません。まず一つ目は、自分の代わりに無名のジャーナリスト(人間の盾、Cコースメンバー)を使っている事です。フライデーの特集記事で掲載すれば、編集長である自分自身の責任になります。が、無名のジャーナリストを使れば責任転嫁が出来るわけです。たぶん、安田純平なる男は今後マスコミ界に頻繁に登場する事はないでしょう。はっきり言えば、卑劣な出樋一親のダミーだという事です。二つ目は、五味記者の愚劣な行為をエサにして、アメリカ攻撃をしている事です。まともな見識を持っておられる読者ならば、これは完全な筋違いだという事は誰が見てもわかると思います。つまり、卑劣な出樋一親編集長は、何でもいいからアメリカ攻撃さえすればいいわけです。これがこの男の、卑劣な編集方針という事です。 →人間の盾の詳細

森住卓 フォトジャーナリスト フライデーの5月30日号65ページを見て下さい。で、内容に関しては論評をしません。面倒臭いんです。これも毎度毎度の出樋一親編集長の方針でしょうから。読書さん、ご自分で読んでみて感想を持たれて下さい。次、フライデーの6月6日号16ページを見て下さい。編集長である出樋一親が生まれて初めて正しい記事を掲載しました。記念すべき出来事です。

フラッシュ 写真週刊誌 発行人、武田真士男。編集長(人)、進藤俊哉。イエロー・ジャーナリズム雑誌。編集長の進藤俊哉が人格的問題人間だと想像される。4月29日号、5ページを見て下さい。無名の軍事評論家である、ガブリエル中森にコメントを出させ、その中で「〜でしょう」というあいまいな表現で、インチキの情報操作をやったり、匿名ジャーナリストをデッチ上げて、自分たちにとって都合の良いインチキの情報操作をやったりと。これが人格的問題編集長である進藤俊哉のイエロー・ジャーナリズムの手口、正体です。

週刊アサヒ芸能 男性週刊誌 発行人、長綱和幸。編集長(人)、佐藤憲。
週刊実話 男性週刊誌 発行人、檜垣昭文。編集長(人)、渡辺正明。
週刊女性 女性週刊誌 発行人、菊地英雄。編集長(人)、伊藤仁。
週刊金曜日 奇形左翼向け週刊誌 発行人、黒川宣之。編集長(人)、岡田幹治。編集委員、本多勝一と筑紫哲也など。朝日新聞の極左派出所、かつての朝日ジャーナルのようなもの。
日刊ゲンダイ タブロイド判夕刊紙 イエロー・ペーパーの見本のようなメディア。講談社の問題紙媒体。ちょうど朝日新聞に対する週刊金曜日のような存在。エロネタとカルト政治もので毎日の紙面を埋め尽くす。低知能レベルのサラリーマンが主たる読者層。 ※二木啓孝・編集部最高幹部…奇形左翼。
CNN 米国テレビ 朝日新聞の工作員がCNNに潜伏し、共同事業を展開中。フセイン政権に不利な情報を報道せず、フセインに取り入りバグダッドの駐在員の席を確保したことに対する批判が続出。朝日新聞とCNNの絡みがそうさせたのかも、と推測される。CNNがフセインの悪逆非道ぶりを世界に公表せずにきたお陰で、今回の反戦運動にも影響したと非難されている様子です。CNNでは今回のイラク寄り偏向報道に関して、正直に反省の弁を述べています。それに対し、CNNと共同事業を展開中の朝日新聞では、国内の左翼偏向報道に対して反省するどころか、しらばっくれてうやむやにするだけです。

アジアプレス 情報配信メディア レポート&写真、綿井健陽&野中章弘。TBS「筑紫哲也のニュース23」やテレビ朝日「ニュースステーション」、あるいは朝日新聞の極左派出所である「週刊金曜日」といった、主に左翼系メディアに対し情報配信を行う。このメディアの背後関係は現在不明。
サイゾー 情報月刊誌 発行人、小林弘人 編集長(人)、揖斐憲。ビートたけし(北野武)や江川達也(小林よしのりよりもはるかに知能レベルの高い漫画家)など、かなりの大物が執筆しています。が、宮崎哲也や宮台真治など、低レベルの文化人も執筆しています。簡単に言えば、ミソとクソが混在している情報雑誌。 ※江川達也→子供の頃、母親が兄ばかりを溺愛した為、幼少時代から疎外感の中で成長する。その為、大人になった今でもそのことがトラウマとなり、母から正しく愛されたかった、との想いが残る。知能レベルそのものは相当高い為、社会党や共産党などの左翼勢力によるマヌーバープロパガンダ(謀略宣伝)を見抜くだけの眼力は子供の頃から備えている。

神保哲生 ビデオジャーナリスト 奇形左翼。池澤夏樹と同種。
堤堯 ミスター文芸春秋 元週刊文春の編集長で花田紀凱の親分。
リベラルタイム 情報月刊誌 発行人兼編集長、渡辺美喜男。

秋葉忠利 広島市長 元社会党の党員で土井たか子の元側近。土井たか子に対し諌言を呈した為、土井たか子および土井チルドレンらより排除される。
見城美枝子 元TBSアナウンサー パシフィスト。

池田香代子 ドイツ文学翻訳家 この女に関しては現在情報不足だが、数年前のある極秘資料、日本共産党秘密党員リストに掲載されていたような記憶があるような、ないような?
ラモス瑠偉 元サッカー選手 パシフィスト。

瀬戸内寂聴 尼 「無能な善人は時として悪党よりタチが悪い」の見本のような女。齢80歳、この女があの世に旅立つ日はそんなに先ではないでしょう。この女が向こうの世界に行った時、自分自身のこの世での言動が真の人類平和にとって、愚かで悪質な戯言だったかを産まれて初めて思い知るでしょう。偉大なる聖女マザーテレサの足元にも及ばない独り善がりの偽善宗教者。あの世に行ったらマザーテレサの爪のアカを煎じて飲みなさい。

小河義伸 牧師 奇形左翼。キリスト者平和ネット幹部。 →宗教者ネット
池澤夏樹 作家 奇形左翼。広瀬金四郎と同種。
澤地久枝 作家 パシフィスト。瀬戸内寂聴と同種。
渡辺えり子 タレント パシフィスト。
坂本龍一 音楽家 パシフィスト。
忌野清志郎 音楽家 パシフィスト。
TAKURO 歌手(GLAY) 小林よしのりの大ファン。パシフィスト。
久保田利伸 歌手 パシフィスト。
吉川晃司 歌手 パシフィスト。
佐野元春 歌手 パシフィスト。
相川七瀬 歌手 パシフィスト。

宇多田ヒカル 歌手 パシフィスト。マルクス・ウイルスに感染し、マルクス史観でしか歴史を分析・解析する事ができない故・家永三郎の歴史教科書を高校時代に熟読し洗脳された為、まともな人類史を認識する事ができなくなった可哀想な女。

矢井田瞳 歌手 パシフィスト。
MISA 歌手 パシフィスト。
西村知美 元アイドル パシフィスト。
藤原紀香 タレント パシフィスト。
杉山愛 プロテニス選手 パシフィスト。
福原愛 天才卓球選手 パシフィスト。この時14歳、まだ子供じゃ(笑)。
中田英寿 プロサッカー選手 パシフィスト。数年前にも「日の丸・君が代」をダサイと発言。

窪塚洋介 タレント パシフィスト。知能指数の低い副島隆彦。小林よしのりの「戦争論」に洗脳され、反米極右思想こそが正しい愛国者だと勘違いしている低レベル人間。

テリー伊藤 TVプロデューサー 政治信条・信念がぶれる男。例えば、小沢一郎支持から鳩山由紀夫&菅直人支持に移ったかと思えば、現時点では石原慎太郎支持に移行しています。つまり自分自身の確固たる政治信条・信念が無い為、ふらふらするわけです。国際政治に対する見識も同じ。

大川豊 タレント テリー伊藤と同種。全国チェーン「徳洲会病院」の徳田虎夫と仲良し。
島田伸介 タレント テレビ朝日「サンデープロジェクト」の司会者。勝谷誠彦と同種。
加藤雅也 タレント パシフィスト。
辻仁成 作家 パシフィスト。タレント中山美穂の旦那。
アグネスチャン 元アイドル パシフィスト。
今井美樹 タレント パシフィスト。
稲垣吾郎 歌手(SMAP) 隠れ共産主義者で反米反戦運動の黒幕でもある筑紫哲也によって、SMAPのシングル「世界でひとつだけの花」が反戦ソングにでっち上げられました。この曲は本来、戦争とは何の関係もない曲として創作されました。が、歌詞の内容に世界平和的なメッセージが込められていた為、反米イデオロギーに凝り固まった筑紫哲也が魂胆を持って、彼の番組の中で反戦ソングという称号を与えたというわけです。これが朝日新聞や筑紫哲也などの、ドス黒い(ドス赤い)腹の底です。稲垣吾郎自身に関してはパシフィスト。
小林カツ代 料理研究家 パシフィスト。日本共産党のお抱えタレント。
大谷昭宏 ジャーナリスト 元読売新聞記者。社会党の社会新報や日本共産党の赤旗などにコラムを執筆する容共・左傾派。

http://www.geocities.jp/thkxp/cia/cia.htm
(終了)


[1751] 米英軍によるイラク侵攻に反対した有名人連中の一覧 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/17(Sun) 02:38:21

みなさん、こんにちは、小山 みつね です。

ハンドルネーム「悪党狩り」なる人のホームページより転載。

http://www.geocities.jp/thkxp/

(小山のコメント)
CIAにチクるのでなく、自力でやらうといふ気概はないのでせうか?
甚だ遺憾な話ではある。

(転載)
http://www.geocities.jp/thkxp/cia/cia.htm

CIAへ

2003年、米英軍によるイラク侵攻に反対した有名人連中の一覧

 ※軽はずみな言動により結果として、反米イデオロギー勢力のマヌーバー・プロパガンダ(謀略宣伝)に利用された有名人たちと、反米イデオロギー勢力そのもの。

 ※勝谷誠彦の日記、2003/04/08 (火) 号外をご覧ください。ブッシュ大統領とブレア首相の殺害をIRAに命令しています。これは100%殺人教唆罪が成立します。今すぐICPO(国際警察機構)を通じ、逮捕して下さい。しばらくの間、ブタ箱で臭い飯を食わせてやって下さい。あいつには少しお灸が必要です。根は悪い奴ではありませんが、おっちょこちょいなので困ってます。よろしくお願いいたします。

 CIAへ、私は外道どもの無責任発言を放置しません。外道どもに対しては、自分の言動に対する責任を必ずとらせます。以下の内容は、永遠の歴史に永遠に記録します。外道どもがいつの日か、自分のバカさ加減を認識できた時、「穴があったら入りたい」と思う程、恥ずかしい思いがするように、永遠に掲載し続けます。

外道どものリストと悪行の内容 氏名 職業 概略

小林よしのり 反米極右の漫画家 副島隆彦や西部邁などの反米思想家とネットワークを組む。小学館発刊のSAPIOを拠点に漫画をオルグの道具とし、若年層中心に反米極右思想を浸透させる。 →小林よしのり論争

副島隆彦 反米極右の言論人 地球上で自分が最も優秀な人間だと信じている男。21世紀のかわら版屋的存在(ただし内容は反米一色)。晩年はニーチェのようになる可能性が高いと思われる。インターネットの世界では意外にも知名度が高い。ネットを拠点にオルグの道具としている為、この男の反米極右思想に洗脳されている人たちがネット上には数多く存在する。 →副島隆彦の評判

西部邁 反米極右の言論人 若いころ(学生時代から日米安保当時)はマルクス・ウイルスに感染していた為、共産主義思想の団体に所属し左翼の人生を送る。中年以降は反共産主義者となり、小林よしのりを利用し自分の知名度を若い層に浸透させ、反米極右の論客として晩年を過ごす。

田中宇 国際情勢解説者 元共同通信記者。現在情報不足。
オノ・ヨーコ 左翼活動家 ジョン・レノンの嫁。ベトナム反戦運動当時のヒロイン。夫であるジョン・レノンを左翼の人生へと引きずり込んでいったイゼベルのような悪女。 →イマジン ※イゼベル…北イスラエルの王妃で預言者エリアの殺害を企てた悪魔の手先。
久米宏 TVキャスター 「マスコミの使命は権力(政府)批判である」という妄想をいまだに信じている男。 ※久米宏の前科…不倫相手が自殺未遂。相手の女性(当時、女子大生)はTBSラジオカーに乗っていたリポーター。1982年8月24日、TBSテレビ「ザ・ベストテン」を愛人の自殺未遂の引責で謹慎宣言。
マイケルムーア 米・映画監督 アメリカの久米宏。
田中康夫 長野県知事 奇形左翼。
浅田彰 社会学者 この男に関しては現在情報不足。
大橋巨泉 タレント 奇形左翼。この男の学生時代から70歳までの人生を調べて下さい。奇形左翼の意味が理解出来ると思います。
永六輔 タレント ベトナム反戦運動当時からの筋金入りのパシフィスト。大橋巨泉と同種。
小中陽太郎 作家 パシフィスト。
有田芳生 評論家 宮本顕治・日本共産党常任幹部会議長(当時)から党除名処分を受けた元共産党員。芳生“よしふ”の由来は、父親(1989年の参院選において、日本共産党の比例代表名簿に掲載される)が筋金入りの共産党員で、当時マルクス主義者にとって神様的存在であった、ヨシフ・スターリンのヨシフそのものから命名された可能性が高い。 →日記

勝谷誠彦 フリージャーナリスト 元週刊文春の記者で花田紀凱の愛弟子。思想的には反共。本来は義理人情に厚い善人。→日記 ※勝谷誠彦が判断を間違えた理由…この当時、この男が最も尊敬していた小沢一郎が判断ミスを犯し、その小沢一郎の間違いを100%正しいものと信じ込んでいた為。 ※小沢一郎が政治判断を間違えた理由…中大兄皇子の因縁DNAを持っていた為。
宮嶋茂樹 戦場カメラマン 正直者。週刊文春の5月22日号、グラビアページを見て下さい。自分自身の過去における判断ミスを正直に告白し、反省しています。このタイプの人間は大成出来るタイプです。マスコミ界に従事する人間が宮嶋さんの様な人間ばかりなら、あっと言う間にわが国は素晴らしい国になった事でしょう。
秋尾沙戸子 ジャーナリスト 女独特の思いこみの激しさがある。ジャーナリストとして活動を続けるのであれば、物事の本質と現象の因果関係について、全人類レベル及び数千年の歴史的背景を考えなければいけない。
大高未貴 国際ジャーナリスト 小林よしのりのシンパ。秋尾沙戸子と同種。
しりあがり寿 漫画家 小林よしのりのシンパ。
塩見健 SAPIO編集長 小林よしのりによる反米謀略プロパガンダ漫画(「はだしのゲン」の極右版)の掲載を黙認する。
中瀬ゆかり 新潮45編集長 この女に関しては現在情報不足。
佐藤亜紀 作家 この女に関しては現在情報不足。
倉田真由美 漫画家 パシフィスト。
さかもと未明 漫画家 愛国心はある。三十代の平均的女性と比較すれば、見識レベルはかなり高い。

宮崎哲也 評論家 典型的な左脳偏向人間。右脳に重大なバグが存在する為、世の中の事象を左脳でしか思考する事が出来ない。その為、現時点・現段階においての最善の判断が出来ない。知能指数そのものは平均値よりも相当高い。が、クリエーティブな職業には向かない。

宮台真治 社会学者 左の副島隆彦。ただし副島隆彦よりははるかにハンサムで語り口もソフト。この男と副島隆彦は同じ小室直樹の門下生。知能レベルの高い人間が必ずしも、国民全体の幸せに役に立つ人材とは限らない実例。

山口二郎 政治学者 日本社会党のシンパ。
神足裕司 コラムニスト この男に関しては現在情報不足。
木村三浩 右翼活動家 反米極右の右翼団体「一水会」の代表。サダム・フセインをこよなく愛する人間。ダカーポ6月4日号32ページを見て下さい。この男が、仏教用語“一殺多生”という考えを述べております。歴史的現実として、湾岸戦争直後の1991年から2003年までの12年間に、サダム・フセインの独裁体制によってイラク国民が20万人以上殺されました。それ以前にも、対イラン戦争やクルド人虐殺などで数十万人単位の国民を死に追いやっています。もし本当に木村三浩が“一殺多生”という言葉の意味を理解できているならば、イラク国民にとっての諸悪の根源が誰なのかがすぐに理解出来ると思います。ちなみに、ブッシュ大統領が今回行ったイラク侵攻は、“一殺多生”そのものだと思うのだが、どうだろうか? たぶん彼の発想では、サダム・フセインが自国民を数十万人以上(一説には二百万人)を死に追いやったのは、すべてアメリカがイラクをここまで追い詰めた為、だというふうに考えているのでしょう。この男に対する私(歴史記録者)の想いは、自分がひとりの人間として如何に未熟かを、一日も早く理解して頂きたいと思います。 ※一殺多生…諸悪の根源である一人を殺すことによって多くの人を生かすこと。

鈴木邦男 右翼活動家 「一水会」最高幹部。私(歴史記録者)は彼を人間としては好きです。イデオロギー的には否定します。

沢口友美 ストリップ嬢 「一水会」シンパ。「風俗産業労組」最高幹部。
辺見庸 作家 元共同通信記者。奇形左翼。週刊現代5月10、17日合併号216ページをご覧ください。これがこの男の思想のすべてだと思います。アメリカ軍によるグレナダ侵攻を侵略と呼び、悪行かのように表現しています。これがマルクス・ウイルスに感染して、まともな国際情勢判断が出来なくなった左翼の姿です。こいつが日本で二番目に影響力の強い、左翼マスコミである共同通信の体質を象徴する男です。 →henmi.mid
青山繁晴 シンクタンク社長 元共同通信記者。左翼現実主義者。基本的には容共派だが、同じく共同通信出身の辺見庸のようなマルクスの亡霊に取り憑かれた妄想パラノイアとは違い、現実世界の動きに対応できる国際現実派。たぶん、イタリア共産党からマルクスの亡霊をお祓いし、現実的民主主義政党に脱皮させた人たちは、このタイプの男たちだったと思われる。あくまで私(歴史記録者)の勘ですが。 →イタリア共産党に関する有田芳生のエッセー
原壽雄 ジャーナリスト 元共同通信“編集主幹”。隠れ共産主義者。
森暢平 乞食? この男に関しては現在情報不足。
佐高信 評論家 奇形左翼。パラノイア。
辛淑玉 人材コンサルタント 奇形左翼。パラノイア。ダカーポ6月4日号46ページを見て下さい。この女の性根がここまでいびつになってしまった根本原因が初めてわかりました。なるほど、こういう事情があったわけです。今までヘドが出るくらい嫌いだったこの女に対して、初めて「可哀想な人生を送ってきたんだな」と、哀れみの心を持てる様になりました。
島田雅彦 作家 自称、左翼ナショナリスト。
広河隆一 フォトジャーナリスト この男に関しては現在情報不足。
豊田直巳 フォトジャーナリスト この男に関しては現在情報不足。
森本卓郎 経済学者 ニュースステーションの常連コメンテーター。20世紀の経済学を21世紀に対応できると信じている人間。
金子勝 経済学者 朝日新聞の極左派出所である週刊金曜日に出入りするマルクス経済学派崩れ。パラノイア。
寺島実郎 シンクタンク所長 知能指数の高い久米宏。20世紀の思考回路を21世紀に引きずっている人間。
宮崎学 元地上げ屋 暴力団の息子として生まれる。現在は裏筋事件系ジャーナリスト。ダカーポ6月4日号33ページを見て下さい。この男も若い頃(19歳で日本共産党に入党し、大学時代は共産主義学生運動に没頭する)は真理と正義を彼なりに求めていたんですよ。ただ、当時の多くの若者たちと同じように、やがてそれは失望に変わりましたけど。この男がアサヒ芸能5月22日号キツネ目事件調書に執筆した内容を別紙に添付します。主張してる内容は奇形左翼である鳥越俊太郎とほぼ同じです。宮崎学よ、自分が棺桶に入る直前になったら、自分自身が執筆したコラムを読み返しなさい。そして、その感想を遺書にしたためなさい。それを葬式の際、葬式委員長に代読してもらいなさい。 →キツネ目事件調書
落合恵子 作家 この女に関しては現在情報不足。
吉岡忍 作家 この男に関しては現在情報不足。
鳥越俊太郎 TVキャスター 元サンデー毎日編集長。容共派。この男がかつて在籍した毎日新聞の後輩が、とんでもない事件をやらかしました。その事に関して、この男が自分自身の日記にて、メッセージを述べています。 →日記 イラク戦争中、毎日新聞の現地取材は下請け(アジアプレスやフリージャーナリストなど)にやらせて、自分たちは安全な場所から批判してました。戦争が終わり安全になった後でのこの不祥事、自分の後輩がいかにお粗末な人間かがわかっていない。で、奇形左翼にありがちの完全な開き直り、責任転嫁を繰り返しています。こいつが日本で三番目に影響力の強い、左翼マスコミである毎日新聞の体質を象徴する男です。
田岡俊次 朝日新聞アエラ編集 朝日新聞ご自慢の奇形左翼的軍事評論家。「ニュースステーション」などに出演し謀略宣伝を垂れ流す。“田岡はイラクのニュース画像で市民が持ってるライフルのマガジンを二つ粘着テープで固定してる(マガジン交換がスムーズになる)のを見て、「これはアメリカの特殊部隊がよくやる方法です」と得意気に解説していた・・・。つまり「イラク市民に扮装した米兵だ」と主張していたのですが、マガジン二つを粘着テープで固定なんて、ガンマニアなら誰でも知っています。戦争映画やアクション映画などでもよく出てきます。常に戦闘の中にいるイラク人が知っていてもなんら不思議はありません。田岡の軍事知識なんてこんなものです”←“”内は、専門家の意見です。
早野透 朝日新聞編集委員 前年から始まった朝日新聞の右旋回に反対の立場を採る、左派の論客。同紙コラムニスト。
噂の真相 奇形左翼向け月刊誌 編集長(人)、岡留安則。学生時代は新左翼のセクトに加入し、トロツキーの亡霊とともに人生を過ごす。晩年はソビエトの崩壊を目の当たりにし、共産主義思想に幻滅するも、自分自身の善なる人生のために“悔い改め”ができず、残りの人生を刹那的に過ごす。
創 奇形左翼向け月刊誌 編集長(人)、篠田博之。この男は頑固一徹の正直者。自分自身の脳細胞が赤色に染色されている事に気がつけば、残りの余生を善なる道に歩む事が出来る可能性が高い。
世界 奇形左翼向け月刊誌 岩波書店。ソ連・共産中国・北朝鮮の手先である和田春樹をはじめとして、マルクス・ウイルスに感染している赤い学者どもの巣窟。朝日新聞と並び、戦後の日本の世論を間違った方向に扇動した左翼紙媒体。
ダカーポ 男性月刊誌 発行人、秦義一郎。編集長(人)、永野啓吾。
週刊現代 男性週刊誌 発行人、鈴木哲。編集長(人)、鈴木章一。鈴木章一→ドラえもんに出てくるスネオのような人間。
週刊SPA 男性週刊誌 発行人、溝賀主水。編集長(人)、秋尾弘史。5月20日号をご覧ください。紙面全体に編集長である秋尾弘史の人格がにじみ出ていると思います。つまり、政治の本質をロクにわからない人間が、フジサンケイグループの週刊・紙メディアの立場上、政治・経済・国際問題などを取り扱っているのだという事です。同じような紙メディアにサイゾーというものがあります。これも編集長である小林弘人が政治の本質をロクにわからない人間であるにもかかわらず、立場(プライドかな?)上、政治・経済・国際問題を取り扱っています。秋尾弘史にせよ小林弘人にせよ、自分の器を考えなさい。もし自分の器・資質・専門能力に劣る部分があると認識出来たならば、素直にその道の達人に教えを乞いなさい。それが私から君たちに対しての最善のアドバイスです。君たちが私の声を素直に受け入れるだけの器があれば、自分自身も、主管するメディアも、大きく伸びるでしょう。
サンデー毎日 男性週刊誌 編集長(人)、広瀬金四郎。朝日新聞系列の週刊誌顔負けの反米反戦路線。編集長が容共派だと思われる。この週刊誌は歴代、容共派が編集長に就任する歴史がある。5月4日、11日合併号の176ページの編集長後記をご覧ください。ここに、この男(広瀬金四郎)の思想のすべてが凝縮されていると思います。つまり、マルクス・ウイルスに感染したおじさんが、国際政治に関して女子中学生程度の見識で、このメディアの論説を決定しているという事です。それがすべてでしょう。前編集長である北村肇さんも容共派でしたが、この男よりははるかに現実世界の変化に対応できるアンテナを持っていました。広瀬編集長は今すぐ、北村前編集長の爪のアカを煎じて飲んで、サンデー毎日の紙面をまともな状態にしてほしいと思います。 ※北村前編集長→日本共産党支配下であるマスコミ共闘傘下の新聞労連元委員長。
五味宏基 毎日新聞記者 テレビ東京のニュースより→5月1日、ヨルダンの国際空港で毎日新聞の記者五味宏基容疑者の持っていた荷物が爆発し、6人が死傷しました。この事件では、死亡した警備員の遺族が保釈に関する同意書に署名するなど、五味容疑者は近く保釈される可能性が大きいといわれています。しかし、この事件で怪我をした被害者のうちの一人は、テレビ東京の取材に対して毎日新聞や五味容疑者を強く批判しています。事件発生から9日。毎日新聞は10日付けの紙面で事件を検証する特集を掲載、改めて謝罪した。一方ヨルダン側は、日本との関係を考慮してか、アブドラ国王自らが保釈についてコメントするなど、五味容疑者に配慮した扱いだ。これに対して被害者の一人、エジプト人実業家のシャラシュ(アイマン・ハメド・シャラシュ(37))さんは、テレビ東京の取材に応え怒りをあらわにした。「本当にバカだ。日本の大新聞の記者が爆発物を持っていたなんて、そのまま航空機に乗らなくてよかった」サラシュさんは当時ヨルダン出張からエジプトに帰るため、手荷物検査に並んでいて巻添えとなった。「戦場から爆弾をお土産に持ち帰るやつなんているものか」脇腹と足に爆発物の破片が刺さり4日間入院、全治3ヶ月から6ヶ月と診断され、妻と息子の待つエジプトにはまだ帰れない。「毎日新聞の対応はすべて誠意に欠けていた。見舞いに来た斉藤社長は、忙しいからと2分間しかいなかった。私の体調を聞くこともなかった」シャラシュさんの弁護士によると告訴を取下げるよう求められ、ある金額が示されたという。「私はこの話に憤慨した。私に対する侮辱だ。五味を投獄させたい。裁判に1万ドル〜2万ドルかかってもいい」これについて毎日新聞側は「被害者全員と交渉中だが、個別の金額については確認できない」としている。インタビューの途中何度も咳き込んだシャラシュさん。五味容疑者への思いをこう繰り返した。「彼は記者を辞めるべきだ。記者を辞めるべきだ。辞めるべきだ」

http://www.geocities.jp/thkxp/cia/cia.htm

(続く)


[1748] ああ、堂々の選挙違反1 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 12:44:10

『宝石』1995年5月号のP126から貼り付け

(貼り付け開始)

スクープ座談会供仝騎慍餞管堯ω魏の証言

ああ、堂々の選挙違反
替え玉投票、戸別訪問、買収、対立候補の選挙事務所妨害、投票当日の有権者連れ出し……。以下は、学会幹部OBたちが実名で証言する懺悔の選挙活動記録である――。


〈出席者紹介〉

◇鈴木広子 昭和5年9月生まれ。昭和37年7月、創価学会に入会。公明党地区委員、創価学会婦人部・地区担当員などを歴任し、平成4年1月、同会を退会。東京在住。

◇山口隆司 昭和16年6月生まれ。昭和26年4月、創価学会に入会。圏(ゾーン)長などを務め、平成2年10月退会。埼玉県在住。

◇細谷健範 昭和3年10月生まれ、昭和30年2月、創価学会に入会。地方本部の壮年部幹部などを歴任し、平成2年四月退会。神奈川県在住。

◇後呂(うしろ)雅巳 昭和5年5月生まれ。昭和27年10月、創価学会に入会。壮年部・支部壮年長などを歴任し、平成3年5月退会。埼玉県在住。

◇桑原春蔵 大正2年1年生まれ。昭和25年4月、創価学会に入会。副理事長の要職に就く一方、昭和38年から公明党の大田区区議を4期。平成3年10月退会。東京在住。

(敬称略〉

――選挙の話に先立って、出席者の皆さんは宗教法人、創価学会の会員でした。信仰を目的に宗教組織に入った皆さんが、なぜ、公明党(現「新進党」と「公明」に分散)支援の選挙活動を行なってきたのでしょうか。

鈴木 ひとつは、公明党の議員さんというのは学会員と同じ御本尊様を信仰していること。2つめは、池田大作((創価学会名誉会長)の指導カ、公明党を絶対に守り抜けと。だいたい学会員は純粋な人が多いですから、池田の言うことは素直に実行するんです。

山口 創価学会ではよく「広宣流布」(大要、国民全部が学会員になること)という言葉を使います。これは学会の目的でもあるわけですが、選挙で公明党が勝つこともそのうちのひとつ、要するに選挙活動の目的は、学会が国家権カに勝って、創価王国を建設しようという感覚ですね。

細谷 山口さんの話にも出ましたが、やはり選挙支援の目的は創価王国を建設しようということ。また、同じ信仰者を国政に出すことによって、早く広宣流布を達成しようということでしょう。

後呂 私自身、宗教団体、あるいは信仰組織が権力を追求するのは間違いであると思ってきたんです。しかし、学会組織に所属し、しかも役職も持っておりましたから、組織の流れには逆らうことができなかったんです。

――桑原さんは選挙活動というより公明党区議として支援を受けたほうですね。

桑原 私が区議に出たのは公明党の前身、公明政治連盟の時代からです、区議になった目的は、もちろん学会の広宣流布達成にありました。

10年間平然と続けた替え玉投票

――それでは本題に入ります。出席者の皆さんは、公明党支援の選挙活動中に選挙違反を行なったことはありますか。

鈴木 もちろんございます。ひとつは替え玉投票です。私自身が行なったわけではありませんが、私にKという甥がいて東京で同居しておりました。その甥が東京に住民票を置いたまま、東北地方で仕事をしていたのですが、その間、地域の学会幹部が甥になりすまして、ずっと替え玉投票をし続けていたんです。

――何年ぐらい前でしようか。

鈴木 昭和43年ごろから10年間ぐらい。その間の衆院、参院、都知事、都議、区議などすべての選挙です。

――学会幹部が鈴木さんのところに甥の投票券をもらいに来ていたのですか。

鈴木 最初は、替え玉投票は選挙違反だから投票券は出せないとお断わりしたんです。でも幹部は、“その1票が大切だ”と言って持って行っておりました。

――同じ幹部が10年間も?

鈴木 いいえ、選挙ごとにいろんな人が来ました。甥が私の家から住民票を移すまで続いたんです。

――替え玉投票の例はほかにもありますか。

鈴木 いっぱいありますよ。学会員が地域のポストを見て歩いて、投票券を盗んでくるんです。その投票券を学会員が持って拠点(地域の学会幹部自宅)に来ると、幹部が“やった、やった”と喜ぶ。いま考えたら、ゾッとするような話ですけど。

――何年ごろ?

鈴木 言論問題(創価学会による「言論出版妨害事件」)が起こった昭和45年以前は本当にひどかった。でもそれ以降は世間の目もうるさくなって少しは遠慮するようになりましたけど。

細谷 替え玉投票など、私自身も何回もやりましたよ。もう、数え切れないくらい(笑い)。

――正確に何回やったか記憶に残ってませんか。

細谷 私はね、学会幹部として地方の組織によく派遺されました。新潟、名古屋、山口、小田原など。そうした地域で替え玉投票などありとあらゆる選挙活動をやってきたんです、
 実際、選挙活動のために会社を1力月間休んだことがあり、このときは会社からクビを言い渡されたんです。それで学会本部の森田さん(森田一哉理事長)に指導を受けたところ、森田さんから“選挙のために、会社を休めなんて創価学会では一言も言ってない”と、怒られたんです。だけど実際は、会社を休むように仕向けるのが学会の組織なんですよ。

――替え玉投票をやるとき、投票所で緊張はしませんでしたか。

細谷 替え玉投票を行なう学会員は、幹部が人選するんですよ。本当に信頼のできる学会員に依頼するんですね。投票所で怪しまれたら大変ですからね。

鈴木 そうそう。私も知ってますけど、替え玉学会員が投票所に行くのは、いつも投票所が閉まるタ方6時ぎりぎりなんです。

今明かす投票所襲撃事件の真実

――さてその投票所ですが、ここに出席の山口さんは、いわゆる「練馬区投票所事件」の際、現場にいたひとりです。実名でマスコミに登場するのは初めてですが、事実を証言してください。

「練馬区投票所事件」は昭和44年7月13日、東京都議会選挙投票日の当日、練馬区第4投票所で発生。午後6時の投票締切り時刻数分過ぎに男女2人連れが投票所を訪ね、投票をさせるよう求めた。同所の選挙管理委員会が「投票時間がすぎた」と、法律を盾に拒否。2人は立ち去ったが、直後、同投票所に公明党代議士(当時)伊藤惣助丸の秘書と名乗る男ら数十人が乱入。選挙の委員を押し倒し、殴る蹴るの暴行を加え、さらに全員を土下座させ謝罪を要求した。この乱入者たちは全員が創価学会員である。その後、選挙管理委員会から警視庁に公務執行妨害、暴行脅迫、傷害等の被害届が出され、最初に投票所に来た2名のうち1人が「選挙事務関係者・施設に対する暴力罪、騒擾(そうじょう)罪等」で懲役6月、執行猶予2年の有罪判決を下された。まさに、前代未聞の投票所襲撃事件。このとき不問に付されて現在に至っているが、現場で乱入「暴行の指揮を取った首謀者はいったい誰であったのか。

――事件当日、どのような経過だったのですか。

山口 当時、私は学会男子部の隊長という要職についておりました。当日、投票が終わりまして、公明党候補者の看板を片づけ、総ブロック(注・学会組織の名称のひとつ)の拠点に帰ってひと息ついていたんです。突然、私たちがいるその拠点に地元の学会・練馬会館から電語で、“参謀室長(市川雄一氏=後の公明書記長、現「新進党」政務会長)が、共産党員にやられている”という一報が入ったんです。

――参謀室長とは、当時、「公明新聞」の編集局長であった市川雄一氏ですね。

山口 そうです。市川参諜室長です。で、大変だと、拠点にいた私を含めた男子部たちが車にパッと乗りまして、桜台の練馬区第4投票所に向かったわけです。このとき、私の拠点から8人ぐらい行ったでしょうか。投票所に着くと、周囲には学会男子部が百人ぐらいいたと思います。で、私は幹部でしたから、ダダーッと投票所の中に入ったんです。そしたら、選挙管理委員たちを相手に、市川雄一氏と青柳参謀という2人が罵詈を浴びせているんですよ。この現場で誰が発言したか、“おれは伊藤惣助丸の秘書だ。”という怒鳴り声も聞こえました。

――現場で、どんな内容の話し合いが行なわれていたのですか。

山口 てっきり共産党とのトラブルと思ってかけつけたのですが、どうも違う。市川さんと青柳さんが“投票させろ!”選管は“いや、だめだ”との言い争い。

――現場には全部で何人の学会員がおりましたか。

山口 記憶は定かじゃありませんが、投票所内には4、50人ぐらい入ってましたね。その間、市川雄一さんが1回外に出て本部に電語をかけているんです。

――公明党本部に?

山口 たぶん、指示を仰ぐために連絡を取ったのだろうと思います。どんな指示だったか分かりませんが、血気盛んな男予部は”やっちゃえ。という感じで、選管の人を殴る蹴るで、選管の人は口から血を噴き出しておりました。

――暴行を働いたのは市川さんですか。

山口 いや、市川さんは手を出していないと思う。いわば、やらせたという感じ。

――首謀者ですね。

山口 そうです。現場の最高幹部でしたから。

――そのとき市川氏の服装は白い開襟シャツ?

山口 ええ、開襟シャツでした。

――その後、警官が入りましたね。

山口 警察官が入ってくる前に、指示が出たんですよ。練馬会館に集合と。

――練馬会館は投票所から近い?

山口 車で5、6分でした。われわれ男子部が練馬会館に引き上げてきまして、そこにも市川雄一氏がおりました。それでわれわれ男子部を前にして”よくやった”と激励を受けたんです。もう男子部は全員、興奮状態でしたよ。


[1747] ああ、堂々の選挙違反2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 12:42:43

私は自首し、市川雄一は雲隠れ

――もう一度確認しますが、山口さんは現場で暴行を目撃しているんですか

山口 見ました。選管の人が土下座させられて、殴られて、血を流しておりました。

――事件の後、市川さんは創価学会の組織から消えてしまった?

山口 雲隠れです。でもそれからほぼ1カ月後、桜台の投票所に行った私たち男子部全員が会館に集められたんです。そのときの話では、練馬警察署や警視庁が捜査していて、創価学会男子部の暴動であることは明らかだ。ついては、何人か自首せよ、ということになった。それで幹部から「お前、どうだ」「いや、うちには子供がいて」とか「仕事が」とかで逃げている。

――では、誰が自首したのですか。

山口 私です。当時、私は自家営業をやっていて、まあ“革命精神”で名乗り出たんです。それと、やはり同じ隊長という要職で塗装業を営んでいたM君という2人で自首することになりました。

――どこに自首したのですか?

山口 最初、地元の公明党区議に連れられて公明党本部に行きました。会議室には公明党の国会議員とか都議とか十人ぐらいいたでしょうか。そこで取調べを前提にしてデタラメ証言を作成したんです。第1に、私は隊長でしたが、学会員ではないことにしました。また、事件が起きた投票日当日は、釣りに行ってることにしたんです(笑い)。
 それで自宅に帰ったら「共産党が学会幹部をやっつけている」という話を聞き、うちの親も学会に入っているから、共産党が憎いと思って投票所に向かった。こんなウソのストーリーを作り、練馬警察署に出頭したんです。

――どんな取調べを?

山口 しつこく聞かれたのは市川雄一氏が現場にいなかったか、ということ。学会機関誌『聖教グラフ』に写っている市川さんの写真を見せられて、この男が現場にいたはずだ、と。でも私は一切知らない、見たことない、だいたい本当は創価学会なんか大嫌いなんだと言ってウソを通したんです。

――取調べは何日間でしたか?

山口 練馬警察署は2日間。その後、何カ月か経て検察庁でも取調べを受けました、そのつど、学会や党本部に報告してましたが、党本部からは「生涯、しゃべるな」と強く言われましたね。

――山口さんは現在、学会を退会されていて、当時の事件をどう思っています
か。

山口 信仰者が暴力を振るうなどあってはならないこと。広宣流布のためなら、たとえ選挙不正をやっても、学会から見れば正義になる。そのうち、法を犯しても罪を感じなくなる。こうした人間に形成されていくのが怖い。

――細谷さんは、この事件を知ってましたか。

細谷 市川君の問題は知ってましたよ。実は神奈川で所属組織が私と一緒の部隊で、役職では私の下だったんです。口の達者な人でしたね。

取調べのショックで自殺者も

後呂 私も選挙活動はよくやりました。商売をやってますから、人に接触する機会が多く、選挙のたびに、1千票ぐらいのF(公明党支持票)を取っておりました。妻も学会婦人部の幹部でしたから、2人で選挙活動をやりましたね。だいたいわが家がその地域組織の拠点になっていたんですから。

――公明支持をお願いするとき、やはり手土産持参で?

後呂 そりゃそうです。相手に応じて菓子とか、魚とか。それに、いつも公明党の立候補者には金を出しておりました。

――誰に金を出すのですか?

後呂 選挙になると学会の幹部が集金に来るんです。陣中見舞いというか、十万円以下なんていうことはありません。もう、どれだけ学会のために金を使ったか(後呂氏は毎年の財務納金に数百万円。昭和45、6年、地元の埼玉県・所沢会館を建設するとき、学会に3千万円を寄付している)。

――陣中見舞いについて、議員経験の桑原さんが詳しいのでは?

桑原 たとえば私が候補になると、当選責任者として学会幹部が1人つくんです。その幹部が選挙期間中全部仕切るんですよ。陣中見舞金もそうです。公明議員の選挙はね、学会本部に始まり、学会本部で終わるんですよ。

――どういうことですか。

桑原 選挙スタートの日。われわれ公明党の立候補者は、タスキを隠して地域の学会会館を訪ね、中に入ってタスキをかけて”広宣流布のために勝たせてください”と会員の前であいざつする。その後で、選挙事務所に戻って第一声。選挙が終わって当選のあいさつも地域の学会会館でやるんです。

――学会員は大変な支援活動をしてくれるわけですね。

桑原 私の選挙ではないのですが、想い返すたびに胸が痛くなる事件があるんです。学会員による戸別訪間などはもはや当たり前の選挙活動になっているんですが、あれは昭和42年1月29日の衆院選でした。
 私の親戚で婦人部の学会員が、戸別訪問の容疑で警察から2度にわたって取調べを受けたんです。その取調べがショックで、鉄道自殺を図りました。小さな子供が4人おりましたけど……。(RC:●●員は自殺した人を「弱い」と言うだけ……)

――さきほど、陣中見舞いのことが話題にでましたが

桑原 陣中見舞金は、私たち候補者は一切タッチできません。いくら集まり、どう使われたかも知らない。管理は学会の幹部で、余った金は公明党本部に持っていっていたようです。私は昭和58年まで区議を4期務めましたが、その間、陣中見舞金には、ただの一度も触れたことがありません。他の公明党議員も同じでしょう。選挙の遊説隊だって、全部学会が指令する。

鈴木 うちの3人の娘も公明党の遊説隊を経験しています。手弁当でした。

桑原 議員の選挙活動も、学会幹部が全部スケジュールを立てるんです。立候補者は学会のロボットみたいなものですよ。それだけ、学会の皆さんは選挙に一生懸命になるんです。

鈴木 選挙態勢に入ると、自分の家のことなんかなにもできません。洗濯も掃除も。それで朝から毎日、F取りです。

山口 学会活動家なら全員がそうですよ。

細谷 われわれ学会員は、そういう選挙活動を何十年とやってきたんです。

山口 とくに学会幹部の家なんかすごいね。選挙期間中はもうグチャグヂャ。

鈴木 洗濯物なんか3日も4日もたまっちゃう。

仰天! 違反の実態と証拠隠滅

――現在もそうですか。

鈴木 いまだってそうですよ。私の家も拠点だったのですが、一日じゅう学会員が出入りして、勝手に冷蔵庫は開けられて中がカラッポになる、お茶なんかも1キロ、2キロ単位で買ってくるんです。

細谷 私の場合は上からの指令で、南九州に行けとか、北九州だとか、次は神奈川県の小田原方面。それが終わると千葉県と。交通費も全部自前ですよ。

鈴木 私も派遺で文京区に入ったことがありました。3力月間、自宅から毎日通ってF取りです。もちろん手弁当。あんなことやって公明党議員を当選させて、いま、私に何が残っているかって思うんです。

後呂 本当に、なんのためにあんな選挙活動をしたのかねえ。

――学会の選挙活動というと、投票日当日の連れ出し体制が有名ですね。これは明白な選挙違反ですけど。

鈴木 選挙違反だなんて考えたこともありませんでした。

山口 投票日当日の連れ出し体制は、だいたい1週間前にリハーサルをやるんです。同行送迎というやつですよ。

鈴木 そうそう、同行送迎。

山口 同行、送迎、連れ出し、確認です。

鈴木 そう、連れ出す有権者の名前をノ一トに全部書き出して、それで誰がどの人を投票所に連れ出すか。

――実際、どのようにして連れ出すのですか。

鈴木 私の場合は、朝方、迎えに行くんです。

――歩いて行くんですか。

鈴木 歩いて行きますが、ご年輩の人なら、「そこに車が待ってますから」と。それで、一緒に投票所まで行<のですがその間、候補者の名前を何度も言って、入れてね、入れてねと念を押します。投票所から出て来たときも、「入れてくれた?」と、確認する。

山口 票を入れてくれた人は、学会の拠点に連れて行ってオニギリ、ミソ汁、ゆで卵をごちそうする(笑い)。全員ではないですけどね。

鈴木 そうやって1人の有権者が終わると、すぐまた次の人の自宅を訪ねて連れ出します。ただ当日、午前中は10時と12時、午後は3時、4時、6時の時間に、誰を何人連れ出したか拠点に報告するんです。その拠点から本部に連絡される。

山口 この連れ出しにも内連、外連といって、内部連れ出しもあるんです。名前は学会員でも、普段会合に出て来ない人は選挙にも行きませんからね。

鈴木 また、学会員でも公明党に入れるかどうか危ない人は、区役所に連れて行って不在者投票をやらせちゃうんです。

細谷 学会組織なら不在者投票はどこでもやってる。病院の入院患者まで狙いますよ。

鈴木 私は共産党系の病院でそれをやりました。入院患者に、不在者投票日を聞きだして、当日、「誰それさんにお願いよ」と頼むの。

広島県議選でまた逮捕された「創価学会員」の投票干渉
http://soejima.to/boards/past.cgi?room=sirogane&mode=find&word=%B9%AD%C5%E7%B8%A9%B5%C4%C1%AA%A4%C7%A4%DE%A4%BF%C2%E1%CA%E1%A4%B5%A4%EC%A4%BF%A1%D6%C1%CF%B2%C1%B3%D8%B2%F1%B0%F7%A1%D7%A4%CE%C5%EA%C9%BC%B4%B3%BE%C4&cond=AND&view=5

――壮絶な選挙戦ですね。

鈴木 選挙になるとF取りで最低でも百軒ぐらい訪ねます。1軒当たり、手土産代2千円としても大変な出費なんですよ。果物、お茶、せんべい、クッキー類。電語代だって普段の3倍から5倍ぐらいかかりますよ。

細谷 また選挙中は、ポストを見て歩いて、他党候補の法定ビラの抜き取り、さらに公衆電語から他党候補の選挙事務所に電語をかけ、ちょっと話して受話器を置く際に、マッチの棒を間に挟んで通話状態にする。つまり、電話を使えなくしちゃうんです。また、戸別訪問にしても、実に巧妙に指導するんです。

桑原 有権者宅を訪問して、なにか問題が起こったら、選挙活動ではなく、“信仰の話に来た”と言え、と。

――選挙が終わると?

山口 投票日の夜、とくに連れ出し体制の表などはすべて焼却し証拠隠滅を図るんです。上からの指示で、一切の資料を燃やせ、と。

――皆さんは生活を犠牲にしてまで20年、30年と長い間、公明党支援の選挙活動を行なってきた。しかしその公明党もいまや解体。現在の心境は。

鈴木 たったひと言。なんのための公明党支援だったのか悔やまれてなりません。はらわたが煮えくり返ります。

山口 無駄な時間、無駄な金を便ったが、もはや物理的なことは考えてもしかたがない。池田大作の名誉欲達成のために、大変な資産と人生の半分を費やしたのは腹だたしいが、残された人生を一生懸命に生きてみたい。

細谷 信仰には政治権力は必要ない。なぜ私がこんなものにダマされてしまったのか(笑い)。

後呂 私の人生に反省を残したように、池田を信じていては人生がダメになります。学会員も、信仰の原点に帰ってはどうか。

桑原 政治権力を握って天下を取るといった姿勢は、もはや信仰者ではない。信仰を利用した魔物です。

(貼り付け終了)


[1746] 私たちはこうして替え玉投票を強制された1 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:15:17

『諸君』1981年8月号のP140から貼り付け

(貼り付け開始)

元・創価学会員12人の告白
私たちはこうして替え玉投票を強制された

溝口 敦(ルポライター)

逮捕されて上部指示者の名を秘匿し切った者には“法難費”のメダルが贈られる。いま名乗り出て、初めて明かす集団替玉投票の実態!

自分が過去に行なった犯罪を告白し、住所、姓名ばかりか顔写真まで公表する。恥かしく、つらいことにちがいない。それも過去の信仰生活を誤っていたと否定し、今では思い出すのも嫌な人にとってはなおさらであろう。

彼らをして告白に踏み切らせたものは、旧態依然たる創価学会の体質を改めたいとの熱意である。

彼らは劣悪な会員だったから替玉投票などの不正で違法な選挙闘争に走ったのではない。むしろ逆に、会活動に熱心で会員間の信頼もあつく、替玉をするに耐えられるほどの資質を持つと判断されたからこそ、法を犯したのである。したがって彼らは自分の犯罪を告白することで創価学会への批判にかえる資格と権利を持つ。

ほんの少し前まで、彼ら自身が最も良質な創価学会員とされていたから、過去と、行なった悪を語ることが、現在の創価学会全体の悪を告発することに通じる。創価学会は依然として彼ら1人1人に責任を押しつけ、不正を認めることも、誤った指導を改めることも、なに1つ行なってもいないし、行なおうともしていない。

今、自分の体験をもって創価学会を批判する人々がふえている。彼らの何人かにインタビュー取材し、また手記を寄せていただいた。彼ら1人1人が小さく質素な山埼正友である。

山口軍太郎さん、昭和17年生まれ。現在は大阪市西成区長橋に住み、皮ジャンパーの縫製工場に勤めているが、替玉投票当時は福岡県大牟田市で洋服仕立屋の見習いをしていた。創価学会への入会は昭和36年、19歳のとき。

2年後、38年4月30日投票の統一地方選後半戦(市町村議選と東京特別区議選)で替玉投票するハメになる。前年の参院選で初めて選挙権を得て投票したばかりの21歳、名ばかりの男予部分隊長をしていたが、痩せて世間知らずの青年だったという。

――誰に投票しようとしたんです?

山口 松藤辰之助いうのが創価学会の三池支部長でしたけど、それが大牟田市議選に出た。彼です。新人候補でしたから何がなんでも勝つ、手段選ばずでした。

松藤辰之助はこの選挙で1941票を集めて定数40人中の21位で当選している。当時は公明党の前身である公政連(公明政治連盟、昭和36年結成)の時代で、公政連からは松藤のほか木村真鹿、西山明人の2人が立って、いずれも当選。

――池田大作が会長に就いて3年後、急伸期にあり、どこの地域でも、それいけやれいけだったんでしょうね。

山口 そうかもしれません。ぼくみたいなベイペイにまで替玉させるというのは相当ひどい選挙だったんでしょう。

――誰に頼まれたんです?

山口 由径(ゆえ)正之というB長(プロック長)でした。当日になって、この投票券で投票してきてくれないか、いうんです。杉山さんいう左官屋が大B長(大ブロック長)でしたけど、その家が拠点になっていて、そこででしたね。古いことで記憶がハッキリしないけど、そのとき、捕まっても口を割るなぐらいの注意は与えられたと思います。

――投票所に行ったら?

山口 ええ、笹林小学校いうのが投票所でしたけど、そこへ行ったら受付の人が「生年月日は?」と聞きますねん。聞かれるとは思ってなかったもんで、何の用意もあらしまへん。「昭和17年」自分の生年月日いいました。係の人は「ちがう、昭和8年でしょ」いいますね。こっちはウプというかパカというか意地になって「昭和17年」いいはりました。そのうち警官が来てその場で逮捕ですわ。もうムチャクチャやった。由径さんがぼくに投票券の年齢合わしてくれているものとぱっかり思ってました。
 大牟田警察に2日間留置です。「誰に頼まれた」いわれても履初はウソばっかり答えて、警察は何度も調書の書き直しや。しまいには怒りだして、ぼくも由径さんの名出しました。由径さんに申訳ない思って泣いてしまったもんですわ。警察が由径さんを隣の部屋につれてきて、マジックミラーいうのですか、こっち側でみてまして「あ、あの人です」いうたら保釈になりました。雨の降っている日で長靴はいて帰ったこと覚えとります。
 帰ったら、ぼくが自白したからいうんで、会員からはシロメですわ。もうムチャクチャやられましてん。人間じゃないみたいに。由径さんの奥さんだけは黙って耐えられてます。余計申訳ないいう気持が先に立って、創価学会やめよういう気はさらさら起らしまへん。ぼくのほかに、金井さんという人と、もう1人捕まってます。

手抜きによる“鶴タブー”

当時の『西日本新聞』(昭和38年5月1日付)は事件をこう伝えている。
「大牟田で3人逮捕老女だまし替え玉投票
〔大牟田〕大牟田署は30日午後5時ごろ大牟田市中町工員猿渡清治(20)同市花園町商業山口軍太郎(20)同市新地町無職金井マス(57)の3人を公選法違反(詐欺投票)の現行犯で逮捕した。
調べによると、金井は同日午後3時ごろ同市旭町1丁目無職西島ナツさん(69)の入場券を使い同市笹林投票所で市長、市議選の投粟をしようとした疑い。
 同署は28日、西島さん方に市役所の吏員と白称する32歳ぐらいの男が訪れ『市役所の台帳と照らし合わせるから』といって西島さんと知人ふたりの入場券を借りて行くえをくらました事件があったところから捜査していたもので、金井の背後関係を追及している。なお猿渡と山口も他人名義の入場券で投票しようとした疑い」

ここには創価学会員による公選法違反事件だとの記述はない。逮捕直後としても聞きこみをすれば、山口さんなどが会員であることは分ったはずである。

創価学会では池田が会長についた4力月後の35年9月、渉外セクシヨンを復活して都議や市議を中心に渉外局を設置、「創価学会員による犯罪」との報道を極力おしつぷすべくマスコミ各社に圧力をかけ、当時早くも一部の地方紙や地方支局には自主規制の空気が生まれていた。取材に動けば会員であることが確認されても、書けばうるさい。手抜きによる一種の“鶴タプー”であり、後に引用する報道記事と併せ、その早い時期の一例となろう。

――保釈直後に竹入義勝が来たとか?

山口 そうです。確か金井さんの家やったいう気がしますが、そこに揃まった3人が呼ぱれていきました。竹入さんと大野潔が来ましてん。大野は法律的の仕事してるから、と紹介され、竹入さんからは「とにかく池田先生に政治大学まで出してもらった」と聞いたことだけはおぼえています。そのころは「大変でしたね」という激励の意味で来てくれた思うとりましたが、今思うと事件処理ですわ、防衛線をどこに引くとか。その後ほどなく坂田いう人が一切の資任を取るかたちで警察に出頭して、由径さんも出されてますから。
 いうまでもなく竹入義勝は現公明党委員長、当時は都議選に北区から出て初当選を決めたばかり、渉外局員をしていた。大野潔は、東京7区選出の衆院議員、当時、渉外局次長になるかならずかの時期であった(就任38年5月25日)。

山口 その年の秋まで2力月に一遍ぐらいやろか、検察庁や簡易裁判所に行った記憶があります。秋に判決が出て、公民権停止5年、執行猶予3年うたれました。その後、福岡の九州本部に呼ばれて、石田次男さんから今後のことで、ということで注意受けました。「池田先生から罰金の1万円は出していただきましたが、このことは内緒に」いう石田さんの言葉ははっきりおぼえてます。
石田は前会長の戸田城聖の時代には、次の会長と目されていた、池田のライパルだったが、昭和32年以来、九州の最高責任者として九州本部長をつとめていた。

山口 今思うとあれだけ幼稚だったか自分自身ゾーとしますわ。洋服屋いうのは5年の修行期間で、ちょうどデッチ時代を終ったころでしたけど、届づらくなってよその洋服屋に移ったりもしました。5年間、一切、投票も選挙運動も禁じられましてね、だけど要領よく選挙運動はその後もやってました。40年の参院選のときでしたか、九州の責任者になった和泉覚氏(現、副会長)からわざわざ私に「運動するな」いう注意が組織通じてきたりしましたからね。

「私は踊らされていた」

 山口さんは参院選を終えて40年8月に大阪に出、50年7月まで男子部総B長を勤めていた。当時の創価学会地域組織は総合ブロック(総合B)―総ブロック(総B)―大B―B(ブロック)の系列であり、1Bに5〜10世帯が所属、大Bは数Bからなり、山口さんはその上の総B長だから、およそ2、3百世帯を擁する町の学会組織の頂点に立つ幹部の1人だったといえる。教学面では教授補で、これも同程度に偉く、46年には公明党の地区委員、その後壮年部に移って54年4月まで大B長をしていた。

 彼が替玉投票にもかかわらず、その後、創価学会地方組織の優良な中堅幹部に育て上げられていたことは疑いようがない。

 山口さんは替玉投票に失敗して逮捕されたが、失敗はむしろ稀な例であり、圧倒的多数が替玉投票に成功している。投票所受付でチェックがあったとしても、せいぜい生年月日の碓認に限られているから(投票入場券を送付しない地域では住所の確認や、場合によっては身分を証明する書類の呈示を求めること
がある)、生年月日さえ記憶して、年格好がそれらしければ、たいてい成功してしまう。東京・江東区千田に住む源田宣充さん(35歳)も42年1月29日の衆院選で2票替玉投票することに成功している。当時は世田谷の羽根木に住み、世田谷第一総B大原大Bの男子部大B長をしていたが、壮年部総B長の松本健次郎の家で、松本か、その家族の誰かに替玉を指示され(松本は覚えがないと否定)、早朝2つの投票所で替玉し、夕方上着を替えただけで自分の分の投票もすました。

源田さんは、松本の家には投票券が10枚以上あり、それぞれの生年月日が分るようになっていたこと、当時の世田谷の選挙司令が青年部常任参謀・今井幸雄(のちに本部副理事長、本部組織センター部長)だったことなどを語った後、

源田 替玉投票には2票とも成功しましたけど、別にほめられなかった。それどころか近くで上野という大学(専修大)の先輩でもある大B長など2、3人が逮捕されたと聞いて、こっちにも捜査の手が伸びてくるのではないかと気が気でなかった。正直いって辛かったです。今考えると実に馬鹿々々しい、踊らされていました。

 と述懐している。

 また東京・新宿区戸山町に住む鳥居敦子さん(47歳)は昭和33年、24歳のとき、東京・中野で創価学会に入会。その1年後、34年6月2日投票の参院選で東京地方区から立った柏原ヤスに1票を替玉投票した。

鳥居 その1票は私も何度も食べにいったことのあるソパ屋の女店員さんのものでした。彼女はアパートに住んでいましたけど、その大家さんが学会員で、柏原ヤスに投票してくれとしつこく頼んだところ、「そんなにうるさくいうなら、かわりにいってきてよ」と投票入場券を渡してくれたものだったと思います。
 新井小学校の投票所で創分の投票をすませてから、彼女の投票所である丸山小学校にいって替玉しました。最初のことですから、手がプルプルふるえ、一瞬、こんなことをして将来どんな人間になっていくんだろうと思ってたことをおぼえてます。社会悪という意識はあまりなかったですね。
 以来、彼女は44年12月27七日投票の衆院選で東京4区から立った大久保直彦に4票を替玉投票したのを最後に、11年間にわたって13の選挙で合討30票以上を替玉投票したと語っている。

烏居 拠点には予供づれが何人もいますからね、「ちょっと借りますよ」とおんぶして変装がわりにしたり……。42年の衆院選のときにはその前後1年ちょっと、籍は東京に置いたままで北九州の姉の家に身を寄せていましたけど、このときは自分でも1回替玉したほか、2票を看護婦の会員さんにさせています。

創価学会の異常な土壌

 鳥居さんは46年1月まで女子部大B長、その後結婚して婦人部に移り、47年から公明党員、55年8月に退会した。個人折伏37世帯というつわものだが、44年35歳のとき、偏執的な男性会員に無断で入籍されたという経験を持つくらいなだけに、今でも若いころは美人だったろうとのおもかげを残す。

――風呂にまるで入らなかったと聞いていますが?

鳥居 いえ、全然入らなかったというんじゃなく、37年から46年まで10年間、ひと月に一度入浴したらいい方だったでしょうね。体が弱いものでお風呂に入ると疲れがどっと出て、翌る日起きられないんです。それにアパート住まいでしたから内風呂じゃないし、夜中の11時ごろ召集がかかったりしましたから、実際お風呂どころじゃなかったですよ。
 寝るのも着たまま。確かに「寝巻に着換えて寝るのも闘いよ」という女子部の指導もありましたけど、私は守れなかった。疲れて疲れて帰りつくと、そのままバタン。足も洗わずに寝たこと何度もありますね。女の兵隊さんです。

1日のうち21時間ぐらいは学会活動でした。女子部の結婚適齢期は31歳だという指導もあって、私が締婚したのは36歳のとき。その前、見合いの話を持ち込まれて断りきれず、7回もしましたけど、その度に相手の男性を減苦茶に折伏して鼻をへし折っては、せっかくの話をつぶしていました。


 幸い今の主人がもらってくれて、なんとか、すべりこみセーフでしたけど、主人が風呂に入らないとピックリしましてね。そのうえ立って物は食べるし、テレピを見る習横もないし、でしょう、女子部時代の生活が身にしみついちゃってるんです。主人が恐しい女房もらったと親戚中にいい歩いて危く離婚沙汰になるところでした。

 替玉投票は、会員に狂的な活動を強いる創価学会の異常な土壊に根ざしている。熱心で活動的な会員にとっては、違法を行なっても違法と実感することさえ難しい。


[1745] 私たちはこうして替え玉投票を強制された2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:13:51

法難賞をもらった人

 大阪市淀川区に住むデザイナー・山下久重さん(45歳、仮名)は50年4月の統一地方選で替玉投票を2度している。仕事の関係で転居が多く、当時は籍を大阪に置いたままで兵庫県尼崎市に住んでいた。地域になじみが簿く、ブロックでの役職はなかったが、創価学会の芸術部主任。夫人も同じく芸術部主任で、副大B担(担当員の略で、男性の副大B長に相当する)をしていた。

山下夫人 地元には票も持ってないし、知り合いもいませんから、選挙の度に肩身がせまい思いをしました。そのうえ報告、報告で上に成果をあげなくてはならへんし。誰か票おまへんか歩いても、F活動(フレンドの頭文字、会員外の票の獲得)でけしまへん。
 そのうちHさんという鉄工所やってる会員さん。が「うちに勤めておった人の投票券やが、沖縄に帰られました。かわりに使ったら」いいましてん。「それはあかんのとちがいますか」一旦は断ったんですけど、Nさんいう大B担に聞いたら、「ほんなら、それ貰うてきてお宅の御主人が使われたら」いいますねん。それで主人に無理矢理頼んで不在者投票にいってもらったんです。
 4月13日投票の県議選には、尼崎市を地盤に公明党からは岡崎弘など3名が立候補していた。山下さんが投票したのは岡崎にだった。用紙を入手して二重投票をするなどがこれに該当するものと考えられる。投票管理者や立会人又は係員がこれらの詐偽の方法によって欺罔されたか否かは問うところではなく、本罪の成立にはなんら影響がないものと考えられる。また、選挙人が他の選挙人の氏名を詐称して投票した以上、投票管理者側が、その
情を知っていたと否とにかかわらず、本罪が成立する(昭35、12、2最高裁)。”中略”『投票をしようとした者』について判例は、いやしくも投票の目的で詐偽の方法を用いる行為に着手した以上、その詐偽行為自体が未完成に終った場合であると、第2段の投票行為に着手しそれが未完成に終った場合であるとを問わず、右の罪の成立があると解すべきであるとしている(昭28、8、17東京高裁)。したがって、実行に着手したが行為全体としては完成しなかった場合は、その行為者が『投票をしようとした者』に該当し本罪が成立するものである」
 これによれば、入場券の示す真実の選挙権者が会員であると非会員であると問わず、またその諒解を得ようと、盗んだものであろうと一律に詐偽投票となるし、さらに山に逃げこんだMも塚野さんも、前の成功例を除いても、立派に詐偽投票罪が成立することになる。
 なお判例では詐偽投票による票も1票と数えられて有効であり、一旦確定した当落に影響することはないという。1票を争う選挙もあるし、後に述べる大量替玉投票の事例もあり、きわめて奇怪な判例というべきだろう。替玉投票はある場合には、公明党の票を不当にふやすばかりか、他党の票を不当に減らし、見かけの2倍に作用するのである。
 替玉の教唆については公選法の直接の規定はないが、ケースによって買収及び利害誘導罪(221条)、選挙の自由妨害罪(225条)などに該当する。これらの犯罪は刑事訴訟法250条によって、概して3年で時効完成になるという。
 また葉書きによる投票券は投票所への入場整理券という性質のものであり、選挙に必須ではない。現に横浜市のように発行、送付していない選管もあり、各地の選管の自由に任されているという。そのため投票入場券の抜き取りは公選法に規定がなく、刑法上の窃盗罪(225条他人ノ財物ヲ窃取シタル者ハ窃盗ノ罪ト為シ10年以下ノ懲役二処ス)が適用される。
 だが、入場券が投票券と受けとられているのは一面の事実であり、その抜き取りは替玉投票と同じく国民の固有の権利を踏みにじるものだろう。憲法法15条第1項には、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と記されている。創価学会=公明党はたとえどのような政敵を相手とした場合にも守らなくてはならない共通の土俵を、独善的につきくずしているといわねばなるまい。

二つ返事で引き受けた

 再び元会員の告白に戻ろう。
替玉投票したのは日本国籍を持つものばかりではなかった。
 東京・江戸川区松島に住む小林律子さんは大正12年函館で生まれた純然たる日本人だが、22年戦後の混乱時に東京で台湾人と緒婚、台湾に移り住んで台湾国籍となった。36年、38歳のとき台湾で創価学会に入会。夫となった人が酒乱だったため、その苦しみから逃れるための入信だったという。
 39年夫とともに日本に来たが、夫は観光ピザのため40年退去命令が出て帰国、小林さんは特別ビザだったため延期が効いて日本に残った。同時に離婚したのである。
 母子家庭となって、日本政府は帰化を認めず、以来毎年更新の手続きをしては日本に住みつづけている。当然選挙権はない。
 替玉投票したのは43年7月7日投票の参院選に際して。東京の創価学会は地方区で阿部憲一、全国区で三木忠雄を推していた。当時小林さんの役職はB担であった。

小林 選挙権がないんで選挙の度に肩身のせまい思いをしていました。私は聖教新聞の配達をやってましたから、投票日の日も配達を終えてから拠点にいって、連れ出し(熱心でない会員や非会員を投票させる)などしていました。
 お昼ころだったと思います。M・Kという大B長が「どうだい、投票に行かないか。小林さんと同じ年頃の人の入場券があるんだ」といいます。肩身のせまい思いをしていたときですから、少しでもお役に立てればと思い、「いいですよ」二つ返事で引き受けました。
 地域の投票所は西小松川小学校なんですけど、そのときは葛飾区の上平井小学校の投票所に行きました。M・Kの運転する単車の後に乗って。
 1時ごろでした。暑い日だったことを覚えてます。投票所にはそれでも列ができていましたね。M・Kも替玉するので一緒に並んだんですけど、実はどきどきしていました。見つかったら大変だと思って。投票券に書く段になったら完全にふるえて、誰に投票していいか分らなくなってしまい、表を見上げてこ
れだ、これだと思い、書きましたけど、あやしげなもんですね。投票所を出てからホッとしましたけど、M・Kは平気な顔しています。手馴れた感じでしたね。
 M・Kが入場券をどうして手に入れたか、それは分りません。この後の選挙のときでしたけど、状差しに入れっ放しの入場券がもったいないので、青年部の大B長以上のクラスの人が抜きとっているという語を拠点でチラッと耳にしたことがあります。
 そのころです。鈴木善次郎(現、江戸川区選出都議)さんに「国籍がないんだから、あまりF活動しない方がいいですよ」といわれました。万一のことがあると、公明党に傷がつくという口振りでしたけど、私自身もしなくていいのかと正直なところ、ホッとしました。長い間、このことは忘れていたんです。最近になって、あーこれは大変なことしてしまったな、と思い、テレビ局に電話したりしましたけど、テレビ局の人は江戸川ても替玉したんですか、とびっくりしてましたね。
 この選挙で阿部憲一(東京地方区)は83万1893票を集めてトップ当選、三木忠雄(全国区)は82万952票、8位で当選を決めている。

「じゃ、私がいきましょう」

長谷川剛さん、昭和4年生まれ。東京・葛飾区堀切に住み、現在は建築会杜に勤め、夫人が美容院を経営している。昭和29年入信、替玉は38年4月の統一地方選のときで役職は班長、氷販売業をしていた。

長谷川 4月17日の都議選の朝でした。

山下 Nさんの御主人が大B長で、彼が運転する車で市役所いって不在者投票したわけです。別段Nさんから注意されることはなかった。ニセモノで行くんやったら、ニセモノの心得いうのありますからね。暗黙のうちに、生年月日、名前忘れんように、注意しとった。揃まるなんて、そこまで深刻に考えません。チェックいうたかて、簡単なものやからね。当時は勝つためにはこれしかない考えとったし、不正してるいう気もさらさらなかった。

 奥さんは以前、不在者投票に同行し、関係のない人は室外に出て下さいと言われて、意外と厳しい雰囲気と感じていたから、山下さんが帰ってくるまで題目をあげつづけだったという。

 岡崎弘は1万6747票を集めて定数10人中の5位で当選、このうち少なくも1票は山下さんの替玉投票の分である。他の2候補もそれぞれ上位で兵庫県議に当選している。

つづく4月27日は後半戦の市議選投票日である。このとき山下さんはIという学会員が出張で投票できないため、その奥さんと「夫婦みたいな顔して」つれだって投票してきた。入れたのは公明党候補の西中進に対してで、このとき公明党は定数52のところ12人の候補を立て、その全ての当選をかちとっている。

山下 成功したからって別に仲間から賞められやしません。あたりまえのことやったような感じやったからね。

 山下さんによれば、50年7月3日に大阪・天王寺の中大阪文化会館に会の“功労者”千5百人ほどを集めた会合があった際、「法難賞をもらった人」という呼びかけに5、6人が立ち上ったという。法難賞とは選挙違反で捕まっても「自分の意志でやった」といいはり、組織上部に累を及ばさなかった会員に与えられるメダルである。法難賞の会員は選挙運動中の会合で体験発表し、自分がどのように警察官をいなしたかなどについて、得々と弁じたてることもあったと語っている。

川下さん夫妻は教学面ではそろって教授補、折伏数は30世帯(夫)、9世帯(妻)と仲仲のものである。ちなみに現在の女子部長・町田洋子の折伏数は2世帯にすぎず、彼ら古くからの末端幹部や会員がいかに熱心な会員だったか、歴然としているといえよう。

仏法は国法より重い

塚野三二(さんじ)さん、昭和5年生まれ。現在は川崎市多摩区菅で大工をしている。入会は昭和35年、30歳のとき。43年7月の参院選に際して替玉投票のほか、投票入場券の抜きとりも行なっている。


塚野 当時は近くの推(せき)というところに住んででました。金子荘という18世帯くらいが入っているアパートで、住人の大部分は秩父生コンという近くの会社の運転手でしたね。投票目の二週間ほど前、会合でNという総B長が「引っ越した人にも投票券が配られている。共産党に利用されると困るから集めておきましょう」というんです。当時、私はブロック長でした。
 で、帰ってすぐ自分のアパートの投票券を集めました。階段の上がり口の郵便受けに入れっぱなしで、誰が引っ越したかも分ってますから簡単なもんです。運転手で出入りが激しいもんで、6世帯8名分ぐらいをすぐ集めましたね。
 Tという大B長の家に持っていったんですけど、他の人のも併せ20枚ほど集まりましたか。総B長は気のきく人でも、頭の切れる人でもありませんからね。今考えると、上からの指令があって集めさせたんでしょうね。
 集めた投票券で替玉することになりました。仏法は国法より重い、王仏冥合だから多少国法を犯しても罪は消えると、そういう指導があったわけですね。
 当日の朝早く自分の投票所でもある稲田小学校に行って替玉分をすませました。いえ、自分が集めた投票券でなく、他の会員が持ってきた券でしたね。生年月日などは前もっておぼえていません。分らんし、神奈川ではおそらく初めての頃でしょうから、呑気なもんですよ。スンナリ通りました。
 その後2キロほど離れた高津小学枚の投票所に車でいきました。混んでいましたね、列ができていた。受付の人がタテに並んで下さいというのを、私だけは横向きに並んで、受付の人がチェックの度に台帳をパラパラめくるのを見ていました。私が持っていた投票券は高津の組織から回ってきたものです。
 2人ぐらい前まで順番が回ってきたとき、私の投票券の名前が見えましたけど、それには赤鉛筆で投票ずみの印がしてあるんです。その人は投票券が来ていないと受付に文句をいって投票したんでしょうね。
 これはヤバイと思って列を離れたら、受付の後に立っていた男の人が「もしもしどこへ行くんです」というんです。「いや、ちょっとトイレに行ってくるから」「すぐすみますから、投粟してから行って下さい。今まで我慢したんでしよう。女の人な。らともかく、すぐ終りますから」「なに、トイレ行ってゆっくりやりますよ」
 捕まったら大変という頭ありますからね、抜け出したときはなんともいえない気持でした。

詐偽投票でも1票は1票

同じB長仲間でAとMというのも替玉やりましたけどね、Mも朝は成功しましたけど午後はバレてしまって、やにわに逃げ出したんです。係員に追っかけられて、近くの長尾という山に逃げこんで、平(たいら)というところから出てきたいってましたよ。Mの前にはAがいて、それは通りましたから、自分も通るものと思いこんでヒョイと投票券出したら、投票ずみでしょう。ちょっと特って下さいといわれて逃げ出したそうです。Aも替玉はすましたんでしょうけど、まっさおな顔して拠点に帰ってきましたものね。
 替玉投票は法律上、詐偽投票になる。公職選挙法の第237条に「〜挙人でない者が投票をしたときは、1年以下の禁鋼又は10万円以下の罰金に処する。∋疚召鮑松里靴修梁昇承兇諒法をもって投票し又は投票しようとした者は、2年以下の禁錮又は10万円以下の罰金に処する」とある。
 具体的にはどういうことか解説書をひもといてみよう。大林・土居共著『逐条解説公職選挙法』は詐偽投票罪についてこう記している。
「本罪は氏名を詐称する等詐偽の方法をもって投票し又は投票しようとしたときに成立する。『氏名を許称しその他詐偽の方法をもって投粟する』とは、氏名を詐称したりその他関係者を詐瞞するなどの詐偽の方法をもって投票することをいうのであって、氏名を詐称するというのは例示であり、いやしくも詐偽の方法をもって投票すれば本罪が成立するものと解すべきであるから、他人の名を偽って入場して投票をなし、あるいは不法に投票地区部長が来て、よそから抜いてきた入場券を見せ「自分がいってもいいんだけど、捕まると役職の手前まずいな」というんです。
「じゃ、私がいきましょう」と入場券をもらい、近くの南綾瀬小学校に行って替玉投票に成功しました。
 2回目はそれから10日ほどたった(4月30日)区議選のときで、前と同じ人の入場券をもって気軽に出かけたわけです。入場券を受付の人に渡したら「ちょっとお待ち下さい」といわれ、おかしいなど思っているうち、刑事が来て、パトカーで本田警察署に連れていかれました。たぶん1回目の選挙のとき、入場券の本人が後から来て、投票されているのを知って訴えたのでしょう。それで当日は警察があらかじめ待機していたんだろうと思いますね。
 警察ではきびしく「誰に頼まれた」と責められましたが、ガンとして口を割らず、自分の意志でやった、といいはりました。
 当時の『読売新聞』(38年5月1日付夕刊)の都民版に次の記事がある。
「他人の入場券で投票――品川などで4人つかまる警視庁統一地方選挙取締本部は30日、詐欺投票現行犯で4人を逮捕した。品川区小山町4の165プレス業浜田辰雄(27)同工員(19)豊島区西巣鴨3の935パーテン松井宏(23)葛飾区堀切2の49氷販売業長谷川邸(たかし、溝口注「剛」の誤り)(23)でそれぞれの区の投票所で、他人の入場券を使って投票しようとして選管委貴に発見されたもの」

竹入義勝からメダル授与

冒頭に登場の山口軍太邸さんが大牟田市で捕まったのと同じ選挙(38年統一地方選後半戦)であり、当時の新聞報道によれば、他にも藤沢市で3人、久留米市で5人がそれぞれ替玉投粟で逮捕されている。記事中に創価学会員であるとの記述はないが、おそらく過半が会員の犯罪と推定され、早くから全国的に広範に行なわれていたことが知られる。

長谷川 こういうときこそ信心の強盛さが発揮できる、そう思いまして誰の名前も出しませんでした。そのため署長勾留2日、検事勾留10日の合計12日間泊められていました。

長谷川夫人 主人が捕まってすぐ地区部長がとんで来、今の都議選では定年制で立ってない西方国治さんが来て、一緒に警察にいき、大目にみてほしいと頼んでくれました。現在、公明党の区議をしている坂巻一多加さんなども差入れしてくれた。学会で弁護士もつけてくれたんです。

長谷川 最後の日に東京地裁で略式裁判を受け、2〜3万円の罰金と公民権停止5年の判決をいいわたされましたが、学会の弁護士がその場で罰金を払いました。
 逮捕された翌年、39年の元旦に東京第3本部の新年幹部会が田端会館で開かれ、班長にすぎない私も特別によばれて、副本部長をやっていた竹入義勝氏からメダルを授与されました。口を割らなかったことの功績に対してですよ。
 桐の箱に入った銀メダルで、表面は鶴丸と富士の浮彫り、裏面に大客殿建立記念、恩師(二代会長・戸田城聖を指す)7回忌法要と刻まれ、桐箱には「贈 創価学会会長 池田大作」と記されている。

長谷川 帰ってきたら凱旋将軍のようで、仲間は「これは法難賞だよ」と口々にいってはうらやましがってました。
 口を割った山口軍太郎さんは会員から白眼視され、割らなかった長谷川剛さんは“法難賞”まで授与される、両者はあざやかな対照をなし、創価学会の替玉投票への真意がどのあたりにあったか察知させて十分である。


[1743] 私たちはこうして替え玉投票を強制された3 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/16(Sat) 02:04:38

選挙は広宣流布のため

村山繁さん、名古星市南区元塩町で旋盤の工場に勤めている。昭和18年生まれ、両親の勧めで、34年16歳で創価学会に入会。替玉投票への参加は、山口軍太郎さんや長谷川さんと同じく38年4月の統一地方選のとき。名古屋は5大市の1つだから、市議選ではあっても、投票は前半の4月17日に行なわれた。村山さんは誕生日前で19歳、投票権のない未成年による替玉だった。

村山 投票日当日、早朝から拠点にいって勤行唱題しましたね。それから朝めしの後、電話番の任務についたんです。3時か4時ころまでやりましたかね。地区部長か班長、いずれかであるのは確かです。私のそばへ来て入場券を見せ「どうしても投票に行けない会員がいるんだ。お前なら20歳すぎに見えるからちょうどいい。行って投票してきて<れ」というわけです。
 不正であるってことは知ってましたけど、選挙も広宣流布のためと教えられていたんですね。自分でお役に立てることなら、と一も二もなく喜んで引き受けてしまったわけです。「まちがっても自分の生年月日だけはいうなよ」という注意を受けて、生年月日を頭に叩きこんでから南光中学校の投票所にいって何くわぬ顔して公政連の候補に投票してきました。拠点に帰って報告すると、「そうか、何もなかったか」ぐらいのことはいわれたでしょうが、ほめられたっていう記憶はありませんね。
 村山さんが投票したのは津川康郎に対してだったと推測される。津川はこの選挙で8313票、トップで当選している。

 ここで末端組織における一般的な創価学会の選挙運動の仕組みについて説明しておこう。

 投票日3カ月ほど前、創価学会の体制は選挙向けに切りかえられる。指導の月と銘打ち、末端幹部は信心指導の名で会員家庭に入りこみ、選挙への準備をさせる。また「連絡カード」を会員に手渡し、国政選挙なら、知っているかぎりの親類、知人、友人の住所や年齢を書き込ませ、提出させる。末端幹部はそれを県外、県内、市内に分類し、地方支部に連絡、提出する。

 このとき同時に公明党の党員会は解散し、以後、選挙終了時まで党員の集りはなくなる。創価学会の組織に一本化して選挙を闘うわけだが、選挙をまぢかに臨んで解散する党とは何なのだろうか。政教一体というのも愚かしいほどに、いまだに創価学会そのものの選挙である。党員でもない創価学会の支部長、婦人部長が地域グループ長に、男女青年部長がグループ長に、それぞれ名をかえ、創価学会の組織をそのまま使って選挙戦に突入するのである。

 幹部は会員をA,B,C(場合によってはDまで)に分類する。Aは非会員(Fと略称)に投票依頼をした会員、Bは本人だけは公明党に投票する会員、Cは投票するかしないかも分らないような不活発な会員、である。幹部は会員の家庭を訪ねては、CをBに、BをAにまで活性化する指導を行なう。一方、Aは会員外に働きかけを強め、フレンドづくり(F)に励む。

 Fも熱心度に応じて○F(マルエフ)、F(ときにF確も)と分類される。○Fは本人が公明党に投票するほか、さらに自分の知人、友人にまで投粟依頼してくれる人、F確は確実に公明党に投票する人、Fはともかく公明党に入れるといっている人、である。

 投票目の1カ月ほど前になると、4者(壮年部、婦人部、男子部、女子部を指す)がたいてい別個に「大結集」する。会員百パーセントの結集が目指され、大会場を埋め、熱気にさらして会員の志気を高めるのである。ときに山本リンダや沢たまき、研ナオコなどの会員芸能人をアトラクションに招くこともある。

終了後は書類を焼却せよ

 その地域に選挙がないとき、あるいは選挙があっても公明党候補が立たないときには、投票目前の日曜祭日ごとに、選挙のある地域に出向いて、そこでの親戚や友人を訪ねては公明党に投票してくれるよう依頼して歩く。千円ぐらいの手みやげをそれぞれに持っていくよう勧められるが、もちろん手みやげ代は自弁である。親戚、知人のない人は街頭で公明党をよろしく、と声をかける。

 告示前後になると地域の会館で出陣式があり、多数会負が見守る壇上にタスキがけの公明党候補が現れ、「どうか池田先生に勝利の報告をさせて下さい」と絶叫する。ときに彼らは感きわまって壇を降り、候補夫人ともども通路を土下座して歩く。「皆さんだけが頼りです。どうか勝利の報告を池田先生にできるよう……」というわけである。こういう選挙では公明党に党としての自立があり得ないのも、当然であろう。

 投票1週間ほど前に、タコ足連れ出し表を作成する。何時に誰が誰を投票に連れ出し、老人や病人への車の手配は、といったことが一目瞭然に分る表である。また地域によっては運動に入ってすぐの段階で政治地図をも作成する。町内会の地図を使って支持政党ごとに異なる色で塗りつぶし、白地部分をマンツーマンで総当りする。場合によっては前回、前々回の投票チェック済み台帳のコピーを入手し(違法である。公選法52条「投票の秘密保持」に触れるばかりか、憲法15条4項「すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない」に直接抵触する)、浮動票くさい有権者を割り出し、そこに集中的に働きかけることもあるという(大阪市の事例)。

会員は投票日当日には連れ出しや投票の確認、上部への連絡、ときに替玉投票や投票の強要(投票所で並びあって記入し、連れ出した人が公明党候補の名を実際に書くか覗きこむ。書いていない場合には足でさり気なく押すなどして強要する)で多忙をきわめる。公明党候補の立っていない地域でも応援にかり出される。前夜から泊り込むか早朝に行くかすることになり、連れ出しや連絡、碓認などに動員されるため、自分の地域での選挙で(公明党以外の候補に)投票したくてもできないことになる。

また票ほしさに会員たちが、高く品物が悪い店でも日ごろから買物するようにつとめたり、総本山大石寺登山などの際、みやげを多数買いこみ、これと思う家々に配っていることは広く知られた事実である。

投票所閉鎖直後、一切の選挙関係書類を焼却するよう指令が出される。

替玉投票の証言に戻ろう。

 礒(いそ)悦子さんが替玉したのは42年1月29日の衆院選に際してである。公明党が初めて衆院に進出した選挙だった。同党は32選挙区で候補を立てたが、結果は25人当選にとどまり、一応「勝利」と称したものの、全員当選を目指していた創価学会=公明党には内実、衝撃を与えた選挙である。

 礒さんは川崎市多摩区菅(すげ)に住む主婦で、33年、38歳で創価学会に入会した。替玉時の役職はB担。同市は横須賀、鎌倉市などとともに神奈川2区をなし、公明党は松尾正吉を立てていた。

その場の雰囲気にのまれて

礒 総ブロックの拠点はFさんというB担のお宅でした。投票日当日、そこには大B長やB長など入れかわり立ちかわり出入りし、題目をあげたり、投票状況の報告をしたりでわきかえっていました。
 午前中、菅小学校の投票所に行って自分の投票をすましました。それから拠点に戻って報告したとき、総B長のNさん、大B長のHさんが私をものかげに呼ぶんです。「あなたこの券があるんだ、もう一度行ってくれないか、あなたと同年配の人だよ」といいます。
 私は国法に触れる、恐しいと思いましたけど、その場の雰囲気にのまれ、行くことを承知しました。投票所は行ってきたばかりの菅小学枚でした。でも服を替えるなどはしませんでしたね。替玉は私ばかりではなかったんです。
 Fさんは行ったら、すでに投票済みのチェックがしてあったそうです。まっさおな顔して帰ってきましたけど、よくまあ咎められずにすんだものだ、と声をのみました。ヒラ会員のOさんなどは帰ってきたとき、「もうライオンの檻に入ったようで恐しかったァ」と、やはり青い顔してました。私と同じで、無事に投票してきたようですけど。
 皆んな投票したのは菅小学枚でした。行ったのは別々です。Fさんの話を行く前に聞いていたら、怖気づいてとうてい替玉投票なんかできなかったと思います。信仰に結びついてますから、不正でも、勇気ふるい起して何とかやれますけど、捕まることが分っていてはねェ、こわいですよ。
 入場券は何日か前に組織で集めてあったんです。青年部の人が受持区域のアパートなんかから抜きとってきたものを各拠点におろしたと聞いてますよ。それで年齢も調べたんでしょ、年配に合う人にいかせたんです。
大々的な替玉でしたね、後できくと、他にももっといたそうです。

このとき松尾正吉は最下位当選者に2670票ほど及ばず、次点にとどまっている。替玉投票までした会員の努力も、水泡に帰したというべきなのだろうか。

投票入場券、十万通消える

 創価学会員の替玉投票といえば、43年7月7日投票の参院選に際する新宿替玉投票時件を逸することはできない。

 投票3日後、『毎日新聞』(7月10日タ刊)は「投票入場券、十万通消える大量の不正投票か世田谷など本人の手に届かず」と見出しにうたい、次の記事を掲げている。
「東京都内で参院選の投票入場券約十万枚が有権者のもとに着かず、どこかにまぎれ込んでいたことがわかり、問題になっている。7日の投票日に、他人の入場券で投票しようとした“替玉投票”が各投票所で相次いで発生しており、これら”行方不明入場券”で、2重投票されたケースはかなりの数に上るものとみられている。

 ……都内一の”マンモス票田”の世田谷区では当日有権者数53万1842人に対し、6月20日、入場券を郵送した。しかし、投票日の7日には区内73投票所に『入場券が届かない』という有権者の苦情が相次ぎ、約8干人の有権者にその場で入場券再交付を行なった。

 ところが、この8干人にはじめ郵送した投票入場券のうち約4干通が、同区選管にあて先人不明で送り返されてきた。あとの四千通は配達されたのが、配達後にポストから抜取られたのか、いずれにしても本人に届かずどこかにまぎれ込んだらしく、まったく不明。

 ……都全体では783万5598人の有権者中、本人の手に渡らなかったのは約十万通にのぼるとみられ、このうち相当数が”他人”の手で投票された疑いもあるという。=以下略=」

 この記事は替玉投票の多さに記者が着目、独自の嗅覚を働かせて都選管などを取材、まとめあげた、スクープ的な記事である。この時点で他紙に類似の記事はない。が、スクープはここまでで、あとは他紙と同様、警視庁発表をそのまま報じるだけであった。のちに創価学会最高幹部が告発した真相には迫れなかったのである。警視庁発表にも事件の全貌に迫る端緒はいくつかほのみえていたのだが。

捜査陣もトーンダウン

 たとえば7月9日付『朝日新聞』(東京版)は「替玉投票頼んだ男つかまる 死んだ人妻の入場券利用」として、
「警視庁参院選違反取締本部と巣鴨署は8日、豊島区南池袋4ノ14ノ5会社員辺見弘(27)を公選法違反(詐偽投票)の疑いで逮捕した。=以下略=」

 と報じているが、文中の会社員辺見弘は『公明新聞』記者なのであった。公明新聞記者から創価学会の組織的替玉投票を連想するのは決して不可能ではない。

 また『毎日新聞』(7月10日)の記事、
「替え玉投票で背後の2人逮捕
警視庁参院選違反取締本部は、世田谷第38投票所など都内の7投票所で明らかになった詐偽投票について各区選管の協カで捜査、うち2件は背後であやつるものがいたことを確認、9日、世田谷区代田5の30の3、会社員上野哲二(27)と豊島区東池袋5の43の12、会社員、小川紘子(27)を公選法違反(詐偽投票)の疑いで逮捕した。=以下略=」

 の上野哲二は男子部幹部、総B長で、前出の源田宣充さんがいう「専修大の先輩」であり、告発者によれば現在、公明党法規対策部の職員をしているという。創価学会のにおいはぷんぷんしており、他の替玉逮捕者もあわせてたどれば、創価学会一大犯罪の図が浮び上ったはずである。本文で告白していただいた源田さん、小林律子さん、塚野三二(さんじ)さん、鳥居敦子さんもこの43年参院選で替玉投票しており、いずれも捕まることなく、やりおおせているのである。

 逮捕者と、その背後の大量替玉投票者、これを当時の新聞がかぎつけ、足で歩いて報道してくれたら、と願うのは必ずしもないものねだりではないはずである。
 新聞は警察発表に寄りかかって、
「目立つ替玉投票参院選の違反集計890人を逮捕
……違反の特徴として警察庁は〜芦鵑錬牽疑佑慮ゝ鷦圓世辰榛承凝衂爾、今固は10日間ですでに60人(うち25人逮捕)にも達しており、半分は計画的犯行である。計画的なものは創価学会関係者で、すでに東京はじめ6都道県で摘発を進めている。=以下略=」(『朝日新閉』43年7月19日)
「違反も世相を反映 派手な文書・末端買収・詐偽投票 警視庁参院選取締まり終わる
 ……許偽投票で検挙された者36人のうち34人は、公明党候補を支持した創価学会員。もっとも一般的な手口はアパートの状差しなどから、郵送された他人の投票入場券を抜取り、その名義人と同年配の知人を使って投票させるもの。=以下略=」(『毎日新聞閉』43年8月1日)

 と、おしなべて表面的事実だけを伝え、後述する捜査陣の理不尽なトーンダウンと軌を一にしなければならなかった。

 東京の創価学会はこの選挙で全国区三木忠雄、地方区阿部憲一を推し、前年42年の衆院選、都区議選ではっきり出た頽勢を打ち破るべく会負に猛烈なムチを入れるばかりか、大量の替玉投票を組織化した。

 とりわけ顕著だったのは新宿区においてであり、「創価学会最高幹部7人の内部告発」(『週刊文春』55年9月4日号)によれば、大略次のように行なわれ、露顕し、防衛措置がとられた。


[1735] 仏議会が認めた創価学会の危険性2 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/14(Thu) 02:00:38

徹底した政教分離のもとで

以上であるが、被害者を守る会のものとかなり共通している。なお、このうちの1つに抵触するからといってセクトと即断されるわけではない。とはいえ、実質上セクトはマインド・コントロール集団であり、基準はマインド・コントロールに密接に関連しているから必ず複数の要件にあてはまってしまう。とくに基準の,らイ蓮△泙気縫泪ぅ鵐鼻Ε灰鵐肇蹇璽襪箸いΕ凜ールスがもたらす危険な症状に他ならない。

逆にΔらは日本の宗教法人法の議論でも扱われた宗教団体と、「俗世間」の関係である。この問題は実は、フランスでは1905年の政教分離法で解決済みである。

フランスには人権宣言を価値観、道徳の源泉とする非宗教(ライシテ)の市民社会とカトリックに価値観、道徳の源泉を持つ宗教社会が並立している。簡単にいえば、フランス革命以降の1世紀はこの両者のつばぜりあいだった。そして、今世紀の初めに最終的に決着がつき両者の間に国(市民社会)は、宗教を尊重するが公認しない、宗教は市民社会に立ち入らないというクールな関係が生まれた。

1901年に、アソシアシオンという非営利団体法人の制度が制定された。日本の財団や社団法人のような大きさによる制限はなかったが、宗教を目的としてはいけなかった。このときに、これ以前からあった修道会(コングレガシオン)は、国務院(行政裁判の最高裁判所)の認可を経て特例として法人になることが規定された。

ついで、1905年に政教分離法ができた。これによって、曖昧だった財産を市民社会側と宗教側に分離し、市民社会側に属する公立学校での宗教教育や教会以外の場所での宗教的象徴の掲示なども禁止された。

かわりに、1901年法の特例として宗教を唯一の目的とするアソシアシオン・キュルチュエル(宗教協会)が認可された。

公(public)は市民祉会に属するから、宗教団体「(宗務協会と修道会)は免税特典などのある公益団体にはなれない。通常宗教的行為を行う場所で政治集会を行ってはいけない。同じく宗教的行為を行う場所での演説や朗読、文書の配布、張り紙などによって公的な役務を担う市民を公然と侮辱または中傷したり法律の執行や公権力の法的行為への抵抗を直接挑発してもいけない。

ただしその代わり、1901年法で認められた非営利団体としての唯一の集金方法は会費だけだったのが、宗教団体は直接儀式行事にかかる経費とその場所の維持のための経費を信者に負担させることができるようになった。

財務面では、収支報告書と財産目録を毎年作成せねばならない。これは税務当局の監査の対象になり、控除の対象になる経費以外に使われていると認められる場合には、適常の税率で課税される。日本でいうお布施に当たる遺書による寄贈や生前贈与を受ける際相続税や贈与税の免除を得るには、別個に5百万フラン(1干万円)以下は県知事(任命による国の代表)、5百万フラン以上は、国務院の承認を受けなければならない。この場合でも宗務以外に使用されたと認められる部分には通常の法人税がかかる。

修道会も同じである。ただ、宗務協会と比べて税の減免特典が幅広いので、会計報告義務が強化されている。ただ、前にも述べたとおり、設立にあたって国務院の認可を受けなければいけない。なお現在、キリスト教会以外の宗教を中心に、修道会の新規設立も認められているが、国務院は認可の決定に当たって内務省宗務部の意見に従い、その意見構築には内務省惰報局の情報が大きく左有する。

ちなみに、個人の信教の自由、結社の自由の建前から法人格がいらなければ任意のグループで宗教行為を行っても構わない。文化協会など非宗教的な1901年法の団体を作ることも可能である。ただしこの場合、会費以外の収入はすべて営利収入と見做され通常課税される。

創価学会はなぜ「セクト」か

さて、説明が長くなったが、1905年法の第1条でも信教の自由は、「公共の秋序に反さない限り」と規定されている。そもそも、近代の信教の自由の根拠になっている1789年人権宣言第10条でも、その表明が法律によって定められる公の秩序を乱さない限り」と規定されているのである。おなじく、人権宣言第4条は「自由とは、他人を害すること以外のすべてを行うことである」と明言している。

日本でも個人の権利について、憲法13条に同様の項目がある。だが宗教についてはこんな当たり前の原則が忘れ去られ、宗教法人の治外法権が生み出されている。

なお、ここでいう公の概念は、現代では人権宣言の時代から1歩進んで、ファシズム、全体主義との戦いで獲得したものである。これを手放したくない、という気持ちは、セクト対策を促す原勤力の一つになっている。

ところで、前述したようにこの報告書は実名でセクト団体を公表している。セクトは、潜在的に社会に危害を加えたり集団自殺したりする可能性があるにしろ、すぐに行動を起こすわけではない。しかし、マインドザ・コントロールの被害を出していることは確実である。だから、その予防には団体名を出して注意を喚起する必要がある。

リストには日本の宗教団体も数多く名前を挙げられている。すぐ、フランスはキリスト教だけが優遇されるから、日本の宗教なんか邪教で冷遇されるんだ、という見当外れをいう人もいるが、実態は決してそうではない。

先にあげた宗務協会と修道会は、免税措置などが違うのであって宗派による違いではない。各伝統宗教側でも全国連盟があり当局の話し相手になっている。創価学会が加入しようと策動したフランス仏教連合もその1つである。各宗派とも均等に対処されているのだ。

数多くの日本の宗教団体がフランスに進出しているが、リストアップされていないものも多い。リストアップされるには別の理由があるのである。

挙げられた団体の中で、フランス国内の信者数が最も多いのは創価学会だ。日蓮正宗破門後の元信者への迫害や信者への締め付けが益々強くなっているために被害通報が相次いでいるからだ。なお、フランスでは創価学会は信徒団体ではなく日蓮創価宗とでも訳せる独立した宗教団体の形をとっている。日蓮正宗(大石寺)はまた別に、法人形態は1901年法のアソシアシオンだがフランスにもちゃんと存在している。リスト作成には宗務協会かどうかは考慮されていない。同じような教義を持らながら、日蓮正宗がなく創価学会が入っているのは、教義や儀式行事と関係ない基準で選ばれているからに他ならない。

幸福の科学については日本人社会向けに派手に文書配布しているが人数は少なく、被害例もまだ出ていない。しかし、日本での実態を踏まえて判断されたものと思われる。

崇教真光はかなり被害例が出ているのと、ヨーロッパ大会で教祖に対して派手にヒットラー式敬礼などをして全体主義集団と見られているからである。

他にも晴明教、霊友会、イエス之御霊教会、神慈秀明会などが挙がっている。ただしフランスにおいて日本の宗教団体は、少なくとも現状では統一教会やサイエントロジーのようにアンケート調査をして精神医学の知識を悪用して意図的に計画的にマインド・コントロールするところまではいっていない。

しかし、ある種の行為は結果として、マインド・コントロールを起こしてしまう。こうして信者が増えることを布教の成果があがっていると勘違いしてはならない。しかも創価学会や崇教真光のように指摘されても止めないとなると確信犯である。

麻薬・エイズ並みの防衛策を

さて先ほどのセクト判断10基準を見てもわかるように委員会はセクト問題の本質がマインド・コントロールにあることを強く認識し、その実態と対策に詳細な検討を加えている。これは日本の宗教法人法をめぐる論議では宗教団体内部の問題として看過された領域である。

報告書は、〈セクトの提唱する世界のヴィジョンが、フランスの各階層の人々の中にますます魅力を持って受入れられている〉と述べる。そして、西洋社会の発展モデルの見直し、維済危機、家族構造の変動、さらにそこから生まれた欲求や願望に既成宗教が応えられないという背景を温床にして登場し、マインド・コントロール技術を武器に繁殖するセクトに立ち向かうには、麻薬に対するのに近い心構えが必要だという興味深い指摘を行っている。

セクトは宗教、倫理、エコロジー、医学、文化、教育、自已啓発、性の解放といった様々な仮面を被って近づく。既成宗教の名前を使って巧妙なカモフラージュを施すことすらあるのだ。たとえば愛の家族は、キリスト教徒であると自称する。しかしその実は教祖モーゼ・ダビットの信者なのである。同じ事は、ヨーロッパの創価学会にもいえ、彼等は「日蓮大聖人の仏教」を標榜するが、会員が学ぶのは池田大作の著作、演説である。日蓮創価宗では創価学会幹部が聖職者になっている。フランスに日本仏教の馴染みがないために、多くの信者は自分たちが仏教を学んでいるのだと思い込み、創価学会に対する批判は仏教への批判だと誤解している。

なおかつセクトは敢えて強引な手段に訴えずとも、あたかも自分の意思で入信したかのように相手に思い込ませるだけの高度な説得の技術を持っている。オウムのように同意を得るために実際に暴力を振るうグループは、セクトとしてはむしろ例外である。しかしそこには見逃すことのできない危険性がある。なぜなら被害者はまた新しい信者を勧誘して加害者となる連鎖反応を呼ぶのだから。被害者が加害者になるというこのセクトのプロセスは、麻薬中毒者のやり方と似ており〈セクトの勧誘員は『超越性の売人』と言える〉と委員会は指摘する。

対策提案でも、委員会は麻薬対策を念頭に置いている。すなわち、〈セクトが呈する危険について国が、国民教育の一環として、公民教育の指導要領にセクト現象の検討を入れる。初等から高等のあらゆる学校施設において、毎年説明会を開く。政府がテレビ等でエイズや麻薬中毒の予防キャンペーンと同じように大々的な広報キャンペーンを行う。県ごとに信者の社会復帰をケアする専門官をおく……〉

オウム真理教は実際に麻薬を使用したが、それは、効果を早めただけで、マインド・コントロールは麻薬なしに、麻薬と同じ効果を起こすのである。そして人格は破壊され、場合によっては死に至る。社会復帰には、麻薬の解毒と同じような辛抱強さと行政を含めた周囲の協力が必要になる。

一部からマインド・コントロール罪が提案されたが、最終的に委員会は、政教分離に関する1905年法第31条「個人に対する暴力行為や脅迫、あるいは仕事を失うかもしれないという恐怖、その人個人や家族、財産まで被害を受けるかもしれないという恐怖に個人を晒すことによって、宗教を実践するかしないか、宗務協会に所属するかしないか、宗教の費用を支払うか否か決めさせようとした者」や1994年3月以来適用されている新刑法第213−4条「無知の状態や弱者あるいは未成年者あるいは年齢や病気、身体的心理的欠陥、妊娠状態など特別な弱点が明白であるか、又は犯人が認知している場合、未成年者や弱者に対して極めて有害な結果を生じうる行為を行う、あるいはわざと行為を行わなかったとき」の罰則などで十分対処できるとした。

また、同様に委員会は、セクト新法制定についても、セクト現象は多様で変化しやすく線引きが難しい。一歩間違えると、これは平等の原則、国家の信仰に対する中立の原則、宗教集会結社の自由を侵害する恐れがある。そして、何よりも現行法規の拡充と厳格な適用と強化で対処できるとした。

代わりに、法律という融通の利かない物ではなく、臨機応変に対処できる、各省合同による首相直属のセクト観測所の設置と、宗務高等審議会という会計監査院や公正取引委員会に匹敵する監督機関の設置を提案した。後者の構成は、各種宗教の代表者10名、宗教の分野の権威者(被害者を守る会代表も含まれる)10名、関係省庁からの代表者10名ずつの30名で、現在宗務部がおこなっている調査や手続きをさらに拡充させ、あわせて中立度と効果を増そうというのが狙いである。この柔軟な姿勢を見ると、そもそも日本のような宗教法人法という1つの法律ですべての問題を扱おうとする考え方に、無理があるのではないかと思える。

日本は「セクト天国」か

この報告書の提案がどこまで実施できるかは予断を許さない。しかし、立法行政一致して報告書に賛成、そして「世論」のセクト認識を公認したという事実だけでも、画期的なものがある。

宗教問題かどうかという論争に終止符が打たれ、セクトは宗教問題ではないと断が下されたため宗教弾圧だと非難される心配がなくなり、実名報道に対する名誉毀損訴訟にも安心して対処できるようになって、伸び伸びとセクト報道ができるようになった。

いくら宗教問題ではないとは言っても、セクトはネオ・ナチ問題のように思想の問題でもあるのが対応の難しい所であり、公権力の介入には限界があるのも事実だ。また、公権力に過度に依存することは弾圧を生む危険がある。私は、まさにマスコミこそが先頭に立って被害を生まぬよう、未然に防ぐ役割を担うべき分野であると思う。

この報告書が公刊された1月10日、民放TF1局は、ゴールデン・アワーにスタジオ討論とルポでセクト問題を扱った2時間にわたる特別番組を放映した。創価学会がフランスで運営するビクトルユーゴー文学館で案内嬢から池田大作の名が出た途端「セクトに注意!」とテロップが出るような日本なら偏向していると非難を浴びそうな内容だったが、視聴率52.3%、1干万以上のフランス人が見て、激励こそあれ抗議はほとんどなかった。

報告書がもう1つ具体的対策として挙げたのは国際協力だ。この問題は前々からEC委員会でも取り上げられている。セクトのロビーイングで決定が遅れているが、この報告書と政府・国会の支持表明は、プロセスを早めるに連いない。

宗教ファナティックということで、イスラム原理主義にスポットが当たっている間に、一見するとおとなしそうな宗教の皮をかぶったセクトが静かに拡大し、とくに旧共産主義国では激しい勢いで浸透して、セクトが原爆を持つという事態が、フィクションではなくなっている。日本の宗教法人法審議で野党は拙速であると批判したが、認識が甘いと言わざるをえない。宗教法人対策はともかくセクト対策は急務である。

報告書はセクトの莫大な財力に触れ、〈多くのセクトが税法の『寛容』な国に進出しようとするのである〉と記す。

セクト問題が相変わらず宗教問題の枠内にとどまって政治の駆け引きの材料になっている間に、日本はまさに世界中のセクトの吹き溜まりになっている。

(〈〉内は報告書の引用。ただし紙数の都合上一部要旨とした。またセクトの活動実態の例は報告書記載のものに限定しなかった)

(張り付け終了)


[1728] 渡部夫婦(世法上の夫婦) 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/12(Tue) 23:59:37

『週刊文春』1981年12月**日号のP149から貼り付け

RC:白金さん、しばらく在庫一掃のためたくさん張ります。

(貼り付け開始)

1981年「お騒がせしました」
敗れざる大物たち

池田大作の「女友だち」がバレて
それでも別れない渡部通子議員と夫の仲

「月刊ペン事件」の池田大作・創価学会名誉会長スキャンダル裁判の公判で一躍有名になったのが、池田名誉会長との“神聖すぎる仲(!?)”を次々と暴かれた、渡部通子参議院議員(49)。

彼女のこの方面でのご活躍ぶりは、これで十二分に証明されたわけだが、さて肝心の国会議員としての活躍ぶリとなると、これがサッパリ。

何人かの公明党担当記者たちに質問すると、異口同音に、「さぁて……ふーむ……そうねぇ……うーん、社会労働委員会、物価問題特別委員会に所属していることはわかるんだが、具体的にどんな活躍をしたかとなるとねえ……」

古手の記者氏が、ようやく思い出してくれた。
「彼女が衆議院議員の頃。民社党の連中が、彼女の悪口をいってましたよ。『白いスーツ着て、お目々パッチリで、厚化粧で、あれで仕事しに来てるのかね?』。
公明党の議員たちも『彼女なんて、何もしないお飾りでね』とコポしていましたね」

別の古参記者が、証言する。
「彼女について、鮮烈におぼえていることがあるなあ。インタビューに行って、えらくなれなれしくされて、びっくりしましてね。『ねえ、あんた』と、ボクの膝に手をおくんです」

渡部通子議員、ベタベタとされるのは、池田名誉会長にだけではないらしい。

政治評論家の俵孝太邸氏が、苦笑いしながら、
「公明党の議員が、個人的にどんな活躍をしたか、なんて訊く方がヤボですよ。連中は、頭数がそろっているだけが値打ちなんだから。その中にあって、渡部通子は、かなりマシですよ。男の公明党議員なんて、見て不愉決、話してパカ、態度尊大でしょう。その点、彼女は、それなりに美人ですからね。見て不愉決でない。態度も意外と腰が低い。公明党の取材に行っても、彼女が自分でお茶をいれてくれますからね。ホスピタリティがある分だけ、いいですよ」

どうやら、彼女の取り柄は、ホスピタリティだけということらしい。

池田名誉会長と彼女とのスキャンダルがはじめてマスコミに登場したのが、『月刊ベン』の昭和51年4月号。

M子というイニシアルで、池田会長のお手付情婦で、国会に送りこまれ、”会長命令”(!?)で現公明党国会議員のWの正妻にくだしおかれた――と暴かれ
た。

Wとあるのは、夫の渡部一郎衆議院議員(49)。
「インテリの少い創価学会の中にあって、東大出で、公明党の委員長の次の次のポストを狙っている。公明党の議員は、クソマジメな人間がほとんどだが、彼は珍しく、政治家のズルさ、権謀術数を身につけている。社会党との政権構想の合意のときだって、矢野書記長の意を受けて駈け引きをやってましたが、なかなかうまい」(公明党担当記者)

しかし、その後、イニシアルでなく、池田氏と渡部通子さんの関係を実名で告発する月刊誌もあらわれた。
「夫の一郎氏が、通子さんと池田氏の関係について書かれた月刊誌を”許せない、訴える!”といきまいたことがあるんです、公明党議員の集まりの席で。
困ったのは、回りの議員たち。なにしろ、池田氏と通子さんとの関係は、学会員の中では、周知の事実」(公明党関係者)

そしていよいよ、「月刊ペン事件」第4回公判(10月12日)。小沢よねさんのショッキングな証言。

一郎氏と結婚したいきさつ

「いつものように三畳間のふすまをガラッと開けたところ、池田大作さんが素っ裸ですぐ前にぬっと立っていました。通子さんは立て膝のようなかっこうで、バスタオルを持っていました。私はもうびっくりして、こうやって腰を抜かして、後ろに尻もちをついてしまいました。まっ黒いものがみえて……」

6回目の公判(11月9日)では、かつて池田氏のフトコロ刀であった原島嵩元教学部長までが爆弾発言。
「通子さんが池田さんの胸をさすっていると、池田さんが”通子もそろそろ年ごろだな、どんな男と結婚したい”と聞いた。それに対して通子さんは”池田先生と結婚したい”と答え、池田さんが、オレには女房も子供もいるしな……”と答えていたのを聞いたことがあります」

しかも、彼女は結婚し、国会議員になってからも、池田氏の胸をなでていたといわれるし、池田氏は、国会開催中でも通子さんを連れて地方に行くことがあったという。

いったい、彼女は、池田氏と夫一郎氏とにつかえることに、矛盾を感じていないのであろうか……。

自伝『流浪と自立への旅だち』で、こう書いている。
《こんなに矛盾のない、生きた哲学が、現にこの世に存在していたなんて……そうした思いを決定的にしたのが、当時、戸田前会長の陰で一青年として活躍していた現池田会長との邂逅(かいこう)である。だからいまも私は、「人間として一番の幸せは?」とたずねられると、ちゅうちょなく「圧倒されるような人物に会うこと」と答える》
《夫、渡部一郎は、職場(聖教新聞)にあっては私と同期の桜であった。その彼と、私は結婚した。入社3年目のころである。
彼に言わせると、
「前のデスクにいて、目ざわりでしようがなかったから、結婚しちゃった」
のだそうである》
《そりゃ、決して平垣な道ではなかった。でも私たちの場合、夫婦で共に師と尊敬する人の存在のあったことが、かけがえのない土台をつくっている》
どうやら、身心ともに、”圧倒されてしまった”池田氏と、夫の聞をうまく泳いだことに、まったく”矛盾”がないようだ。これもひとえに”生きた哲学”のおかげらしい……。

一郎氏の方は、どうか。
「今年の4月、『月刊ペン事件』が最高裁で差し戻された直後、一郎さんが地元神戸の記者の溜り場に、意識的に通子さんと腕を組んであらわれましてね。見ろ、おれたちはこんなに仲がいいんだぞ。スキャンダルはデマに決っている、とアピールしたかったんでしょう」(地元記者)

しかし、法廷であそこまで暴露されたいま、さすがに内心おだやかではたいようだ。
「顔を合わせると、こちらが別に訊きもしないのに、パツの悪そうな顔をして、『やあ、最近は、いろいろと書かれてねえ……』池田氏との関係を知っていて結婚したとはいえ、ここまで公になると、やはり複雑なんでしょうね」(公明党担当記者)

それどころか、一郎氏の議員活動にも響いているそうな。
「なにしろ、注目をあびているから、派手な言動はとれない。かといって、あまりシュンとしていると、委員長の次の次を狙う者としては、のちのちに響く。で、この17日、帝国ホテルでついに『金市場と国際金融』という本の出版記念会をやることにしたんです。そうなると、はたして通子さんも、会場の入口に夫とそろって顔をならべるのか、もしならぶとするなら、どんな顔でならぶのか、ひとつ見に行こうか……という声もあがっていますよ」(担当記者)

いやはや、身から出たサピとはいえ……。

ここはひとつ、通子さんの反応を。議員会館の彼女の部屋に電話を入れると、男性秘書氏が出て、
「週刊文春?!国会での活躍ぶり?時間がありませんので……またあとにして下さい……すみません、どーも」

(貼り付け終了)

おまけ:正本堂大作ヌード(ふんどし付き)のレリーフ全体像
池田大作ヌード

http://soejima.to/boards/past.cgi?room=sirogane&mode=find&word=%C3%D3%C5%C4%C2%E7%BA%EE+%A5%CC%A1%BC%A5%C9&cond=AND&view=10


[1722] 『火星』Mars、Red Planet、の、記事も、転載しておく。 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき)) 会員番号、1738番 投稿日:2003/08/11(Mon) 04:42:52

asahi com サイエンスのところから、拾っておいたもの、

転載開始>>>>


火星の凍土調べる探査機打ち上げへ NASA、07年に
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火星の凍土を調べる探査機フェニックスの想像図=NASA提供

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 米航空宇宙局(NASA)は4日、火星の凍土を調べる探査機フェニックスを07年に打ち上げると発表した。倉庫に眠っていた未使用の探査機に最新の装備を施し、火星の北極圏近くの凍った大地で、火星の気候変動の歴史や生命の痕跡を探る予定だ。

 この探査機は、もともと01年に打ち上げられる予定だった。だが、ひと足先に打ち上げられた相棒の探査機マーズ・ポーラー・ランダーが99年12月に火星着陸に失敗。探査計画全体が中止になった。それ以来、この探査機は製造元の倉庫に保管されている。

 NASAは、探査機の再利用法を決める異例のコンペを実施。探査機をフェニックスと名付け、火星の北極圏近くを探査させるアリゾナ大のアイデアが採用された。

 フェニックスは08年5月ごろ火星に着陸し、成分の80%が氷からなる大地をロボットアームで深さ1メートルまで掘削。ガス分析器で凍土の成分を調べたり、16マイクロメートル(1000分の1ミリ)のものも見分けられる特殊カメラで凍土の内容物を分析したりする。

 火星の気候変動の歴史が詳しく分かるほか、生命の痕跡が見つかる可能性もあるという。 (08/05 10:21)


転載、終わり>>>>


[1719] 『創価学会』太田 龍 氏、サイト、よりの、貼り付け転載、ログ!! 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき)) 会員番号、1738番 投稿日:2003/08/11(Mon) 04:13:27

そしてこちらも、ヒット。
http://www.pavc.ne.jp/~ryu/wjn/14/259-2.html

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 太田 龍の時事寸評
  平成十四年(二○○二年)十月十二日(土)(第三百五十三回)

   金日成、金正日の
   自国国民六百万人餓死殺人は、
   ユダヤイルミナティ世界權力の
   地球人口八割五十億人
   大虐殺作戦のための予行演習であり、
   「動物実験」であった。

◯ 一九八九年十一月九日、ベルリンの壁崩壊と、それにつづく東欧ソ連共産体制の連鎖崩壊のありさまを目撃して、
  金日成、金正日は恐怖したと言ふ。

◯ 萩原遼論文(「文藝春秋」十一月号)によれば、
  そのとき、金日成と、その後継者金正日の方針は、殺される前に殺せ。
  つまり、蜂起した民衆に殺される前に、
  その民衆を殺せ。

◯ かくして、金正日は、北朝鮮の敵対階層六百万人皆殺しのための戦争を開始した、と言ふ。

◯ つまり、金日成=金正日体制にとっての、真の敵は、
  自国の国民である、
  と言ふ。

◯ この萩原論文は、正しい。

◯ しかし、これでは未だ、ごく表面を見て居るに過ぎない。

◯ カンボジア、ポルポト共産政權は、自国のカンボジア人民の半分近く、三、四百万人を虐殺した。

◯ ジョン・コールマン博士によれば、このポルポトのカンボジア人民大虐殺を裏で演出したのは、米国国務省であった、と言ふ。

◯ もし、それが事実であったとすれば、それは何のためか。
  そんなことをやってのける動機は何か。

◯ それは、イルミナティ三百人委員会の、地球人口八割大殺処分作戦のための「実験」の一つ、であったと言ふ。

◯ 我々は、金正日による、北朝鮮人口の約四分の一、六百万人を短期間に餓死させる大量殺人作戦もまた、
  三百人委員会の地球人口八割殺処分計画のための予行演習、そのための「実験」として演出された、
  との仮説を立てて置く。

◯ つまり、ここでは、北朝鮮人民は、
  イルミナティ三百人委員会によって、「実験用の動物」として利用された、
  との説である。
(了)


  平成十四年(二○○二年)十月十三日(日)(第三百五十四回)
   
   米国は「竹中支持」鮮明、だと。
   米国(イルミナティ世界權力)は、
   売国奴小泉、竹中を使った
   日本経済の壊滅解体に向けて、
   強行突破へ。

◯ 十月十二日の夕刊各紙(朝日、毎日、読売、東京)として十三日の産経紙は、
  米国政府が、「竹中支持」を鮮明にした、
  と報告した。

◯ この件については、「時事寸評」十月十日(352日)参照。

◯ 極惡国賊売国奴小泉が、米国(イルミナティ世界權力)の手先、竹中平蔵に日本政府の金融についての全権を与えると、
  日本の金融界、経済界、政界そして財務省、金融庁官僚から、不安と反発が噴出した。

◯ そこで、ただちに、米国政府は、
  「竹中氏の経済改革を支持する」
  「竹中氏は優れた改革者である」
  などと声明したと。

◯ 要するにその意味は、
  日本を五十七年間占領し続けて居る米英(イルミナティ)は、
  竹中を解任することは断じて許さないぞ、
  と、日本を脅迫した、
  と言ふこと以外の何者でもない。

◯ 同時にまた、
  日本の占領者、日本の主人、絶対的命令權たる米英(イルミナティ世界權力)は、小泉を使って、日本経済の完全な解体と、そしてしかるのち、日本の資産の没収、掠奪の対日方針を貫徹するぞ、
  との意見を表明して居る。

◯ この公々然たる日本に対する敵対。

◯ にも拘はらず、
  日本の政治家、日本の政党には、
  明確に、ご主人さま、米英(イルミナティ)を批判し、米英(イルミナティ)と対決せんとする氣運は、かけらも見えない。

◯ 「左翼」は何をして居るか。
  彼らは、徹底的な反日、憎日、滅日派である。彼らは、ソ連、中共、北朝鮮などの、ユダヤイルミナティ世界權力の別働隊たる共産政權の手先であった。
  つまり、そのやうなものとして、
  極惡国賊であり続けた。

◯ 彼等「左翼」の主眼とするところは、
  日本を滅ぼせ、
  日本を憎め、
  と言ふこと。
  まぎれもない日本民族の敵。

◯ いはゆる保守は、百パーセント、
  米英イスラエル、イルミナティの代理人。
  つまり、これも売国奴。

◯ かくして、今、日本には、
  米国(イルミナティ)のもっとも忠実な、そして公然たる手先の姿をまる出しに暴露しつつある小泉にとって代はる政治勢力は、
  ゼロ、
  と成るのである。

◯ 日本民族は、日本の國家權力エリート階級に裏切られ、敵に売り渡されつつある。
(了)

  平成十四年(二○○二年)十月十四日(月)(第三百五十六回)

   天皇がキリスト教徒に成る、
   ただそれだけが日本を沈没
   から救ふ唯一の道(小菅茂氏
   の提案)、だと。     

◯ 小菅茂著「英国型民主政治――タイタニック・ジャパンへの処方箋」(藝林書房、二〇〇二年十月)
◯ この著者(小菅茂)の名前は始めて聞く。

◯ 一九四七年生まれ。
  一九七三年慶應大学修士修了。
  共同通信記者を経て、一九八七年から、英国の会社に入社、現在に至る。
  と言ふ略歴。

◯ つまり、日本人と言ふよりは、英国人、英国側の人物に近い。

◯ しかし、ジョン・コールマン(「三百人委員会」)、リンドン・ラルーシュ(「EIR」)、そして、デービット・アイク、更には「スピアヘット」誌(BNP系)を熟知するに至った現在の我々から見れば、
  この「小菅茂」と言ふ人物の「英国」について、ただちにその正体を見抜くことが出来る。

◯ この本の要点は、左記の通り。
 A 日本は「タイタニック」である。
(何だこれは、と普通の日本人は思ふであろう。もとろん、氷山と激突して沈没した巨船タイタニックの運命と、今の日本を同一視する手法である)
 B 日本がタイタニック号のやうに沈没しないための処方箋。
それは、英国型民主政治に、日本の政治を変革することである。

◯ それでは、究極のところ、何が問題なのか、
  と、ずっと読んで行くと、
  二百五十四頁以下、澤諭吉の”遺言“のところ。
  「日本が今、中華イデオロギーから離脱するための方策として、理論的には天皇という日本国民の象徴としての政治中枢をキリスト教化する以外に他の方法はない。」(二百五十七頁)
  とある。

◯ なるほどなるほど。
  実によく分る(「分る」と言ふ意味は、寸評子がそれを支持することではもちろんない、念のため)。
  と言ふよりも、実に明快な結論だ。

◯ つまり、
  天皇はキリスト教に改宗すべし、
  と言ふのである。

◯ 平成天皇のみならず、
  皇室がそっくりキリスト教へ。
  そして、キリスト教を日本の国教へ。

◯ なるほど。

◯ これは良く承って置こう。

◯ 寸評氏は、「小菅茂」と言ふ人物について、全く予備知識がない。
  前記の提起が、「小菅茂」個人の私案なのか。
  それともさうではないのか。
  それも分らない。

◯ しかし、小菅案の趣旨は、
  天皇個人がキリスト教の洗礼を受けてキリスト教徒に成る、
  と言ふことではあるまい。
  日本の國家が、キリスト教国に成る(それは、「更馥本」の完全な死、ないし自殺を意味する)ことでなければならない。

◯ なるほどなるほど。

◯ たしかに、これを、イルミナティ三百人委員会世界權力の対日政策の一種(その選択肢の一つ)、
  と見ても、をかしくはない。

◯ この件については、更に後日の宿題とする。
(了)


  平成十四年(二○○二年)十月十五日(火)(第三百五十七回)

   バリ島で超小型核兵器が
   使用された。犯人はイスラム
   テロリストに見せかけた
   シオニスト、との説(J・V)。     

◯ 二〇〇二年十月十四日。
  ジョウ・ヴイアルス(Joe Vialls)発信の記事は、十月十二日(土曜日)夜、インドネシア、バリ島のナイトクラブ近くの爆破事故で使われた爆弾は、超小型核兵器である、
  との見方を示した。

◯ 更に同記事は、
  この爆破事件は、シオニストが、オーストラリア人をアメリカの対イラク武力攻撃に動員するために仕掛けた、
  そしてそれを、イスラムテロリストの仕業である、
  と見せかけやうとして居る、
  との説を提示した。

◯ この件については後日、より詳しく論評したい。

◯ 出典は。
  http: //homepage. ntl world. com/
   steveseymour/nuke/bali-nuke. htm
(了)


  平成十四年(二○○二年)十月十五日(火)(第三百五十八回)

   バリ島事件(10・12)はシオニスト
   の陰謀説(JV)      続報     

◯ ジョウ・ヴイアルス(Joe Vialls)、二〇〇二年十月十四日記事についての論評つづき。

◯ 「時事寸評」前回(357)に、バリ島爆破事件は、シオニストによる超小型核兵器、との、JVの説を短評した。

◯ JVが、10・12バリ島事件は超小型核兵器、と推定する理由は左の如し。
A イスラム陣営は、私(JV)の知る限り、未だ、SADM(Special Atomic Demolition Munitions)を所有して居ない。
B SADMとは、特殊核爆薬、とでも訳して置くか。
C このSADMを所持して居るのは、米、英、フランス、イスラエル、ロシアの五ヵ国。
  中国は所有の可能性あり。
D 十月十二日夜、バリ島の爆発の状況は、その直後の報道を検討すると、
  SADMによる爆破、としか考えられない。
  それ以外の通常火薬では、報道されて居るやうな被害は生じ得ない。
E なによりも、爆発によって深いクレーターが出来たと言ふ。
F 爆発によって、四十七棟の建物(ビル)と、百台以上の自動車が吹っ飛んだと言ふ。
  通常の爆薬ではそれは起り得ない。
G 通常の爆薬を使ふとしたら、八〇〇〇ポンド(約三五〇〇キログラムか)が必要とならう。しかし、この仮定でも、説明できない。
H 超小型核爆薬の威力は、TNT爆薬二トンないし一〇〇トンに相当する、と。

◯ 更に、JVが、この事件を、シオニストの仕業、と推定する理由は左の如し。
A オーストラリアの国民世論は、圧倒的に、米国のイラク攻撃への参戦に反対である。
B 米国と共に対イラク戦争に参戦を主張して居るオーストラリア政府首相(ハワード)、外相(ダウナー)は孤立して居る。
C そこで、シオニストは、今回のバリ島事件を仕掛け、犯人はイスラムテロリストである、との大宣伝作戦を実施し、
D オーストラリアの世論を、対イラク参戦に持って行きたい、
  との動機が存在する、と。

  事件直後、インドネシアのイスラム指導者の一人は、
  これは、シオニストの謀略だ、
  と言明したと言ふが、
  もちろん、この筋は、その後、欧米西洋イルミナティシオニストの支配するマスコミによって消されるであらう。
(了)


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宇宙戦略放送 第七一三回 平成八年八月三十日

 日本の警備公安当局の致命的な弱点と誤謬


  一、

 日本民族全体が、米ソの「冷たい戦争」(一九四七〜一九九一年)の見え透いたペテンに、コロリと欺されて居た時期に、日本の公安当局も、一緒になってその罠に嵌められた。
 日本の主敵はソ連であり、ソ連と繋がる日本共産党である、
 との錯覚である。
 従って、警察公安当局の殆どすべての力が、日共の封じ込めに向けられた。
 これは子供じみて居ないか。

  二、

 日本を滅ぼし、日本人を家畜人に突き落としつつある、真の敵は、
 ユダヤ悪魔主義世界権力である。
 ソ連や日共は、この世界権力の小道具の一つ、に過ぎない。
 #日本の主敵はまた#、
 #米国を滅ぼさんとして、二百年に亘る対米侵略戦争を継続しつつある#。
 この情勢判断を確立することは、日本民族の安全に責任を負う者として、イロハのイ、でなければならなかった。

  三、

 かくして、日本の警備公安当局は、
 最も危険な売国奴、
 池田大作創価学会を手厚く擁護すると言う、
 致命的な政策的誤謬を犯した。
 これは、誤謬と言うよりも、日本民族への裏切りであり、犯罪である、
 とも思える。
 創価学会には、日共のスキャンダル、ないし犯罪容疑の少なくとも百倍くらいのスキャンダルと犯罪容疑がある。
 もしも日本の警察公安当局が、日共に対処する姿勢の百万分の一でも、現実に適用すれば、二十年前に、創価学会と公明党は霧散*(no3)消して居たであらう。

  四、

 政界財界マスコミ界学界宗教界には、
 日本民族をユダヤ悪魔主義世界権力に売り渡す明々白々たる犯罪人がウヨウヨして居る。
 日本の警察公安当局は、これらの犯罪人に、一指も触れて居ない。
 と言うことは、
 公安当局がこれらの売国奴を擁護し、防衛し、育成して居ることを意味する。
 これは一体何か。
 これは日本の公安当局が、これらの売国奴の共犯者であることを意味しないのか。

  五、

 米ソ「冷戦」のペテンが消えて、
 今は何が呼号されて居るか。
 新世界権力$ニュー・ワールド・オーダー$、である。
 それは、米国ブッシュ政権、ブッシュの米国大統領就任(一九八九年一月)と共に表面化した。
 ブッシュ政権は、満を持して、イラクを敵とするペルシャ湾岸戦争を演出した。
 新世界権力$ニュー・ワールド・オーダー$の樹立に向けての、重要な布石である。
 痴呆化されつつある我が日本民族は、僅か五、六年前のこの事件をすら、既に、忘れて居る。
 惨めとも、哀れとも、
 言いようがない。

  六、

 @小沢一郎は、当時、自民党政権の与党幹事長として、絶大な権力を行使して居た。
 @小沢は、米国に対し、百三十億ドルの湾岸戦争資金を出すことを決定し、
 その五パーセント前後(数百億円になるが)のリベートを私物化した、
 と言われて居る。
 これは、「犯罪」にならないのか。
 勿論、歴とした「犯罪」である。
 日本の公安当局はこれを黙認した。

  七、

 レーガン、ブッシュ政権時代に、米国は、イラクに大量の化学生物兵器を供与した。
 そしてその兵器が、湾岸戦争時に、イラク軍によって、米英多国籍軍に向けて発射された。
 そして米国政府は、今日に至るも、
 厳重にそれを秘密にして居ると言う。
 一体、如何なる意図を以て、こんな篦棒$べらぼう$な政策が実行されたのであらうか。
 日本の公安防衛当局が、それに関心を示すことは出来ない、
 日本を占領して居るユダヤ悪魔主義世界権力が、それを禁止するのだ。
 七十万の米軍が湾岸戦争に動員され、
 そのうち、十万人から、二十万人が湾岸戦争病で苦しんで居り、一万五千人が既に死亡した、
 とある(「MIA」一九九六年八月号二頁)。
 二十八ヶ国が軍隊を出し、そのうち、フランス軍を除く、二十七ヶ国の軍隊が湾岸病の被害を受けた、
 フランス軍のみは、予め、手際よく、化学生物兵器に対する防衛策を採ったので、被害ゼロ!
 なのださうだ(「MIA」一九九六年八月号八頁)。
 フランス軍参謀本部は、内幕を承知し、回避する措置を取ったのであらう!
 きわめて興味深い話ではないか。

¥(了)

TAC713.TXT

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そして、こちらも、ヒット。


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第一章

▲(一)

 昭和史研究家、作家の半藤一利氏は、昭和十七年六月五日のミッドウェー海戦に於ける、日本側南雲機動艦隊司令部の、信じがたいまでの「集団催眠」ぶり(米機動部隊は絶対に出撃して来ない、との思い込み)に触れながら、
 戦後の日本人は、「もっとひどく、集団催眠にかかりやすい国民になっているのではないか……。どうやら戦後五十年目の日本は『敵ラシキモノ』も見えず、ものすごく危険な状況にあって安逸を貪ぼっているように思えてならない」(「夕刊フジ」平成七年十二月二十二日)、
 と言って居られる。
 この批評は鋭い。
 しかしここには、二つの問題がひそんで居る。
 一つ。日本人を集団催眠にかけて居るその相手は誰か。
 二つ。果たして日本民族は、元々、外国勢力による集団催眠にかかりやすい弱点を持って居たのか、それとも、そうでないのか。
 明治、大正、昭和初期の大歴史家、白柳秀湖は、名著「国難日本歴史」(昭和十六年五月)の中で、
 日本は、建国以来二千数百年の間に、三つの大国難を体験した、
 即ち、第一は、唐朝支那圧迫と大化改新、
 第二は、欧米列強の帝国主義侵略に対する幕末明治維新期、
 そして第三は、昭和維新期である、
 と記した。
 明らかに今、日本は、新しい大国難に見舞われて居る。
 表面的に見ると、
 文永・弘安の元寇の役、
 明治二十七、八年の日清戦役、
 明治三十七、八年の日露戦役、
 この三つが代表的な日本の「国難」、とされるが、それは違う。
 この時代、日本の国家体制は強健であった。
 それ故、挙国一致で、強大な外敵の侵攻を斥けることが出来たのである。
 真の意味の国難とは、
◎  日本を一呑みにするだけの巨大な世界的規模の帝国主義陣営の急迫と、
 ◆同時に、日本民族の内部が退廃し、日本の国家指導層が劣化する。国論は四部五裂し、低次元の利権争奪に明け暮れて居る。国家の内部に公々然と売国奴が横行する。
 「内憂外患」と言うことばの通り、この二つの条件が競合して、国家と民族が没落の坂を転落して行く(抑止力が働かなければ、必然的に、「亡国」に至る)。
 そのような事態を称するのではないか。
 白柳秀湖は、そんな風に説いて居る。
 これは鋭い洞察だ。
 平成(一九八九年一月以降)の世の日本は、まさに、この「国難」の定義に、ピッタリ、当てはまる。
 日本民族を「集団催眠」にかけて居るのは誰なのか。
 それが分かれば苦労はない。
 それが見えないのだ。
 第一の国難期に、少なくとも、日本にとっての外敵は明瞭であった。
 それは、大唐帝国である。
 いや、唐の前に、既に、秦の始皇帝に始まる中国の大世界帝国の歴代王朝の脅威を、日本は痛切に感じて居た。
 しかし、東シナ海と玄界灘が天然の防壁となり続けた。
 西洋列強による「大航海時代」、ポルトガル船の到来、そしてそれに続くフランシスコ・ザビエル(イエズス会)の日本侵略。
 そしてそれから三百年、欧米列強は日本列島周辺の制海権を手中に収め、日本は丸裸にされてしまって居た。
 日本は二度、(幕末と昭和初期)、反撃したが、今、深化する国難に於いて、民族内部の劣化が、非常に急速に進行してゆくようなのだ。

▲(二)

 二度目(幕末明治初年)の国難に際しては、少なくとも、目の前に敵の姿は見えた。
 西洋白人キリスト教文明列強、と認識された。
 これは事実誤認であったのだが。
 三度目(昭和初年)には、日本は、絶望的に敵が見えなくなった。
 遂に昭和二十年には、全世界を敵国とするような羽目に追い詰められて居る。
 わけが分からない。
 終戦と共に、日本人は、本心から、
 戦争は終わった。
戦争は嫌だ。
 二度と戦争はしたくない、
 日本は、敵を持つまい、
 すべての国と仲良く、平和にやって行きたい、
 と思った。
 だから、「敗戦」は「終戦」と言い換えられ、「占領軍」は「進駐軍」とされた。
 一億こぞって、戦勝国(米英陣営、またはソ連陣営)に媚びへつらった。
 そうしないものは、問答無用で口を封じられ、世間から葬り去られた。
 つまり、今や、敗戦占領以後の日本人の敵は、日本そのものである、
 日本を討て、日本を滅ぼせ、それが日本人の使命である、日本を完全な亡国に突き落とす戦争、これのみが日本人の為すべき仕事である、
 と言うことに成ってしまったようなのだ。
 こんな奇妙な話しがあるだろうか。
 集団催眠が働いて居るのだ。
 催眠術をかけて居るのは、先の大戦の戦勝国(米英及びソ連など)であることは疑いない、とも見える。
 しかしこの現象を「集団催眠」などと言う、かなりあやふやで心許ない概念で説明し切れるのであろうか。
 作家の林秀彦氏は、
 「君が代」は知らず、歌えないが、米国の国歌(「星条旗よ、永遠なれ」)は、感激と感動を以て歌う(もちろん英語で)、
 と言う、二十五歳の日本人青年、のことを言って居られた(「新潮45」平成八年一月号)。
 「さもありなん」、
 などと言う、月並みな表現はここでは、使えない。
 一体なにが起きたのか、起きつつあるのか。
 ここで、必須の用語は、
 「世界システム」、
 及び、それと結び付いた「地政学(英語では、ジオポリティックス、日本は、ドイツ語流のゲオポリティクス、を常用する)」、
 ではなかろうか。
 「世界」は、英語では、「ワールド」とも、「グローバル」とも、表現される。
 明治以前の日本では、殆ど使われない。
 儒教の根本原理の一つ、「修身斉家治国平天下」の中の「天下」、が、これに照応した。
 修身(身を修める)から出発して天下を平らかに(平和に)する、と言う文脈と、「地政学的世界システム」の文脈は、
 果たして同じものなのであろうか。
 「地政学的世界体制$ジオポリティックス・グローバル・システム$」、などと言われるが、例えばそれはどんなものなのか。
 それは、
◎  ∪称餮淦さから十七、八世紀までのヴェネツィア寡頭権力$オリガルキー$体制であり、
 ◆▲凜Д優張アによって演出され、操作された、西暦十三、四世紀のモンゴル世界帝国(最盛期に、ユーラシア大陸の約三分の二を領有した)であり、
 、ヴェネツィアが乗り移った、西暦十七世紀以降現在に至る、大英帝国、
 の様なもの、と言われる(こんなことを聞かされても、今の日本人には、何のことか、さっぱり分からないが)。
 修身↓斉家↓治国↓平天下、
 と言う統治方式が、濃厚に、農民的であるとすれば、
 地政学的世界支配システムは、遊牧民的な発想(ないし、牧畜、畜産業の手口を、人間社会に持ち込み、支配者を飼い主、被支配者を畜群大衆に比定する論法)に由来する。
 とも見える。

▲(三)

 つまり、
 全世界、全地球、いや、全宇宙を、
 一つの「牧場(または、プランテーション)」と仮定する。
 この「牧場$プランテーション$」の中に、動植物も、人間も、囲い込む。
 そして飼い主$マスター$はその上に絶対的権力者として君臨する。
 これが、
 「地政学的世界支配システム」、
 と言うものらしい。
 日本民族は、元寇の役に於いて、この「システム」に、始めて遭遇した。
 これは何とかしのぐことが出来た(幸いにも)。
 第二波は、戦国時代末期である。これも、まる百年かかって、辛うじてその侵攻の企図を斥け得た。
 しかし、幕末以降百五十年、
 どうやら、日本列島は、そこに住む人間はもとより、その風土、その大地丸ごと、「世界人間牧場$グローバル・プランテーション$」、別名、「西洋近代世界システム」の枠の中に、すっぽり、引きずり込まれたらしいのだ。
 筆者の知る限り、この事実は、「家畜人ヤプー」の作者、沼正三によって、始めて、十分に観察され、詳細に識別され、そして日本語の小説$フィクション$で表現された。
 家畜人、
 と言う日本語は存在しなかった(少なくとも私は知らない)。
 これは、Hyuman Cattle$ヒューマン・キャトル$、と言う英語の翻訳である(沼正三の前出の作品にも、「家畜人」に、ヒューマン・キャトル、と、ルビが振ってある)。
 Cattle$キャトル$は、
◎  牛、畜牛、
 ◆家畜(牛、馬、両方を指す)、
 、軽蔑的に、人間共、下層民、虫けら(のような人間)、
 ぁ∋簍財産、動産、
 と、英和辞典に出て居る。
 これは、かつての日本には存在しない、
 きわめて強烈なことばではなかろうか。
 畜産の論理が人間社会に持ち込まれ、下層民が家畜同然の身分に貶められる、
 そんな歴史が、生々しく、ここに映し出されて居る。
 日本民族は、フランシスコ・ザビエル以来四百余年にして、我が民族に襲いかかって居る相手の本当の姿を認識する端緒を得たのである。
 日本は、欧米のような階級社会ではない、
 と、良く言われる。
 この言い方は正しくないし、皮相だ。
 日本にも、階級はあり、身分の高低、貧富の差、門閥、も存在する。
 しかし、日本には、
 一方に飼い主$マスター$、
 他方に家畜人$ヒューマン・キャトル$、畜群大衆、
 と言ったような階級の断絶はなかった、
 つい最近、創価学会、統一教会、オウムが出て来るまでは、
 すると日本人は、ここに始めて、
 それではいわゆる西洋文明社会は、
 飼い主$マスター$(超人人種、選民$エリート$、など、色々と言い方はある)と、
 家畜人大衆とに、
 はっきりと分裂してしまって居るのか、
 そんな手口に抵抗する人々(または思想、信条)は存在しないのか、
 と言う問題に突き当たるのである。
 それこそ、西洋文明の、核心問題ではないのか。
 果たして西洋の人々はそれにどの様に対処して来たのであろう。

▲(四)

 もし、西洋文明の主流が、かくの如き、超人と家畜人に分化しつつある社会であるとするなら、
 日本人はこれに如何に反応し得るか。
 これには、二つの型と傾向が可能だ。
 第一は、それに順応(ないし屈服)する道である。
 つまり、日本型社会を、超人☆=☆畜群社会に変えてしまうのである。
 この場合には、日本民族は、その一万年余の伝統もろとも、死滅しなければならない。
 日本人は、ごく僅かの(例えば〇・一パーセント)の超人選民と、残り全部(九十九・九パーセント)の畜群、とに、振り分けられる。
 第二は、それに順応しない(はっきりと言えば、彼等への屈服を拒否する)ことである。
 しかし、この場合には、遅かれ早かれ、西洋型の飼い主$マスター$(超人選民)陣営との、全面衝突にならざるを得ない(昭和十六年十二月八日から昭和二十年八月十五日までの対米英蘭、対ソ連戦のように)。
 こちら側にそのつもりはまるでないが、相手は許さない。
 我々は出来るだけ、第三の道を歩みたい。
 「彼等」に捕獲されるのも嫌だし、「彼等」と喧嘩もしたくない。
 何とか、折り合いをつけ、仲良くやって行けないものか。
 これが日本人の常識であろう。
 けれども、「彼等」には通じない。
 全面降伏か、
 それとも全面対決か。
 二者択一だ、
 と、迫って来るのである。
 今、
 「日本人(特に、国家の指導層)は脅迫に弱い(少々、欧米に脅迫されると、たちまち、ヘナヘナと土下座し、顔を地べたにこすり付けて謝る)」、
 と一部の外国人から批評されて居る。
 それは事実かも知れない。
 しかし、昔からそうだったわけではない。それが日本民族の資質、民族性であった、とは言えない。
 万延元年、三月三日、江戸城桜田門外に大老井伊掃部頭$かもんのかみ$を討ち取った、高橋多一郎、金子孫二郎以下の桜田烈士がしたためた「自訴状」及び「別紙」は、

 「夷狄貪婪$いてきどんらん$、元より饕足$あきたる$事なく、殊に狡謀譎計$かうぼうきっけい$を挾$さしはさ$み、覬覦$きゆ$の念を逞$たくまし$く致し候」(「櫻田義挙録」下の二二五頁)、
 と、欧米列強の手口を観察した。
 難しい漢字は幾つかあるが、今の日本人に、理解出来ない程でもない。
 「嗚呼$ああ$、此儘$このまま$に打過$うちすぎ$なば、赫々$かくかく$たる神洲$しんしゅう$一両年を出でず、内地の奸民$かんみん$、邪教に靡$なび$き、彼が勢焔$せいえん$を助け、皇国の奸賊、平身低頭して、彼が正朔$せいさく$を奉ぜむ事、掌$たなごころ$の上に観るが如し」(同上、二二九頁)、
 とあるのはどうか。
 「彼が正朔$せいさく$を奉ぜむ事」、
 とは、つまり、日本人の中から、日本を捨て、欧米列強を主人とし、欧米列強に忠誠を誓い、欧米を正当な権力、宗主国、本国、として、彼に臣従し、彼を崇め奉る、
 の意味であろう。
 まさにこの通りの事態が、平成の代の日本に、現出してしまって居るようにも見える。
 桜田烈士が記したように「一両年」、ではなかったが、百数十年経過して、
 「平身低頭」、
 「彼が正朔$せいさく$を奉ずる」、
 それは「奸民」ではなくて、
 れっきとした我が国の国家指導層(国権の中枢部と、知識階級、学界、新聞テレビ、出版界の最高指導者を含む)なのだ。
 ちなみに、金子、高橋以下の桜田烈士の霊は、明治二十二年五月二日、靖国神社に合祀せられ、明治天皇は、同二十四年十二月十七日、金子、高橋の両士に正四位、関鐵之介、斉藤監物$けんもつ$の両士に従四位、稲田重蔵、有村次左衛門等十四士に正五位を贈らせ賜ふた(前出、三九〇頁)、
 とあるから、靖国神社が健在である限り、桜田義挙は、終わってしまった過去の一事件、と言うわけでもない。


[1707] わしズム中、片岡鉄哉 氏、論文、ここへと、転載!!!((!つづき部分 投稿者:白金 幸紀 (しろがね ゆうき)) 会員番号 1738番 投稿日:2003/08/10(Sun) 23:49:26

○ 守るべき価値のない、損得勘定だけの国 ○


   日本の全体像はどう定義したらいいのだろうか。
ジャイアント・クリスマスツリーと私は呼ぶ
ことにしている。

「クリスマスツリー」とはアメ
リカの政治でばらまきを指す。

枝もたわわに沢山
のプレゼントがぶら下がっている。

自民党と官僚
機構が社会主義的な福祉経済をつかさどり、

せっせとプレゼントを補充していく。
   


地方経済は補助金中毒にかかっていて、補助金
が切れると七転八倒の苦しみとなる。


だから補助金をつなぐために自民党の集票機構となる。


田中康夫が長野県知事になって発見したように、ダム
づくりを止めるわけにいかない。

このシステムの中枢に憲法擁護の政治がある。


国際紛争を避けるのが使命だから、

「モラリティのない外交」が専売特許になっている。


守るべき価値がない。


「価値判断といえば、損得勘定だけ」だ。


こうなると
  汚職は構造的になり日本全体が汚染される。 」
   

モラリティがないということは正義感を喪失す
ることである。

他人に侮辱されても、殴られても、
黙っていることである。


一例をあげよう。
   


わが日本の小泉総理大臣は、一昨年の8月15日
に靖國神社に参拝する予定であった。


ところが中国政府と橋本派の反対にあうことになる。


橋本派は対中ODAの利権を握っている。


唐家璇中国外相は、
田中外相に、対して、
靖国に行くのは

「止めなさいと厳命した」ことを、

記者団に、公開した。


   

事の重大さに驚いたニューヨークタイムズは、
  

「子供に対して語るような命令形だった」と報じている。

それでも総理は、双方の顔をたてて、足して二で割る妥協をした。


参拝を8月13日にずらしたのだ。
   

原則の問題で妥協したのだから中国は図に乗っ
てきた。

総理はpersona non-grataに、された。

紫禁城への登城禁止である。


昨年は日中国交正常化
三十周年記念の年だから、


中国政府は日本の国会議員、
特に橋本派に招待状を出した。


総理を孤立させる作戦だ。


ところが橋本派も公明党も尻尾を
ふって参内したのである。


自国の総理を侮辱することは、
自分を侮辱することだという感触はない
らしい。


票とカネが大事なのだ。
   


このような売国行為は冷戦終焉以来急増した。
       


理由は二つある。先ず、大不況と国運衰退で自民
党は過半数の議席を失った。


次に、地域紛争が束になって襲ってきた。


湾岸戦争、イラク制裁、北朝鮮の核兵器制裁、
台湾海峡ミサイル危機、

アフガン戦争、イラク戦争だ。自民は連立しないと政権がとれない。


利権がとれない。

そこで先ず、自社さの連立をつくってみた。
     
   


これが大変な代物だった。社会党と村山富市は
  
平成7(1995)年秋に沖縄で起きた、米兵に
  
よる少女輪姦事件を追及して「人気取り」をした。
  


日米同盟に大亀裂をつくってから自社さ連立の村
  
山内閣をつくったのだった。


中国政府は、日米同盟の危機を絶好のチャンスと読んだのである。

今、
台湾にミサイル攻撃をかければ、社会党の総理大
臣は震え上がって中立を宣言するだろうと計算し
たのだ。


日本が中立すれば、在日米軍は動きがとれない。台湾を守れない。  ‐


   平成8(1996)年の暮れに北京政府は
ミサイル攻撃の予告を公開した。

最初の一発は、台湾周辺でなくて、
台湾と沖縄の中間地点に着弾して
いる。


これは日本政府に対する警告だった。


「いいですか村山先生。戦争になったら中立するんで
すよ」と「厳命」したことになる。


元旦早々に総理は敵前逃亡した。

三六計逃げるにしかずと、いうのだ。
   


後任の総理は橋本龍太郎だったが、社会党の党
員が閣僚として残っている。


だから日本は中立せざるを得ない。

2月早々、新総理はカリフォル二ァに飛んで、
クリントン大統領と会談した。


空母インディベンデンスが横須賀から台湾海峡に出撃
する場合は、日本との事前協議はなかったことに
してくれと頼んだのである。


中国が空母出動に怒ったら、
「俺は知らなかった」というつもりだっ
たのか。
   

ともかく、日本中立のお墨付きをクリントンか
ら頂戴した代償として日本政府は莫大なカネを米
国債に投資すると約束している。

これが空前のインターネット・バブルに貢献することになる。
   

こういう事実はアジアの勢力均衡を理解するのに欠かせない情報だから外国の新聞にはつぶさに書かれる。

知らないのは情報管制されている日本人だけである。


[1706] わしズム中、片岡鉄哉 氏、論文、ここへと、転載!!!((!つづき部分 投稿者:白金 幸紀 (しろがね ゆうき)) 会員番号 1738番 投稿日:2003/08/10(Sun) 23:36:58

○独立・核・改憲の拒否で、
     カネと票を稼ぐ角栄後の自民党○

   
彼らは宮沢氏の「掟」に従う。


「モラリティの
ない外交」をやり、


「頭を叩かれればひっこめる」。
  


だが、動機は信念でなくて票とカネである。

票とカネになることならば、何でもありともいえる。
   

日本の最大の懸案を端的にいうと、
日本の独立、核武装、憲法改正が
不可能なことである。


その理由は、独立、核武装、憲法改正が高度の戦略問題
で、民主主義のどぶ板政治を超越していることだ。
  


票とカネを稼げないからである。


どぶ板民主主義の自民党は、票もカネも稼げないことは無視する。
  

しかし憲法の現状維持には利権がからんでいる。
  

だから熱心なのである。これを実証してみよう。
   

田中角栄は戦後政治の生んだ天才だった。


総理に選ばれるよりずっと以前から、彼は裏日本の貧
農たちに財政ばらまきで橋や道路を作ってやれ
ば票とカネが稼げることを学習した。


彼が天才たる、所以は、外国に対するばらまきでも稼ぎにな
ることを発見したことにある。


端緒となったのは
昭和47(1972)年のニクソンショックだった。
   


当時の総理佐藤栄作は、吉田茂の意を受けて沖
縄返還を

「核抜き本土なみ」という条件つきで強引に要求していた。


相手になったニクソン大統領は、
外務省が驚くほどの、柔軟な姿勢だったが、

一つの交換条件を要求した。

当時、日本製の繊維製品、

特に「ワン・ダラー・ブラウス」が集中豪雨的に

輸出され、ニクソンの票田である選挙区で、競争

できない業者が

恐慌状態であった。
   

共和党の中では、日本が「防衛ただ乗り」で
不当な経済競争をしているという妬みの声が、

歴史上初めて出ていた。


ニクソンはこの輸出の自主規
制を佐藤に要求し、

交換条件が成立する。
   


ところが総理は業界の調整に失敗し、沖縄だけ
は取り返したが、


見返りの約束は不履行となる。
  


ここでニククソンショックという報復がくることに
なる。

途方にくれた総理は田中角栄を通産相に任
命して解決をまかせた。


ここで彼が奇想天外の離れ業を、やって見せた。

繊維業者に政府の補助金を、
出して廃業させたのだ。


働かないで収入を手にし
た彼らは大喜びだったし、

アメリカ世論も沈静化した。
   

この手柄をテコにして、田中は佐藤の後継者と
なるはずだった福田赴夫を押しのけて、総理となる。
  


当時、誰も気づかなかったが田中は日本の防衛
政策の大転換をやってのけたのだった。


1960年代を通じて日本は純粋の防衛ただ乗りをしてい
た。

しかし高度成長を謳歌する日本が
ただ乗りを
続けるのは
不可能になっていた。


田中は憲法を守って、


「ヒトは出さないがカネは出す」という政策
をつくりあげたのだ。

同時に、天才政治家は、業者に出した補助金から
ピンハネを忘れなかった。
  

 

つまり、憲法を守ることが利権になる、票とカ
ネになる。

更に、財政ばらまきは何も国内に限る
  

必要はない。海外ばらまきも儲かることを実証し
てみせたのだ。
   

総理となった田中は、日中国交正常化も一気に
成就させた。


周恩来との交渉の難関は、中国側が、
日中戦争について事実上の賠償を要求したことだ
が、田中は後にODAと呼ばれる経済援助を約束
することでまとめあげた。
   


ODAの主管官庁となった外務省は世界最大の
ばらまき官僚機構に成長し、中国に対しては実に
六兆円という超大型援助を給与した。


日本があまりに中国にのめり込むのを警戒したアメリカ政府
は、ロッキード疑獄の端緒を提供して田中を陥れることになる。
   

しかし、六兆円の援助予算は、中国が日本企業
に発注することで資金還元となり、受注したゼネ
コンは田中派に謝礼を払ったのだ。


中国に対する投資は、
日本の中国侵略に対する贖罪(しょくざい))が大義名分
だったのだから、

田中は外国に謝罪することで票とカネを
稼ぐことを自民党に教えたことになる。
  


他方、アメリカに対しては、憲法を遵守して、
専守防衛に徹することから派生するペンタゴンの
「重荷」に対する補償としての投資であった。


米国では「アメリッポン」という名前がついている。


アメリカ・ニッボン共同体といった意味だが、竹
下登の時代に対米補償があまりに巨大になり、日
本経済を破綻させることになる。
  

米国と中国に対する投資は双方とも、国内に資
金還元する部分があって、これが牢固とした「鉄
の三角形」をつくることになる。


頂点にある自民党の田中軍団が予算をとり、
霞が関が業者に発注し、

業者が田中軍団に謝礼を出す構図である。


中国に対する晴罪と、米国の保護に対する補償が巨
大な産業に発展し、利権構造ができたのである。

その前提は憲法だった。
  

日本の独立、核武装、憲法改正を拒絶すること
で票とカネが稼げる仕組みが根をはっているの
だ。

1970年代初頭に角栄が「天皇の官僚」か
ら政権を奪って以来
三十数年の歴史がある。


無論、海外ばらまきと並行して、
道路公団とか本四連絡橋公団などがあって
同じ機能を果たしている。


[1695] 『・_・』 投稿者:白金 幸紀 (しろがね ゆうき)) 会員番号 1738番 投稿日:2003/08/10(Sun) 20:32:51

さて、それでは、話題のといいますか、既転載も、しました、『小林 よしのり』氏、の、これも、8月、当初か・・、OCRにて、スキャナ、認識して、おいておいた、ログ、


やはり、この機会にといいますか、ここへと、そのまんま、転載しておくことと、します。


とうぜんからしまして、手スキャン、手直し、修正、をも、しております。

それでは、どうか、あのあの、既転載をも、しました、『天籟』から、始まる、この、『わしズム』中での、小林よしのり 氏の、お話を、みなさまがた、ぜひに、おたのしみくださいませ。

では、どうぞ。

あっと、そのまえに、この、『小泉首相』自身の、前とっておいた、ログ、この機会に転載しておくことと、します。


転載開始>>>>>>>


『小泉首相、広島市の平和記念式典出席や大阪の中小企業視察など精力的な1日過ごす
2003年8月7日 01:13 』という、記事。


gooより、FNNニュースの、ものからの、ログ、です。

画像転載開始>>>>

画像転載、終わり>>>>


記事転載、開始>>>>


小泉首相は6日、広島市で行われた平和記念式典に出席したほか、不況の中で業績を伸ばしている大阪の中小企業を視察するなど、精力的な1日を過ごした。


大阪の中小企業の視察に訪れた小泉首相は、ゴーグルやサングラスの特殊技術を持つ会社の説明を受け、


「『構造改革が進んでない』って人は、変な色眼鏡で見えてない」と思わず不満がぽろりと出た。


その後、小泉首相は、かねてからファンだったという作家の故・司馬 遼太郎氏の

記念館を訪れ、直筆の原稿などを見て


感激の面持ちだった。

小泉首相は「今の権力闘争ができるのも、(著書の)国盗り物語、太閤記とか関が原とか読んでいるから。今の権力闘争なんて大したことない」

などと話した。


一方、これに先立ち、広島市で行われた平和記念式典では、神妙な面持ちで献花し、あいさつの中で、

「核兵器の廃絶に全力で取り組む」などと述べた。

記事転載、終わり>>>>

転載、終わり>>>>

この、一見、『新米』なのか、否かの、人物、現行、2003年、現在、日本の総理を、やっている、『小泉 純一郎』氏を、転載しておきました。


私は真に、『小林よしのり』氏を、共鳴します。と同時に、もっと、冷酷に見て、観点を変えてみたとしましても、『小林よしのり 』氏、貴重至極、です!!(詳細、略!!!!))


この、小泉氏、のみを、日本の顔だと思っていただいたなら、世界に、私は顔向け、できません。

しかし、もし仮に、日本自身、親米・反米、両建て戦略、無意識的にも意識的にも、造っているとしたなら、物凄い戦略、と、申せますが。ま、余談、です。


ちなみに、当掲示板[1674]、8月、6日、にて、すでに、私自身、投稿し、過去ログとなっております、これをも、ここで、再度、貼り付け転載しておきます。

一部削って、再転載、開始>>>>>>>

[1674] 『今日の小泉首相(総理大臣))についての、ニュース(ニューズ))、』 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき)会員番号 1738番 投稿日:2003/08/06(Wed) 22:12:34

拉致問題の議題化へ全力 6者協議に向け小泉首相
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 小泉首相は6日午前、北朝鮮の核開発問題を巡る6者協議について、


「包括的に協議していこうというのが日本の立場。


協議の場では核が中心だが、日本としては拉致問題も同じように重要。

日本の主張を各国にも理解していただけるよう、関係者に働きかけたい」と述べ、拉致問題を議題として取り上げるよう、全力を挙げる考えを強調した。

広島市での平和記念式に参列後、記者団の質問に答えた。


 そのうえで、首相は

「米韓と緊密に連携するのは当然。中国やロシアにもこの機会に日本の主張を理解していただく。


北朝鮮にも無謀なことをしないよう、お互い協力できる道を探していきたい」と語り、

拉致問題を優先している日本の立場に理解が得られるよう、6者協議の参加国に個別に働きかける考えを示した。 (08/06 11:02)

・・・・・・・・・・・・以上、asahi com 政治、より、の、転載。

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政治ニュース 更新日時 : 2003年08月06日(水)16:54


2003年08月06日(水)


対米、立場の違いくっきり 首相と広島市長に深い溝


 
  広島市で6日営まれた原爆死没者慰霊式・平和祈念式で、米英軍によるイラク攻撃をいち早く支持した小泉純一郎首相と、

「何十億年もぬぐえぬ放射能汚染をもたらした」と米軍を断罪する秋葉忠利広島市長の立場の違いが


くっきりと浮かび上がった。

 秋葉市長は平和宣言でイラク戦争に触れ


「『戦争が平和』だとの主張があたかも真理であるかのように喧伝(けんでん)されている」と


強い危機感を表明。


さらに「開戦の口実だった大量破壊兵器も見つかっていない」と指摘した。

 市長発言は「大量破壊兵器はいずれ見つかる」とし日米同盟への傾斜を強める首相への批判であることは間違いないが、

こうした声に対する感想を記者団に求められた首相は

「見解の相違だ。

米国に協力することが、日本の平和を確保するにも極めて大事だ」と素っ気なく答えた。
     


・・・・・・・・・goo、よりの、KYODO NEWSよりの、転載。


転載、終わり>>>>>>>>>>>

ということで、このまんま、GO!!!!


[1693] 『『小林 よしのり』氏 への、感謝状!』 投稿者:白金 幸紀 (しろがね ゆうき)) 会員番号 1738番 投稿日:2003/08/10(Sun) 19:31:48

さて、では、これも、じつは、7日頃だな、ここへと、これは、投稿した。(打ったのも、7日、ごろ、だ!!))・・・、、 しかし、コンピュータ、どうも、調子おかしいらしく、自己削除云々で、その後も、載せる、機会あったが、そして、加筆をも、したが、投稿転載、逃し、そのまんまに、なっていた。

今日、今、この氣、機、ベスト、(と、信じ))(規定し))、ゆえ、載せます!!!!!


小林よしのり氏の、貴重至極な、『天籟』(てんらい))、を、日本人であれば、否や、人間であるなら、人間の心、魂があるなら、(たとえ、かすかにでも、だ!!)))、是非に至極、強く、お読みくださりたく、みなさまがたがたへと、私自身、切念、します。


感情論でも、感傷論、でも、ぜんぜん、ないのだ!!!!!超現実的なもの、こと、ということ・・


100人のうち、(よしんば、たとえ、))、10人でもいいから、この、小林よしのり氏の、『天籟』の、真髄、骨から、骨の骨から、強く強く、解ることが出来る、日本人、いるものと、私は、信じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・開始だーーーーーー!!!!   ↓↓↓↓

『『小林 よしのり』氏 への、感謝状!』

Oh! YEAH!!!!!!    白金 幸紀、だーーーー!!

昨日、朝、打ち、ここへと、載せるはずだったもの、今、載せます!!


昨日は、ちょっと、コンピュータ、調子悪くなり、載せたり自己削除したり、していた。

今日、この
度、載せよう、思います。


じっくり、この、『小林 よしのり』氏、天籟、じっくりと深く、そして神聖に、多くの方、読んでくださること、希望します。

『『小林 よしのり』氏 への、感謝状!』
                『副島隆彦・属国論』を、超克、するのだ!!!!>>


開始>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


わしズム 漫画と思想 日本を 束ねる 知的娯楽本

WASCISM Vol.7
平成 15年 7月 25日
定価 (本体 952円+ 税))、幻冬舎

p4〜、


今さきほど、あえて、私自身、この、小林よしのりさんが、書いた、『天籟』(てんらい))、を、手スキャン打ちを、しました。
転載、開始>>>>


天籟  

 天籟(てんらい))・・・・・天然に発する響き、風が物にあたって鳴る音」の意。 


 小林よしのり 


広島の原爆ドームの中に入ることは、通常、学術研究のためにしか、許可されないらしい。
たまたま、広島市役所の、都市計画局に『わしズム』に、理解を示してくれた、方が、いたので、今回、画期的な影響を、行うことが、出来た。

 修学旅行その他で、2,3回は、訪れて、厳粛に、眺めた、原爆ドームだが、その内部に立ち入る、機会を、得ようとは、思わなかった。

 ドーム内の瓦礫(がれき))を、踏みしめながら、わしは、20万人に上る、死者の、霊の、中心に、いることを、なるべく、実感しようと、努力、した。

 この撮影の数週間前にも、わしは一人で、広島を訪れて、この原爆ドームと、平和記念資料館を、じっくり、見て来た。

 最近、日本も核武装すべきと、いう、勇ましい声が、「親米保守主義」の、腰抜けどもの、間からまで、澎湃(ほうはい)と、起こってきた。


 

彼らの場合、しょせんがアメリカ追従の、臆病を、隠す手段としてしか、それを言ってや、しない。ネオコンの期待に、答えたいだけの、核武装なら、わしは、お断りだ。  

 


アメリカに歩行器を与えられて、よちよち、歩き出すような、自立の仕方、そのものが、わしの性に、合わないのだ。


 
そもそも彼らは広島に、行っていない。原爆ドームを見て、平和記念資料館を、熟覧して、特設感情で開かれている、「原爆の絵」の展覧会も、鑑賞してから、観念と感情を統御して、主張しているわけでは、ない。 

 


不謹慎な論壇人など、祟られてしまうが、いい。 



  わしは今回、原爆の被害の凄まじさに充分、想像を巡らせてから、核武装についての特集を、組むことにした。 


 


  わしはあえて、「反核」「反戦平和主義」の立場も、考慮して、論じてみよう。思想的には彼らの勝ち方はあると、わしは考える。じつはある覚悟さえ固めれば、「反戦平和」を、貫くことは、可能なので、ある。

 

だが誰もサヨク陣営に、それを言う者が、いない。 


原爆記念日に、金正日に、招待状を、出したりするような、パロディと化した、「反核」運動に、堕すのは、しょせん彼らが本気では、ないからだろう。

 本気ではなく、覚悟もなく、「反戦」を、唱えていれば、自分が善良な民であることの証明になるとしか考えていない不真面目な奴らでは、 この先、

アメリカの許可付きでの、核武装への道は、止められまい。

  

わしは、原爆ドームの中へ、踏み入った。

 だがあまりに易々と、58年前に落下した、原子爆弾の、真下に立っている自分を自覚して、それにしては、良心の疼きが、軽すぎることに、疚しさを、覚えた。

 と同時に、だがこんなものを落とした、奴らへの、憎悪は絶対に忘れるべきではないのだ、という決意だけは、新たに、したのだった。


    


 昭和20(1945))年、8月、6日、午前8時、15分、B29エノラ・ゲイから投下された、原爆・リトルボーイが、約1分で、わしが立つ、頭上、580メートルに、達し、爆発、した。   

 それは、「もう一つ太陽が現れたようだった」と言われるが、見る見る膨らんでいき、巨大な、火の玉になって、華氏7000度の熱線が、地上の人間を、一瞬にして、消滅させた。   


 

半径2キロメートル以内の、建築物はすべて崩壊し、山に反射した爆風が、再び、市の中心部にいた人々を、襲って、焼き殺した。

  


広島の人口、35万のうち、7万人が即死。11月までに、6万人、昭和25(1950)年、までに、7万人が、死亡した。


統計、20万人の、犠牲者でもあるが、数年に亘って、死者が、続出していくのは、放射能を浴びた、人々の、悲痛な死のせいであり、その影響は次世代の子供にまで及んで、悲劇が連鎖されたので、ある。


 


 「原爆の被害を舐めてはいけない。まだまだその実態の凄まじさは、日本国民にさえ、充分認識されているとは、思えない。世界中の一体だれが、想像つくだろう?」


爆心地では、急激な気圧の変化で、眼球や、内臓が、飛び出た人々が、黒こげで、死んでいる。廃墟をさまよう人々は、やけどによる水ぶくれで、風船のように、顔が普通の倍の大きさにまで、膨れ上がって、目と口は糸のようになり、鼻と耳は穴だらけになって、老若男女の区別すら、つかなかったと、いう。


 熱さと渇きで、防火用水や、池や、川の中に、飛び込んで、死んだ子供も、大人も、そのまま死体となって、水面をぎっしり、埋め尽くして、しまって、いた。校庭で、朝礼していた、学童たちは、整列したままで、きれいに、将棋倒しになって、真っ黒に、焼死している。死体の浮かぶ川の中を、大やけどをした女学生たちが、集団で泳いでいたので、呼び止めると、か弱く手を振ってそのまま、全員、水没していった、という。



  

 当時のアメリカ大統領、トルーマンは、「男らしさ」を、証明するため、に、この原爆投下を、決定した。

 三期務めて偉大な、大統領だと、評価されていた、ルーズベルトが急死した結果、トルーマンは、4月12日、大統領に、就任した。突然、背負い込んだ、この重大な責務に、トルーマンは、「大きなショックを、受けた」と、告白している。国民の誰もが、この新大統領を、「つぶれた洋品店の親父」みたいな、風貌としか、見ていなかった、のだ。


 マッカーサは、日本本土への、原爆投下を、「まったく不必要だ」と、考えていた。もはや、日本の降伏は、だれの目にも明らかという、認識で、当時、軍事面の指導者として、尊敬を、集めていた、アイゼンハワ-、マッカ-サ、レ-ヒの、三人ともが、原爆投下を不必要と、見ていた。


だがトルーマンは、自分の臆病を克服して、国民に「男らしさ」を、証明するために、決断した、のである。


 


原爆投下は、威力を、正確に、評価できるように、まだ空襲を受けていない都市、広島が、理想的、だった。それまでの、民間人殺傷を、目的とした都市空襲によって、もはや破壊されていない都市が、残り少なくなっていたのだ。


ソ連との政治的な対立、そして人種差別が、日本人を使っての、原爆人体実験の大きな要因となったことも、事実である。


核科学者の多くは、原爆を実践で、使用すれば、その破壊力の圧倒的な、悲惨さを、証明できて、かえって、将来の、世界に、戦争をなくす、善なる力となる、とまで、考えていた。


日本はその生贄として、選ばれたのだが、世界に平和は実現されず、60年経った今、再度アメリカの、北朝鮮への、先制攻撃の、大義を、作るために、
核の生贄としての、道を、選択し始めている。


 


すでに、北朝鮮は、小型核弾頭の、開発に、成功した、と、CIAから、真偽の確認できない情報が、もたらされている。
これに対して、日本も核武装で、抑止することに、わしは感情としては反対だが、理念としては、賛成で、ある。


 

その核ミサイルの照準は、北朝鮮にも、中国にも、ロシアにも、そしてアメリカにも合わせておく必要が、あるが。  


 
 

だがわしはあえて、「反核」の立場を取って、「反核・反戦」運動家に、協力しても、いい。 ただし、それには、条件が、ある。  


 

我々が、「国民」に、なること、だ。我々日本人が、歴史の、縦軸を、精神に、宿した、「国民」と、なれば、北朝鮮の核など、恐れるに、足りない。たとえ侵略者に占領されても、精神までは、支配できまいと、覚悟すれば、よいのである。 


 


イラクで、その事態が起こっている可能性が、ある。米軍に占領まで、させておいて、昨日は、一人、今日は数人殺し、明日は、ロケット弾を打ち込むという、「静かな反逆」が、イラクでは、すでに、始まっている。


米兵は、ノイローゼになる者が、続出していると、いう。

不気味な、「熱狂のない、ゲリラ戦」に、米軍は、巻き込まれてしまったのか?

イラクやアフガニスタン、パレスチナの、民を見るがいい。「民族」や、「宗教」が、占領支配を、許さないではないか。
 
精神が支配されない限り、占領は失敗に終わる。


 


日本人が精神まで支配されたことが、アメリカの支配欲に、自信をつけて、しまって、いるのだ。

 

反戦平和主義者が  
覚悟もなく、「反戦」をいうが、本当は「反戦」を、実現する方法が、あるではないか。











それは究極のナショナリズムの実現である。精神に歴史を宿した「国民」に、なってしまうことが、侵略者の支配を、許さないはずで、ある。そう覚悟すれば、無意味な戦争を、抑止できるではないか。ナショナリズムこそ、が、他国からの支配を、拒否する原点であり、戦争の無意味さを悟らせる原点にもなり得ることに、サヨク平和主義者どもは、なぜ、気づかないのか?


 親米保守派が勇ましく、拳を振り上げるのは、臆病の裏返しだ。トルーマン的な、「男らしさ」を、証明したいのだろう。
 なぜなら彼らは日本が占領された時、テロをやる覚悟もない。
 民族浄化されることを、選んで、チベットのようになるつもりらしい。あるいはハワイになるつもりか?


 








我々は、核兵器を恐れない。落とされても日本人という「国民」は、生き残る。精神までは、支配されない、自信が、ある。
 「国民」は、同胞の、死を深く、深く、悲しみ、子々孫々に、伝え、侵略者への憎悪を、絶対に、失わない。

日本に上陸してくれば、しめたものだ。国民は占領者を一人ずつ、消していく。
 占領者に、安息の日々は、ない。侵略・占領者は、我々、「国民」を、皆殺しに、するしか、ない。

 それほどの、強力な、ナショナリズムを、我々は、作れば、よいのだ。

 平和主義者は、そこまでの、覚悟をして、「反核・反戦」を、言ってみろ。その時は、わしが、必ず、応援して、臆病が反転した、好戦主義者、保身主義者どもを、完全抹殺するまで、戦って、みせよう。

 平成 十五年 七月 三日


小林 よしのり

 

 

転載、終わり>>

再度この部分、転載開始>>>>


  


最近、日本も核武装すべきと、いう、勇ましい声が、  「親米保守主義」の、腰抜けどもの、間からまで、澎湃(ほうはい)と、起こってきた。  

 
 彼らの場合、しょせんがアメリカ追従の、臆病を、隠す手段としてしか、それを言ってや、しない。ネオコンの期待に、答えたいだけの、核武装なら、わしは、お断りだ。  


  アメリカに歩行器を与えられて、よちよち、歩き出すような、自立の仕方、そのものが、わしの性に、合わないのだ。


 不謹慎な論壇人など、祟られてしまうが、いい。 


 








   
 
我々は、核兵器を恐れない。落とされても日本人という「国民」は、生き残る。精神までは、支配されない、自信が、ある。
 「国民」は、同胞の、死を深く、深く、悲しみ、子々孫々に、伝え、侵略者への憎悪を、絶対に、失わない。

日本に上陸してくれば、しめたものだ。国民は占領者を一人ずつ、消していく。
 占領者に、安息の日々は、ない。侵略・占領者は、我々、「国民」を、皆殺しに、するしか、ない。

 それほどの、強力な、ナショナリズムを、我々は、作れば、よいのだ。

 平和主義者は、そこまでの、覚悟をして、「反核・反戦」を、言ってみろ。その時は、わしが、必ず、応援して、臆病が反転した、好戦主義者、保身主義者どもを、完全抹殺するまで、戦って、みせよう。
  
「原爆の被害を舐めてはいけない。まだまだその実態の凄まじさは、日本国民にさえ、充分認識されているとは、思えない。世界中の一体だれが、想像つくだろう?」


終わり>>>>

再再度、この部分、転載、開始>>>>


    
 


我々は、核兵器を恐れない。落とされても日本人という「国民」は、生き残る。精神までは、支配されない、自信が、ある。
 「国民」は、同胞の、死を深く、深く、悲しみ、子々孫々に、伝え、侵略者への憎悪を、絶対に、失わない。

日本に上陸してくれば、しめたものだ。国民は占領者を一人ずつ、消していく。
 占領者に、安息の日々は、ない。侵略・占領者は、我々、「国民」を、皆殺しに、するしか、ない。

 それほどの、強力な、ナショナリズムを、我々は、作れば、よいのだ。

 平和主義者は、そこまでの、覚悟をして、「反核・反戦」を、言ってみろ。その時は、わしが、必ず、応援して、臆病が反転した、好戦主義者、保身主義者どもを、完全抹殺するまで、戦って、みせよう。

 


終わり>>>>


小林よしのり さま、へ。

私は、白金 幸紀 という者、です。愚生、劣生、しかしながら、生かさせて、いただいて、おります。

そして、『現代医学薬学栄養学』は、完全虚構であり、そしてなお、日本、この日本国で、真の真の医学博士と、そしてその、方便が、出てきたこと、それを、7年間も、言い続けております者、です

そして、何かの縁で、去年から、この、学問道場の会員となるという、運びとなり、そしてまた、今年から、ここの、掲示板への、投稿をやっております。もちろん、その、真の真の医学博士を、皆さん方、全員に、真に紹介するということが、やはり、最大の、投稿の、私自身としましての、目的と、私自身、思っております。

副島隆彦氏は、著作等々、共鳴できるところがあり、そして、人間的には、信用できるところと、よく分からない所がある人物です。

副島隆彦氏に関しましては、この先は分かりませんが、やはり、アメリカン擁護主義者だと、思います。ですから、現代医学薬学栄養学断固迷信完全虚構、そして、真の真の方便、医学博士、日本に、出て来た、と、言っても、聞く耳、持ちません。

こんな日本なんていう東アジアの辺鄙な、ところに、何か、新しいものなど出てくるわけがない、という、近代西洋絶対主義者、日本軽蔑蔑視、日本大嫌い主義者、です。

たぶん、日本人全員を、殺したいのかも、しれません。トルーマンが、大好きで、日本人は、レイシオを学んで、アメリカ人を理解し、原爆投下を、許すべきだ、と、主張しております。

アメリカ大好き、日本大嫌い、主義者と申せましょう。

ですから、現代医学薬学栄養学は、断固迷信完全虚構、ということと、その、日本で唯一、否や、世界で、唯一の、真の真の医学博士の御本、そして、メールでの、ご紹介、等々、私自身、行いましたが、副島氏からは、完全無視、うんともすんとも、返事は来ませんでした。たぶん、アメリカの手先なのでしょう。

氏からは、私自身、きっと、変人に見られていることと、思います。しかし、もう、副島氏はしょうがありませんが、皆様方に、伝えて行くべく、今、此方をお借りし、投稿、しております。私の、力不足、誠たる、愚鈍さゆえに、今はまだ、ぜんぜん、多くには、伝わっておりません。特に副島系からは、嫌がらせを受けたり、等々等、一時期、しておりました。しかし、焦らず、今後とも、精進し、伝えていこうと、決断しております。

小林よしのり さま。感謝します。本当にどうもありがとうございます。全くの、同感です。

副島隆彦的、言説、そして、属国論、もう、私の中では、死んだも、同然、です。今後、副島氏自身も、小林さまから、良い影響を受け、支離滅裂、思いやりのなさ、思慮のなさ、ちょっと常識のなさ、手先をやりながらの、表面反米主義者、欧米絶対主義者、西洋完全礼賛主義者、から、足を洗い、真の道へと、副島氏自身、行かれることを、私自身、期待しております。

私自身が、副島氏を、啓蒙しなければならない、義務を、負っている気が、いたします。


そして、副島系の、人達も。

副島系の人たちは、日本をこよなく憎んでいる方ばかりです。私は決して実の所、構いませんが、去年、ある三人の弟子からは、私自身、死んじまえ等々、罵倒されましたし、そういうことを、平気で、言える人たち、です。私は非常に吃驚しました。

ぜひに、副島系、そして、副島隆彦、氏が、真の道へと、行くこと、私自身、切に望みつつ、頑張っていこう、思います。


小林 よしのり さま。ほんとうに、どうもありがとう、ございました。

心から、心頭から、感謝します! そして、深く、同意します! 


終わり>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


以上、転載しました。ちなみに、副島隆彦氏自身、手先ではありません。副島隆彦氏の、真髄、私自身、良く、非常に深く、解っております。痛いほど。


小林よしのり 氏、と、副島隆彦 氏、実の所、矛盾するものでは、ありません。わたしの中で、きっちりと、両立しております。なお、上記、載せました、私自身の、「小林よしのりさまへ」の、部分、またもや、私自身、心頭にない部分、ございましたが、私自身、自分自身では、全て、解っておりますから、別にあえて取り立てて、言い訳しません。


[1689] 『Ya!!!』 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき))会員番号、1738番 投稿日:2003/08/10(Sun) 17:57:28

白金 幸紀 です。

『夏』の季節、そして、これから、『秋』の、季節へと、向かう今、皆様方、如何お過ごしでしょう。奮闘なさり、幸、多く、お過ごしになられておられるのではないかと、察します。

さて、ちと投稿、したいと、考えます。


そのまえに、『如何に日本はいい国であるか』というお話しを、少しだけします。


ほんの少しだけです。

ヨーロッパは、今事実上、social democratic society と、なっておりますこと、みなさまがた、ごぞんじのはずです。


たとえば、http://sw-kidoairaku.hp.infoseek.co.jp/sub37.htmにも、ありますように、貼り付け転載、開始>>>

ヨーロッパでは、国によって年齢制限が異なる(スウェーデンの場合12歳以下)が、こどもを大人なしで家に置いていくのは、違法である。


貼り付け転載、終わり>>>>

まさにまさしく、社会民主主義、社会主義、そのものと、なっている。


・ ・・・


フランス? 憧れるわ! あのフランス革命が起きた、日本とは比べ物にならない、自由な、・・


まさに、近代の先駆よね!!

・ ・・・

イギリス? 憧れるわ!  一時は地球の80%も、イギリスのものだったんでしょ?  アジア人なんか、イギリス人からみたら、敵わないのよね。

それに、音楽、(ビートルズ等々等))、思想、芸術、まさに、アメリカの親だわ!

・ ・・・


ドイツ? 憧れるわ!   メルセデス・ベンツ! BMW! それに、ベートーベン等々等、クラシック音楽、芸術、伝統あるわ!

これは、フランスでもそうだけど、街並みが、桁違いよね! きちんと、計算されてる!  日本みたいに、無統制で、無計画に、土建屋さんたちの、利権にまみれて、金満国家、土建屋国家の、テイタラクとは、わけが違うのよ!  やっぱ、向こうの人たち、優秀なのよ! 凄いわ! 憧れるわ!    もちろん、昔、ヨーロッパでも、アメリカでも、多くの戦争やったわ! 確かに、日本では比べ物にならないほど、多くの殺戮、確かに、やったんでしょ。でも、それでも、今はきちんと反省して、世界平和と、世界秩序安定、ONE WORLD GOVERNMENTの、目標に向けて、邁進しておられる・・


凄いわ!!  少しは日本も、あの、ヨーロッパ人たちの、立派さを、見習わなくちゃ!  福祉も充実して、世界宗教、キリスト教を、多くの人が、信仰してる! 


日本人なんて、ほんと、猿だわよ!!


・ ・・・・・・・・
・ ・・・・・・・・

白金 幸紀だーーーーー
違うのである。日本こそが、この、今でも、この、問題多く、あり過ぎるかに見えるこの、過渡期、今でも、実の所、ヨーロッパでは、比肩にならぬほど、世界的に見たなら、いい国であり、いい社会であり、良好なのだ。


フランスなんて、一見街並みは美しい。がしかし、あの、世界的名所、パリ、なんかでも、道路も、石で、もう、日本人なんか、ほんま、『ごめんなさい』頭下げるしかないような、すばらしさだが、しかし、馬の糞(=うんこ)は、おっこちているし、つまり、気をつけて歩かなければ、踏んじゃうから、気をつけなくちゃいけないから、大変だし、引ったくりは、多いし、詐欺・窃盗、ちゃはんだし、

たしかに、人工的に計算しつくされた、美しい街並み、そして、やはり、さすが、洋服の着こなしの旨さ、巧みさ、等々等、日本では、比肩とならぬ、やっぱり、ここは、頭下げるしかない、部分、あるものの、それでも、そんなに、両手上げて、大万歳するほどのものでも、ない。

日本の美しさ、等々等から、比べたなら、やはり、だいぶん、落ちると言わざるを、得ない。

ドイツなんかだって、赤ちゃんを平気で殺してゴミへと出しちゃうわ、騒音を、過剰に嫌いすぎて、まことに気を使わなくちゃならない社会となっており、もう、息が詰まりそうなほど、細かい規則、法律、うるさいわ、


あんなところに、日本は見習う必要、一切、ない。


つーーーーっまーーーっり、ヨーロッパ社会を、日本は見習う必要、一切、ないのだ!!

と同時に、アメリカなんていうのも、マラソンが健康にいいのだ! 提唱者が、50だっけか、比較的短命で、死んだにもかかわらず、いまだに、いいことと思って、アメリカ人、マラソンに、はげむ姿、アメリカでは、よく、見かける。

一切、日本は、アメリカなど、見習う必要、ない。


こんご、この、『真の神国』黄金の国、日本が、世界を、良好に、します。

いまもんだい多多あり、がしかし、じょじょに、良好にせしめ、そして、資本主義、社会主義、この、ふたつの、双子を、超克し、なお、内包し、さいこうの、にほんにしかできない、そして、ちょっと、そのくにくににあわせ、かいせいするなら、どの国でも、世界各国、つかえるような、良好システム、日本が提唱、します。


21世紀は、日本が世界をリードする! 21世紀、世界を良好に導くパワーは、この、日本に、あり!


とうぜんからして、世界の真、さまざま、まなび、問題多すぎてなお、影の部分、どうしても、今はまだ多くあるとは言っても、世界規模からみたなら、良い、そして、自由な、この、日本国、日本人、精進、していきます。


世界の真髄、深く、まなびつづけ、きょうちょう、そして、ないほうしていきながら・・・・


・ ・・・・・・・・・・
・ ・・・・・・・・・・

最後に、付録として、おらんだ???あの、かの、ダッチ! ダッチスクールシステム、世界で屈指と、オランダ人自身の学生から聞く。良いものだったら、日本も、取り入れたい。


日本人自身、きちんと、真髄押さえた上で、とりいれるんだったら、取り入れるべきなのだ!


ただやみくもに、なんだかよくわからないまま、向こうのは、GOOD!って、勝手に思い込んで、取り入れても、なんにも、なりません。


おらんだ???
かの、自由な国! 近代の秘密、鍵、の、国とも言える! アインシュタイン、ジョンロック等々、多くの、思想家たちが、逃げ込んだとも、聞く。


憧れるわ!  って?


きちんと、真髄熟知した上で、やらんと、あかん!   のだ!!!!


オランダでは、マリファナも合法なんでしょ。そして、さすが、近代の、ヨーロッパの、鍵とも言える、オランダ!   『自殺権』なんてものが、ある!!   凄いわ!!  桁外れに進んでいる!!

人権、生きる権利   の、延長線上に、推し進めていくなら、なるほど、死ぬ権利!   『自殺権』かあ。。なるほど、進んでるわ!


日本とは桁違いだわ!!    日本なんて、国民をいつも舐め切って、いまだに、実質、江戸時代と、おんなじよ!   『お上』『大企業』『・・』に、支配された、奴隷国家、だわ!!  さすが、近代!! オランダ!!


とか、いってる人々よ!!!!!!!!!!!!

おらんだの、そして、ヨーロッパの真髄、見よ!!
本質、見よ!!!!

そうするなら、日本と、ヨーロッパ、比肩し、この、『日本』!、過去から、現代に至るまで、如何に自由か、如何に、寛大か、如何に、のん気なもんか、如何に、恵まれてきたか、等々等、わかるのだ!!!!

真の神国!! 日本人!! 日本国!! この、真髄!!   誰もが根底から、解るべきだ! 解るべきなのだ!!   いまだに、ヨーロッパ・アメリカ、を、至上と、崇める、人々よ!!!!(根拠ありすぎ!!、決して、COMPLEXとかで、私は、一切、言っていない。))))


っま、さておき、とにもかくにも、日本国が、今後、世界の、峰となること、これ、疑いいれません。21世紀、間違いなくこの日本が、世界を、潜在的に、リードしていくのであります。平定していくので、あります。


私自身、このことに、一切の、疑いを、持っておりません。確信しております。

だから、そのことに、肝心な日本人自体が、気付いていかなくちゃ、そして、真に、気概、持って行かなくては、ならないので、ありますが、ま、焦ることも、ないかな・・『神様』だから! 日本は、だ!!

日本だったら、GLOBALISTSの、頚城も、ぎりぎり、かわして行ける!!そして、21世紀を、謳歌するのだ!!


そのための、まことに、前段階が、今であり、これから、だ!! 何があっても恐れない!! この、『大和魂』、胸に秘め、邁進、して行くのだ!!


[1687] 緒方貞子 〜 難民に寄り添った10年間 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/10(Sun) 09:11:27

(貼り付け開始)

RC:インディラ・ガンジー平和賞の日本人受賞者に、緒方貞子さんと大来佐武郎(元外相)さんがいます。ちなみに似た賞にマハトラ・ガンジー平和賞があります。受賞者には、池田大作さん、ドクター中松さん、福永法源受刑者がいます。

■■ Japan On the Globe(305)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

人物探訪: 緒方貞子 〜 難民に寄り添った10年間

 難民高等弁務官として10年、緒方貞子さんは世界の
難民に寄り添って生きてきた。
■■■■■ H15.08.10 ■■ 38,004 Copies ■■ 895,579 Views■

■1.リスペクト(尊厳)■

 2000年10月、ジュネーブの欧州国連本部会議場で、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の執行委員会が開かれようとしていた。年に一度、主要加盟国の代表が集まり、予算や活動方針を協議する場である。

 難民高等弁務官の緒方貞子さんが壇上に現れると、各国の大使が歩み寄り言葉をかけた。緒方さんもステージを降りて各国代表の席を丁寧に回り、一人ひとりと親しみのこもった挨拶を交わす。10年間UNHCRのリーダーを務めた緒方さんの最後の執行委員会である。アナン国連事務総長も特別に姿を見せている。

 やがて緒方さんが壇上に立って、10年間の活動成果を詳しく分析し、その最後をこう締めくくった。

 ある言葉をみなさまにお勧めしたいと思います。UNHCRが50周年のキャンペーンのために選んだ歌の中にある言葉----リスペクト(尊厳)です。

 家を追われ、最も貧しい境遇にある人々を守らんとするみなさまの献身に尊厳を。難民に寄り添い、前線で人道支援に従事する者たちに尊厳を。

 そして誰よりも、難民に尊厳を。

 スピーチが終わると、会場の人々は総立ちになって拍手を送り、緒方さんの功績を讃えた。アナン事務総長はじめ背の高い人々に囲まれた小さな緒方さんははにかむような表情で会場の拍手を受けとめた。

■2.緒方さんのもとで生まれ変わったUNHCR■

 1991年2月、難民高等弁務官に就任してジュネーブの本部に着いた時、緒方さんを知る人はほとんどいなかった。上智大学教授から日本として最初の女性国連大使を務め、さらに国連児童基金(UNICEF)執行理事会議長、国連人権委員会の日本代表など、国際機関での要職を歴任していたが、難民救済の分野ではもともと日本の影が薄かったという事もあっただろう。

 2代前の高等弁務官ジャン=ピエール・オッケは、スキャンダルにまみれて辞任。後任のトールバル・ストルテンベルグも、一年もたたないうちにノルウェーの外相に転出してしまい、職員の士気は落ち込んでいた。またUNHCRは財政破綻の危機に瀕しており、緒方さんが選ばれたのは日本からの財政援助に期待したからだ、などという陰口が叩かれた。

 しかし大方の予想に反して、緒方さんが率いた3期10年の間に、UNHCRは予算、職員数共に倍増し、国連の中心的な組織として生まれ変わった。各国政府と民間団体の寄付によってまかなわれる予算は、年間およそ10億ドル。世界114カ国268カ所に事務所を構え、ジュネーブ本部とあわせて約5500人が働いている。規模だけでなく、国連人道機関の中でももっとも機動力の高い組織に生まれ変わっていた。

■3.就任早々の難題■

 1991年4月、就任したばかりの緒方さんにいきなり難題が襲いかかった。湾岸戦争の終結とともに、イラク北部で大量のクルド難民が発生したのである。フセイン政権から長らく迫害されていた少数民族のクルド人が武装蜂起したのだが、イラク軍の反撃にあって敗退、180万人にのぼるクルド人が難民となってイランやトルコとの国境に押し寄せた。

 140万人はイランとの国境を越えて避難したが、トルコ側に避難した40万人はトルコ軍に押し戻された。トルコ政府も長年クルド人問題を抱えており、大量のクルド人流入を恐れたのだった。こうして雪に覆われた荒涼たる山中に40万人のクルド人が取り残されるという事態となった。

 UNHCRの活動は国連で決議した「難民条約」に基づいている。そこでは「難民」とは「迫害を受ける恐れがあるために、国外に逃れ自国の保護を受けられない人々」と定義されている。国境を越えなければ主権国家内の内政問題と見なされ、UNHCRの担当範囲外とされていた。

■4.「小さな巨人」■

 従来の慣例に従ってクルド難民を見捨てるのか、条約の定義を無視して救済に乗り出すのか、緒方さんは決断を迫られた。救済に乗り出しても、イラク国内の内政問題としてイラク軍の攻撃にあう恐れもある。当時の官房長ソーレン・ジェッセン=ピーターセンはこう証言する。

 緒方さんはすべての幹部の意見を辛抱強く聞いていました。あえて原則を踏み越えるべきだという意見もありましたが、もしそれをやったら非常に危険な前例となると助言する者もいました。2,3時間聞いていたでしょうか、緒方さんが最後に決断してこう言いました。「私はやることに決めました。彼らが国境を越えようと超えまいと、UNHCRは被害者とともに、そして被害者の傍らにいるべきなのです。」これは緒方さんの最初の大きな決断だと思います。多くの職員に衝撃を与えました。しかし、とても前向きな衝撃だったと思います。

 緒方さんはイラク側に「安全地帯」を作って、そこに難民のキャンプを設置するという決断を行った。UNHCRの世界中の職員を北イラクに集めて、多国籍軍と協力してキャンプを設営した。アメリカを中心とする多国籍軍は早く引き揚げたいという思惑を持っていたが、緒方さんはブッシュ大統領に謁見して、「そんなに早く撤退させないでくれ」と頼みこんだ。

 国連安全保障理事会は「決議688」を採択して、多国籍軍とUNHCRの行動を正当化した。最初の2週間で20万人がキャンプに収容され、その後も流れは続いた。テント、毛布、水や食料などが30カ国から提供され、航空機200機、兵員2万人以上が動員された。軍と人道機関がこれほど密接に協力したのはかつてない事だった。

 前例を打ち破って、クルド難民の救援を始めた緒方さんは一躍世界の注目を集めた。ピーターセンは語る。

 彼女が、へとへとになって現場から戻ったときのエピソードを今でも覚えています。

 ヘリコプターで、高地にあるイランとトルコの国境地帯を訪れ、一日中歩き回り、次々と到着する難民に話しかけていたのです。本当に疲れきっていました。しかし午後9時にテヘランに戻り、記者会見を開く必要がありました。多くの記者が集まっていたのです。その会見は見事なものでした。政治的にデリケートな問題についても決然として答えていきました。就任してまだ日が浅く、12時間以上も歩き回ったあとですよ。次の日、地元紙は彼女を「小さな巨人」と称した見出しを付けました。「小さな巨人」というあだ名は、その後すっかり定着しましたよ。

■5.サラエボへの大空輸作戦■

 翌92年3月末、さらに大きな問題が起こった。冷戦とともに分裂した旧ユーゴスラビア連邦で民族対立が一気に火を噴き、ボスニア・ヘルツェゴビナで独立を求めるムスリム人と、反対するセルビア人の間で激しい内戦が始まったのである。セルビア系武装勢力は多くのムスリム人を追い立てて虐殺し、「民族浄化」を進めていた。

 ムスリム人は国内の6カ所の飛び地に孤立した。その中の一つ、首都サラエボでは40万人が、連日の砲撃にさらされ、道路を封鎖されて、食料や水の補給を必要としていた。

 緒方さんは空輸によって援助物資を届けるという作戦に乗り出した。国連は安保理決議758を採択して、サラエボ空港に国連保護軍を派遣し、空港を国連の管理下においた。ジュネーブのUNHCR本部に空輸のための司令部が作られ、緒方さんの指揮のもと、各国から派遣された空軍将校たちが合同チームを組んで空輸作戦を練り上げていった。UNHCRにとって、軍と共同の空輸作戦は史上初めてのことだった。

 イギリス空軍から派遣されたアンガス・モリス中佐はこの時の経験をこう述べている。

 軍の輸送能力をいったん認めると、緒方さんの要求はどんどん高くなり、われわれの力を最大限に引き出そうとしました。緒方さんが現れると、部屋の空気が少しだけ高揚するのです。人々の命が私たちの仕事にかかっているという事実、それが私に力を与えてくれました。

 1992年7月3日、最初の空輸機がサラエボ空港に着陸した。空輸開始の5日後、緒方さんは厳戒態勢のサラエボ空港に降り立った。防弾チョッキを着て、国連保護軍のマッケンジー司令官と並んで歩く小柄な緒方さんの姿が世界中のメディアに報道された。旧市街ではサラエボの市民が窓から手を振って、緒方さんを迎えた。

■6.「ショック療法」■

 しかし、援助だけでは対処療法にはなっても、問題の解決にはならない事はあきらかだった。各国政府の動きは鈍く、殺戮が続く中で、援助だけが続いていた。各国政府は本格的解決ができないので、とりあえず援助だけを続けて体裁のいいアリバイを作っているのではないか? 緒方さんはいらだった。

 緒方さんは1992年11月、歴代難民高等弁務官として初めて、国連安全保障理事会に招かれた。この席で緒方さんは、いつまでも人道援助のみ続けるのは不可能だと訴え、安保理が一刻も早く政治解決に乗り出すよう強く迫った。

 年が明けた1993年2月、ボスニア東部のムスリム人居住地域を包囲していたセルビア系武装勢力が道路を完全に閉鎖し、援助物資を積んだトラックがまったく進めなくなるという事態が起こった。ムスリム側は即座に首都サラエボで援助物資をボイコットし、いわば自らハンガーストライキによって国際社会に訴えようとした。

 両者がUNHCRの人道援助を政治的駆け引きの道具として使ったのである。緒方さんは「怒り心頭」に発して、それなら援助を停止すると発表した。これが安保理でも大問題となって、「なぜ緒方にそんなことをする権限があるんだ」という声があがった。ジェッセン=ピーターセン官房長はこのときのことをこう語る。

 緒方さんの目的は、すべての勢力に明白なメッセージを送ることでした。いわばショック療法のようなものです。同時に、人道援助機関の限界を国際社会に訴えるためでもありました。

 安保理は、緒方さんの決断に対して非常に動揺していました。それは、安保理が本来やるべき仕事を彼女が肩代わりしていたからです。人道援助が止まってしまうと、他の選択肢は何もありませんでした。

 問題が大きくなるに従って、メディアも「なぜ援助が停止されたのか」という問題を競って報道するようになった。当然のことながら、最初に人道援助を妨害したセルビア側指導者に批判が集まり、またそれに満足したムスリム側も数日後にボイコットの停止を表明した。緒方さんの「ショック療法」が奏功したのである。

■7.平和の構築■

 「援助停止事件」の後、国連はボスニア国内の飛び地を「安全地帯」に指定し、国連保護軍に対して「自衛のために、武力行使を含む必要な手段をとる」権限を与えた。

 7月6日、ボスニア東部の町スレブレニツァでセルビア系武装勢力がムスリム男性、少年およそ7千人を虐殺するという事件が起こり、ことここに至ってNATO軍がボスニアのセルビア系勢力の拠点に激しい空爆を行った。2週間の空爆の後、セルビア側が停戦を受け入れて、和平協議が始められ、1995年12月に平和協定が調印された。ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の存続を認める一方で、その国内にセルビア人共和国を置いて、事実上の棲み分けを行うというものである。

 戦争が終結した時点で、ボスニア・ヘルツェゴビナの人口440万人のうち、死者20万人、国内避難民130万人、国外への難民120万人という有様だった。UNHCRはこれらの難民の帰還作業を担当することとなった。

 さらに緒方さんは帰還した住民たちの生活を再建するためにさまざまなプロジェクトを立ち上げた。その一つが「ボスニア女性イニシアチブ」である。内戦で夫を亡くしたムスリム人、セルビア人の寡婦たちが力を合わせて、人形作りをする事業などを支援している。過去の憎しみを乗り越えて、共生の世界を作っていかなければ、真の平和と安定にはつながらない、という考えである。

■8.平和は受け身で行動しているだけでは得られない■

 そんなに平和ないい世界に住んでいるんじゃないんですよ・・・・20世紀が終わってもね。[1,p111]

 クルド、ボスニア、さらにコソボ、ルワンダと10年間、難民に寄り添ってきた緒方さんのため息が聞こえてくるようだ。

 世界の平和は、受け身で行動しているだけでは得られないのです。[1,p9]

 安全で豊かな日本列島の中で「戦争反対」を唱えているだけでは世界平和は得られない。平和とは汗を流して構築すべきものだ。そして国際貿易に依存して生きるわが国にとって、世界の平和と安定は、国家安全保障の前提条件である。

 日本の若い方でも、本当の僻地で働いてくださっている方が、ずいぶんいるんですよ。そのことを、もっともっと日本社会が評価してほしい。私は何も、一生NGOの仕事をして僻地で働いてほしいなんて思っていません。若い方たちのある成長段階においてそういう経験を積むことは、その人たちにとっても大事だし、日本の社会にとっても大
事なんじゃないかなと思います。[1,171]

(文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(032) 現代青年の威厳−中田厚仁さん
 カンボジアでの自由選挙に命を捧げた青年ボランティア。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog032.html
b. JOG(075) 秋野豊さん
 シルクロードの平和構築に命を捧げた行動派学者。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog075.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 東野真、「緒方貞子 難民支援の現場」★★★、集英社新書、H15
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087201996/japanontheg01-22%22

■ 編集長・伊勢雅臣より

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(貼り付け終了)


[1686] 道州制に関連した転載 投稿者:会員番号1269 投稿日:2003/08/09(Sat) 14:35:52

 道州制についてあちこち見ていたら、あるHPで「ぼやき」を見つけました。すでに皆様は知っていると思いますが、わたしなどは忘れていました。他所で見つけて思い出すなど、まったく申し訳ない話であります。もっとしっかりチェックして読み返えそうと思います。反省を込めて転載しました。

(転載開始)


「385」 大前研一氏の賢策、道州制の導入議論を政策立案(ポリシー・メイキング)している現実味のある人からのメールと、私の道州制論議への視点。 2002.12.27

副島隆彦です。今日は、2002年12月27日です。
今日、ここで私が論じるのは、「道州制の導入」という日本の国家体制の将来に関わる課題についてです。この道州制の提案を始めた業績は大前研一氏にあります。

以下に転載するメールは、その大前研一(おおまえけんいち)氏の開いている「一新塾」の塾生として学んだ吉田博則さんという、実績を持っているプロのコマーシャル制作の演出家からのメールです。それに触発されて、私は自分なりの道州制論議への参加視点を、実は、長いこと暖めていまして、その一部をここで書く気になりました。

この吉田氏からのメールと彼が自己紹介している、ウェブサイト(ホームページ)の一覧がありましたので、それをここで紹介いたします。このやり取りのメールは、ここの有料版の方に載せた方が、すこし問題がありますので、いいだろうと思ったのですが、吉田さんもたくさんのコマーシャル作品を作ってきた演出家として自分の仕事を公(おおやけ)にしているのですから、はやり、その仕事内容を、私たちのサイトに集まる人たちにも、知ってもらったほうがいいだろうと判断して、この無料版の方に載せます。

私の今日の文章は、あくまで吉田さんの道州制導入の具体的な政策提言の触発されてのものであって、それほどまとまりのあるものではありません。そのうち、「副島隆彦の、道州制議論への参加の端緒」とでも言うべきものです。お返事のメールを吉田氏に書いていたら、いつの間にか長くなって、それで、「重たい掲示板」への転載でも済まなくなるほどの中味だ、と自己判定して、それでこちらに載せることにしました。これは私の最近の書き方の傾向です。

副島隆彦拝

<転載略>
<転載略>
<転載略>
<転載略>

吉田さまのサイトを今、ざっと見させていただきました。

随分しっかりしたお仕事を実績として積まれて来られた方だと、分かりました。テレビコマーシャルの演出家というお仕事の分野で、多くの業績を作ってこられたことが私にも少しですが、わかりました。

私の元に集まってくる若者たちに、吉田さまのプロウファイールのサイトを見せて、プロの職業人は、このように、社会の必要(ニーズ)に合わせて現実的にコツコツと優れた仕事をしてこなしてゆくのだ、というお手本として、私どものサイトに転載させていただきます。

私は、大前研一氏とは、3年前に、氏の東京12チャンネルの「大前研一のがらぽん道場」とかいう番組に出たことがあるだけでそれ以上のお付き合いはありません。私があまりにもはっきりした反グローバリズムの立場であるために、氏も敬遠するでしょう。こういうことは、プロの言論人同士としては、それぞれの職業観の問題でもありますので、それぞれの道を行く、ということでよいと思っています。

私は、吉田さまと同じく、道州制の提言は、大前研一氏のオリジナルな仕事であり、その意義を高く評価しています。そのことを、私の本でも書き、かつ大前氏の事務所が編集・発行する会報(?)でも一昨年、取り上げられました。

吉田さまは、サイトを拝見しますと、「大前研一の道州制導入論」を具体化する政策提言を果敢になさっているようにお見受けします。これはすばらしい実りある政策提言(ポリシー・メイキング)だと思います。必ずそういう現実味のあることを具体化するために動いている人たちがこの国にいるはずだ、と私は、ずっと考えてきました。この度、その中心の人物とこうしてご連絡が取れまして大変嬉しく思います。

私の大前日本道州制論の推進根拠は、やはり、どうしても反グローバリズム (アメリカの支配への日本国内からの抵抗)という観点からのものになります。それは、「地方分権」と言う言葉でもいいのですが、道州制を導入して、それぞれの州に自治権を分与する、ということで、ドイツ型の、州政府の合体としての連邦国家(コンフェデレーション)の日本的な展開、ということになると思います。

ただし、その自治権の分与は、敗戦後の日本を支配したニューディーラー=元祖グローバリストたちが、計画的に、私たちに形だけ与えた嘘(うそ)の寒々しい、言葉だけの「地方自治」ではなくて、本物のそれぞれの地域ごとの、長い部族社会の伝統をひきづっている自治(セルフ・ガヴァーンニング)です。

今から考えると、アメリカ占領軍軍政司令部(初期グローバリストたち)が、私たち日本国民に作って与えた、現行憲法典の「地方自治(地方政府制度、ローカル・ガヴァメント・システム)の規定の、この遠謀の策略は、その射程距離(60年以上もある!)の長さからして、端倪(たんげい)すべからざるもののです。

軍事制圧しておいてから、「憲法(最高法規)を作って与えた」ということのもの凄さを、改めて私たちは、噛み締めなければすみません。

アメリカのグローバリストたちというのは、何とここまで、長期に被占領属国の将来をまで長く見通して、「日本部族国家への新たな国家体制枠組み」そのものの各部品までも、こうして与える(プレゼントという形の強制)ものだと、心底、驚かされます。

日本の現行の地方自治制というのも、精緻に出来ている、その制度部品の一つです。憲法第96条で、憲法改正の手続きが、「総議員の3分の2の賛成で発議し・・・」となっていることと同じような、これでは、どうにもこうにも普通の手では改正などは出来ないなあ、と思うような仕組みに、初めから仕組まれていたのだ、と思わざるをえない、「硬性(こうせい)憲法典」です。憲法典の中に組み込まれた地方自治制度も、日本国民の自立を、予め奪いとる、ための実に巧妙な、制度擬態化技術だということが、そろそろはっきりして来ました。

日本を代表する反グローバリストである、私、副島隆彦の目にはこういうことが今や、はっきりと見えます。

現行の日本の地方自治制度(憲法展第8章、92条、93条、94条、95条)というのは、全くもって、噴飯(ふんぱん。食べた口の中の飯を噴出すこと)ものです。

伝統的な日本の地方部族社会ごとに在ったはずのそれぞれの伝統的な「寄り合い」を、無理やり、近代社会(a modern モダン) の骨格の一つである「自治」(セルフ・ガヴァニング)へと横滑りさせるように導入して、伝統的な部族社会(村・落共同体)の上から、「おらが村さの」、「村(そん、むらではない。)の「町(ちょう)」の役場(やくば)を、衣替えして、「地方自治」という衣(ころも)を上からかぶせました。

その全国3000市町村を、今、急激に1000個まで減らそうという「市町村合併」政策を推進中です。これも長期で見れば、なし崩しの道州制への布石でしょう。今回は、どこの町村も、「おらが村の、部落の、地域の、長い慣(なら)わしと伝統が・・・」とは言わないようだ。言い出そうとしてもとても言い出せる雰囲気ではなくなった。

それよりも、大規模合併浄化槽の導入とか、三市町にまたがる共同ゴミ処理施設(高い煙突と四角形の巨大プラント)の推進の実績とかを根拠にしての「無理やり合併」に、住民たちもうなずきつつあるようだ。総務省(旧自治省)と県庁からの、合併推進のご褒美としての補助金(サブシディ)と、地方債の特別起債許可、が与えられている。

私が、日本の敗戦後の、明治期に導入された中央集権型ではない、地方自治政府(ローカル・ガヴァメント)という制度を噴飯ものだと思う理由は、以下のとおりです。

まさしく、敗戦後に自治省という形で、戦前の強大な内務省(インテリア・デパートメント)の解体後の生き残りに、仕方なく分け与えた、ニューディーラー=グローバリストたちのこの属国支配の知恵と、その制度いじくりの限界として、今、私は冷酷に測定しようとしています。

日本の旧自治省である総務省が、今、むっくりと起き上がって、戦前の内務省( interior department インテリア・デパートメント)に復権しようとして、アメリカの支配圧力に柔軟に、かつもろもろの奇策を使って抵抗しながら、着々と自立、独立の動きを示しています。私はこの動きを歓迎し応援しています。・・・ただし、こういうことを私がここではっきり書くと、総務省の自立戦略に邪魔になることを私は少しだけ、おそれます。

グローバリストの手先たちの中の少しだけ頭のいい連中(大半は、生来、愚鈍な者たちだから、構わないのだが )がピンときて、自分の親分たち( Japan handlers ジャパン・ハンドラーズ、日本管理対策班)に御注進(いいつけること)に及ぶことを警戒します。しかし、総務省の官僚たちは、そうこうことはおくびにも出さないで、淡々とこの仕事を続けるでしょうから、構わないのですが。

それで、アメリカのグローバリストの支配が、この先、最低でも、30年間は続くだろうと、見て、それで、東京の中央政府は、とてもではないが、アメリカの圧力には抗しきれなくて、首に縄をつけられるように、国民の資金を奪われ(まさしく貢献し)、派兵させられて、国際平和活動いう名の軍事人足活動に、他の属国群と共に、狩り出されることに、何とか抵抗する制度装置を作らなければならないのです。その制度装置は、柔構造をした、ショックを内側に吸収するような分散型の制度でなければならない。だから、それが日本の道州制(地方分権)の議論の根底にあるものだ。

それは、沖縄の稲嶺(いなみね)保守県政の県知事の、アメリカ政府との交渉の凄さにかいま見える。「15年後に米軍が撤退することを条件に、普天間(ふてんま)の米海兵隊(マリン・コー Marine Corps )の攻撃用のヘりコプター大隊の基地を移築する」というような、アメリカ政府にしてみれば、顔をそむけたくなるような交渉を続けている。アメリカ政府は、東京の政権政治家たちを脅して黙らせて、首に縄をかけて引きずりまわすことはできる。しかし、沖縄の県知事(基地のある沖縄原住民たちの代表)に対しては、そういう強硬な手は使えないのです。

だから、日本が道州制にして、7つの州の政府にそれぞれ大幅に自治権を与えたら、日本国全体の意思を決めることが手続き面で困難になる。そうすることで、日本が重要な決断を出来にくくする、というサボタージュ戦略で、国家としての重大局面で生き延びる、ということが出来るようにする。こういう深慮遠謀もあるのです。こういう幾重にも練られた国家戦略の提示もあるのです。

ただし、大前研一氏は、ドイツの現行の各州(ラント)の寄せ集まりの連邦制国家が、占領軍となったアメリカが、ドイツの国力の復活を阻止するために、「国家を八つ裂きにした」という制裁措置でもあった、という観点には気付いていない。私、初めからこの視点を重視しています。

その他、もろもろ道州制(地方分権)についても私は、たくさん言いたいことがあります。しかし、今日はこれぐらいにしておきます。

吉田さん。どうか、ご自身の実り多い政策提言の活動を今後もお続け下さい。そのうちに、どこかで私たちの接点が生まれるでありましょう。その時は、今のヌケサクの馬鹿大学教授どもが雁首(がんくび)を並べているだけの、各省の審議会で、かれらを追い出して、私たちが席を堂々としめて議論しましょう。ただしその時は、かなりの国家危機(=国難)が眼前に迫っている時でしょう。その時に平然として仕事が出来るように、今のうちから、副島国家戦略研究所(SNSI)も実績を積み上げたいと思います。ごきげんよう。

副島隆彦拝

(転載貼り付け終わり)

副島隆彦拝


2002/12/27(Fri) No.01


(転載終了)

> ただし、大前研一氏は、ドイツの現行の各州(ラント)の寄せ集まりの連邦制国家が、占領軍となったアメリカが、ドイツの国力の復活を阻止するために、「国家を八つ裂きにした」という制裁措置でもあった、という観点には気付いていない。私、初めからこの視点を重視しています。

個人的には、この部分に注目したいです。

以下のHPにも、上記転載のぼやきが省略されずにまるごと掲載されています。
     http://members.jcom.home.ne.jp/dosyu/
           の「副島隆彦氏から」のページにありました。

以上


[1679] 池田大作と渡部通子議員“マッサージ事件”は国会会期中だった 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/07(Thu) 19:15:29

『週刊宝石』1981年12月12日号から貼り付け

(貼り付け開始)

渡部通子

池田大作と渡部通子議員“マッサージ事件”は国会会期中だった
「師弟」を越えた関係が――法廷で明らかにされた“池田スキャンダル”

「フェラチオ」「素っ裸」といった刺激的な言葉が次々と飛び出す”隈部裁判”でまた新事実が。国会の会期中に渡部通子議員が日蓮正宗の本山で池田氏の
マッサージをしていた――と原島元教学部長が証言したのだ。幹部の留守宅の風呂に入るという証言も出て……。

――渡部通子さんと池田(大作)氏との関係で、とくに記憶していることはありますか。

証人 あります。昭和47年の7月ごろ、大石寺(日蓮正宗の総本山)の雪山坊(せつせんぼう)の池田先生の部屋で、渡部通子さんが先生のマッサージをしていたのを記憶しています。が、むしろより強く私の記憶に残っているのは、昭和32年の1月2日か3日に、池田先生がごく親しい人を自宅に呼んだときのことです。
その日、午後4時か5時ごろ私は兄と池田先生のお宅に伺いました。渡部通子さんは午後7時ごろやって来ました。
先生は本がぎっしり詰まった部屋にいて、霧島昇の「愛染かつら」を目をつぶって聞いていました。”花も嵐も踏み越えて行くが男の生きる道”という歌です。そして、「男はこういうふうに生きなければ……」と言うと、通子さんと奥の都屋に入って行きました。ふすまが半分開いていたので、二人の姿ははっきり見えました。
池田先生はあお向けになっていて、通子さんは胸や腹のあたりをさすっていました。やがて先生は、「そうか、通子は私が好きか」と言い、私に「人間の心には、どうしようもないものがあるんだよ。こういうことを覚えておけ」と言いました。
そこで私たちは玄関に近い部屋に行って、そこにいた池田先生の奥さまに挨拶して帰りました。

――ただならぬ関係と察知したわけですね。

証人 そういうことです。私は当時、まだ高校生でしたが。

東京地裁702号法廷。創価学会元教学部長・原島嵩氏の爆弾発言を期待して水を打ったような静けさ……と情景描写したいのだが、何となく緊張感を欠いている。
というのは傍聴人の大半が創価学会員。彼らは池田名誉会長の名誉を守るため”法廷ジャックを図ったが、なかには居眠りをする者もいたからだ。11月25日、この日も傍聴券21枚のうち17枚が創価学会関係者で占められたとか。

本題に入る前に、この”創価学会裁判”の要点を整理しておこう。

一言で言えば、隈部大蔵氏が昭和51年3月号の『月刊ベン』誌上に、「池田大作氏のお手付き情婦に、公明党女性議員のT子(多田時子元衆院議員)とW子(渡部道子現参院議員)がいる」と書いた事実が、真実かどうかが争点。

なにせ池田大作氏は、日本最大のマンモス教団・創価学会のボスで、1千万(?)会員の精神的支柱。

しかも公明党の生みの親でもあり、政治的社会的にも大きな影響力を持っている。

その池田氏の女性問題は当人のプライパシーを越えた、きわめて公共性、公益性にかかわる問題というのが隈部側の主張。

相手の女性も国会議員だったとなれば、なおさらというわけだ。

というわけで”池田大作の下半身”というポルノチックなテーマも法廷で延々と審理されているのだ。

”公人”池田大作氏と渡部通子参議院議員の”ただならぬ関係”については、以前、証言台に立った学会関係者の小沢よねさんと飯野ナミさんも述べている。

「昭和29年の秋、松鳥家の3畳間で、パスタオルを持った松島通子さん(現姓・渡部)の前に、池田大作さんが素っ裸で立っている。のを見ました」

ちなみに、池田氏の香峯子(かねこ)夫人は、昭和30年1月28日に次男の城久氏を生んでいる。小沢さんと飯野さんが池田氏の”フルチン”を目撃した昭和29年の秋と言えば、香峯子夫人は妊娠5〜6ヵ月、池田氏はご不自由な思いをなさっていたわけで、そう考えると渡部通子さんとのそれも。いっそう真実昧が増してくる。しかも、通子さんが生んだ長男の名が、池田氏の二男と同
じ城久だというから恐れ入る。
さて入りくんだ話はこれくらいにして、原島証人と弁護士の一問一答を初めから紹介しよう

――創価学会の施設の中には、池田氏の専用施設があって、そこには池田氏の世話をする女性がいた、ということですが。

証人 はい、おりました。

――その女性の数は。

証人 20人くらいです。

――それは専属ですか。

証人 そうです。

裁判長 施設ごとに分担が決まっていたのですか。

証人 それもあります。また第一庶務の女性ということもあります。――

前回、原島証人は、上田雅一副会長から「第一庶務には、いわゆる第一庶務と本当の第一庶務がある。本当の第一庶務とは池田さんと肉体関係があった女性たちだ」と聞いたことを証言している。

――はっきりした女性がいればあげてください。

いよいよ池田大作氏の身辺の”世話”をしていた女性の名前が出る……というので、法廷のごく一部が緊張。
すかさず、検察官が異議申立て。裁判長も”一般的”な接待係に留めるようにというようなニュアンスの注意。
そこで弁護人は、質問を冒頭で紹介した渡部通子さんに関する内容に変え、そして――

多田時子――多田時子さんと池田さんとの記憶は。

証人 (池田氏は)多田省吾氏に対しては、「未来の総理大臣だ」と言ったりするように、一目置いていたくらいなので、結婚後は(そういう関係は)なかったと信じています。ただ結婚前、湊時子と名のっていた当時は、池田先生の夫人のようにデパートヘ先生の買い物に行ったりしていました。本部の女子職員は、そういう二人の関係を羨ましがっていました

幹部同士で密かに話し合われた池田氏の女性関係

このような証言が午後2時半までつづいた後、20分間休憩。

学会の教義に関する応答がしばらく続いたのち弁護士が「今日の出廷に際して何か妨害はなかったか」と質問。

原島氏は、実兄の家に辻(武寿)副会長が訪ねてきたことや、その翌日、実兄が原島氏を訪ねて、「お前が証人に出ると、肉親が(学会の)本部職員としていられなくなる」とか、「どうしても出廷するなら母を殺してからにしろ」などと哀願されたことを告自(現在母親と兄、弟が本部職員)。

そして、10月26日の出廷の際の出来事を、苦痛に満ちた表情で、感情を抑えきれないような上ずった声で話し始めた。

証人 26日に出廷することで周囲の人たちに迷惑がかかると思い、私は24日に家を出てホテルずまいをすることにしました。25日、兄に私の心情を話しておこうと電話をすると、兄嫁が出て「お母さんの心臓が急に悪くなったので、すぐ家に帰ってください」と言いました。

私は気が動転して、すぐ家に電話をしました。すると母が電話に出て、「嵩の顔が見たい。すぐ帰ってくるように」と言うのです。驚いて、「知り合いに頼んで、すぐに救急車を行かせるから」と言うと、とたんに母ま「もう心臓はよくなった」と言いました。――

自分の親兄弟まで巻き込んだ今回の証言の内幕を語る原島氏の目には、うっすらと光るものが浮かんでいるように見えた。

このあと”区会議”と称する最高機密会議の様子が語られた、が、これといった目ぼしい証書はない。午後4時を回ったころになって、ようやく池田氏の女性スキャンダルに関連した証言が出て来た。

――さきほど、昭和47年7月、大石寺の雪山坊で、渡部道子さんが池田さんのマッサージをしていたというのは、国会の開会中のことではないですか。

証人 そうです。(池田氏は)国会の開会中でも、渡部通子さんを連れて歩くことはよくありました。
これが公明党議員ではなく、他の政党の議員だったら大問題になるところだ。だが、公明党の議員は、「自分たちが政治家になれたのは、池田先生のお陰」「政治家になったのは、池田先生を守るため」という強い意識でこり固まっている。渡部通子さんが国会会期中に池田氏のマッサージに駆けつけるのは公明党議員としては何ら不思議はないらしい。しかも”ただな
らぬ関係”があったとなれば……

――証人は昭和47年に寝込んだことはありませんでしたか。

証人 ありました。11月2日から、狭心症の疑いと糖尿病で慶応病院に入院しました。

――入院直前に、池田氏の件でだれかと話したことは。

証人 11月1日の夜10時ごろ、上田雅一(現副会長)さんが私の家に来て、池田先生の女性関係の乱れを告げ、具体的な名前を挙げて話してくれました。

――上田さんはそのことを、どういう目的であなたに語したのですか。

証人 自分の苦悩を知ってほしかったのだと思います。(池田氏の女性関係の乱れは)上田さんの身辺にかかわる問題だった、からです。

というのは、上田さんの奥さん(京子夫人)のことです。池田氏は、上田さんがいないときに上田さんの家に上がって、お風呂に入っていく、というのです。そんなことがあってから、上田さんの家の洗濯物が次第に派手になりました。上田さんの家の洗濯物は、私の家からよく見えるのです(なぜ、池田氏が風呂に入りに来るようになってから洗濯物が派手になったのかは、不明)。

そういうことを聞いて、私は非常に苦しみ、翌日倒れて救急車で慶応病院に運び込まれました。

原島氏は前回も、箱根研修所の池田氏の寝室で、池田氏の浴衣のすそに赤い紅がついているのを、上田氏と見たことや、その上田氏が、「実は女房(京子夫人)は、口紅と体液が付着した下着を洗わされていたんだ」ともらしたことを証言している。

上田、原田両現副会長が挙げた女性の名前が一致

しかし、夫人しかいないところへ池田氏が風呂に入に来たとなると、さぞ上田氏、悩みも深刻だったろう。

――その後、上田さんの話をほかの人に打ち明けたことは。

証人 昭和47年の暮れに、原田稔第一庶務課長(現副会長)に話しました。原田さんも池田先生の女性関係の乱れを知っていて、何人かの女性の名前を挙げました。その名前は、上田さんの挙げた女性の名前と一致していたので、私は池田先生の女性関係の乱れについて、本当なんだなと確信を持ったのです。

――なぜ、そういう話をしたのですか。

証人 池田先生の女性関係が外部にもれると困るので、それらの女性のうち、どの人が口が堅く、どの人が口が軽いかを話し合い、口の軽い女性のことを原田さんにお願いし、なんとか池田先生を守ろうと思ったからです。

――ほかに、そのことを話したことは。

証人 昭和48年の1月、ホテルニューオータニの一室で山崎正友氏(当時顧問弁護士)と話したことがあります。そのとき山崎さんは、「私はそんなこと信じないよ」と言いましたが(池田氏の下着についていた)、口紅のことは知っていたようです。

――なぜ山崎さんに、そのことを話したのですか。

証人 私はそのころ体の調子が悪かったので、山崎さんに池田先生を守ってもらおうと考えたからです。――

とまあ、こんな具合で閉廷したが、前回に此べ弁護側の突っ込みに甘さが目立った公判だった。それにしても、原島証言で名前が出た上田、原田両副会長の口から、率直なところを聞いてみたいところだが、現在の創価学会という組織の中にいる人物では、それも無理な話だろう。

(貼り付け終了)


[1678] ホッブズ問題 2 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/07(Thu) 02:01:32

皆さん、こんにちは、小山 みつね です。

前回の続き。

(転載)
http://www.law.keio.ac.jp/~popper/ainoue2.html

(4)二つの義務理論? 〜オークショット説を手懸かりに
 ワトキンスがみたように、ホッブズが『リヴァイアサン』を執筆した時代背景として、当時の混迷極める内乱状況を無視するわけにはいかない。当時、国王と議会の大権をめぐる対立[田中【1982】7-22頁]や、ヨーロッパ大陸を蹂躙するコンフェッショナリズムが政治的対立にまで発展し、ピューリタンたちによる内乱が「万人に対する万人の闘争」という戦争状態を引き起こしていた[福田【1985】308-310頁]。ホッブズが政治哲学として抱えこんだ課題というのは、まさにこうした現実の内乱を解決するというものであり、そのために政治の本質を明らかにする困難な作業を引き受けたのである[福田【1985】316-317頁]。この危機的状況、例外的状況を直視したホッブズを、すぐれて存在論的な抗争関係、対立関係を政治の本質として捉えた偉大な政治思想家としてみなしたのが、政治は危機状況にあたって友と敵とに区別する現実主義的決断においてあらわれるのだと主張したC.シュミットである。シュミットによれば、ホッブズは敵の具体的実在性を念頭に置きつつ、保護と服従の連関という相互関係を人々に再認識させることに、『リヴァイアサン』の本来の目的があったという[シュミット【1970】60頁、80-81頁]。「ホッブズがこの真理(保護と服従という連関の根本命題−筆者註)を体験したのは、内乱の苦しい時代においてであり、それというのも当時は、安穏無事の時代にあっては、とくに政治的現実に対して、目をおおうために利用された、あらゆる合法主義的・規範主義的幻想が消え失せたからなのである。」[シュミット【1970】60頁]したがって、ホッブズが『リヴァイアサン』の執筆の契機自体、こうした危機的、例外的状況のたまものであったとみることができよう。ただ、この側面のみを突出させて議論するのは、幾何学的論証によって政治哲学を展開したホッブズ像を捨象してしまうことにならないか。つまり、抽象レヴェルで合理化された論理的問題を、すなわち、コモン・ウェルスの創出という発生論的問題を、一般的に論証しようとするホッブズのこの側面を否定するわけにはいかないのではないか。
 オークショットは「分裂?」とみなされるこの二つのホッブズ像を、「二つの義務理論の混在」として浮かび上がらせる[オークショット【1988】338-339頁]。つまり、『リヴァイアサン』には二重の目的があり、第一の目的は、「彼の全般的哲学の教義および彼の人間観と調和するような義務理論を示すこと」であり、第二の目的は、「当時の思想と行動の無政府的傾向に対して戦うために、その同時代人たちの国家的義務がどこにあり、なぜそこにあるのかを彼らに示すこと」である、とオークショットはいう[オークショット【1988】342頁]。殊に後者に関しては次のような説明がなされている。「当時の政治理論のイディオムと語彙の中で組み立てられなければ成功の見込みがなく、それだから、斬新な点を(たとえあっても)道徳的行為についての当時の偏見に同化してしまうドクトリンを提出する」のが、後者の目的であるというのである[オークショット【1988】342頁]。したがって、後者の目的を果たそうとすれば、内乱の当事者であるピューリタンに理解できるかたちで道徳的義務を語らねばならず、少なからずそれは有神論的性格を帯びてくるだろう。当時の自然法理論を若干修正したうえで、平和の条項19項を定言的命令を伴う自然法として描くのは、こうした事情からであることは容易に理解できることである。こうした考察から、オークショットは次のような結論を導くのである。「要するに、我々がホッブズの著作の中に重要な矛盾を単なる混乱として説明するか、あるいは巧まれた曖昧さとして説明するかを選ばなければならないとしたら、私は後者の方がもっともらしいと考える。」[オークショット【1988】342頁]さらに、オークショットのユニークだが卓抜な解説は、前者を「玄人向け」、後者を「一般人向け」として位置づけるにまでおよぶ[オークショット【1988】342-343頁]。つまり、ホッブズの人為的・唯名論的な国家観にも耐えられる、強靱な頭をもった人に対して語られるのが前者であり、後者は、当時の道徳的なイディオムで語らなければ理解できない内乱当事者たちに向けられたものなのである。この解釈は、先の「分裂?」問題を、「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」のように「亀裂」としても、ワトキンスのように過度の「一貫性」としても捉えない姿勢で通底されている。オークショットの政治的保守主義の思想家としてのバランス感覚の発露を、そこに垣間見ることができる。
 このオークショットのテーゼは、この「二つの義務理論の混在」を、古代中世からの貴族的な徳を重んじる態度と、それにもう期待をかけることができなくなった同時代の人間社会をみて、それを反映させた人間像、すなわち、死への恐怖の情念と理性が「聖なる誇り」に優先するmultitudeを、認識の構成要素として冷静に位置づける態度、この二つの流れの混在としてみなす解釈に帰着する[オークショット【1988】343-349頁]。
さらにオークショットは、この前者の道徳哲学者としてのホッブズこそ、ホッブズ自身の本来の思想、すなわち、個性の政治哲学を展開した真のホッブズ(!)という、あまりに存在論的な解釈を展開する[オークショット【1988】349、356頁]。しかし、ここまでくると、オークショット独自の保守主義的政治哲学があまりにもホッブズに負荷されすぎであるといえなくもないし、ホッブズの「近代思想創始者説」や「ワトキンス・テーゼ」でみたラディカルさが薄れかかってしまうように思われる。しかも、この「二つの義務理論の混在」自体、あくまで理想型的、機能的区分であるとする禁欲的な態度から、ホッブズの真の(!)側面を抽出する態度への飛躍がみられないだろうか。アリストテレスとホッブズを過度に結びつけようとするオークショットの過剰さが、ここでも顕著になっていやしないだろうか[Oakeshott【1991a】pp.118-119, n1, Oakeshott【1991b】pp.351-359]。もちろん、これはオークショットのなかではあり得ない飛躍ではあろう。ここにきてとうとう、「井上・テーゼ」を展開するときがきたのか?(笑い)

 このオークショットの「二つの義務理論の混在」はもちろん、ホッブズの思想体系を分裂としてみなさない点で評価できる。なぜなら、単純にそれを分裂としてみる方向(テイラー=ウォレンダー)、それを非分裂としてみる方向(ワトキンス)ともに、ホッブズの思想体系において両面の混在的性格がもつ微妙な連関性を、考慮外のものとしてしまうからである。これをより禁欲的に純粋に理想型的区分としてみるならば、「一般人向け」「玄人向け」という二分法がもつ恣意性を解消することができるのではないか。つまりいいたいことは、この「一般人向け」「玄人向け」を、そのまま同時代の「一般人」、「玄人」に直結させて考える(オークショットがやってしまったような)ことを避けようとの提案である。なぜなら、ホッブズの同時代の「一般人」には、オークショットが分類する「玄人」的側面がないわけではないし、「玄人」にも「一般人」的側面が確実にあるからである。このような禁欲的アプローチによって、「二つの義務理論の混在」を巧まれた曖昧さとして説明するホッブズの慧眼を、正当に評価することができるようになるのではないか。つまり、同時代的状況において、「一般人」と「玄人」の混在している性格を看取した上で、自身の政治哲学を展開したホッブズの卓抜さが、この禁欲的アプローチによって正確に把握できるようにならないか。これもオークショットが陥ったヒュブリスの罠に、私自身がはまってしまった解釈なのかもしれない・・・。


〈文献〉(分量が少ない、情けないなあ・・・笑わないでね)

※L1〜L4は、『リヴァイアサン』の邦訳の第一部から第四部までの4分冊を意味している。(水田洋訳『リヴァイアサン(一)〜(四)』岩波文庫、1992年)
福田歓一【1985】『政治学史』東京大学出版会
M.オークショット【1988】『政治における合理主義』勁草書房
M.Oakeshott【1991a】On Human Conduct, Clarendon Press.
M.Oakeshott【1991b】"Logos and Telos", in: Rationalism in Politics in Other Essays, Liberty Press.
長尾龍一【1994】『リヴァイアサン』講談社学術文庫
C.シュミット【1970】『政治的なものの概念』未来社
Leo Strauss【1952】The Political Philosophy of Hobbes, University of Chicago Press.
田中浩【1982】『ホッブズ研究序説』御茶の水書房
J.W.N.ワトキンス【1993】『ホッブズ』未来社

http://www.law.keio.ac.jp/~popper/ainoue2.html
(終了)


[1677] ホッブズ問題 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/07(Thu) 01:59:23

皆さん、こんにちは、小山 みつね です。

(転載)
http://www.law.keio.ac.jp/~popper/ainoue2.html

「ホッブズ問題」をめぐって
文責:相関M1 井上 彰

本稿は1997年12月1日に東京大学大学院の森ゼミで行われた報告です。
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(1)近代思想の創設者としてのホッブズ
 長尾龍一がいうように、今世紀前半までの有力な、日本では現在でも通説的地位を占めるホッブズ解釈は、近代思想の創設者ホッブズというものであった[長尾【1994】70頁以降]。この解釈を代表するように思われる田中浩によれば、近代政治思想としての身分を獲得するための不可欠な特徴として二つあげている。すなわち、
1)自由で平等な諸個人の同意、契約が政治社会を創造するとみなすこと
2)法の支配を一義的に考える論理で透徹されていること
である[田中【1982】4-7頁]。田中は、この二つの特徴をホッブズの国家論が創始した近代国家論の性格として描写している[前掲書]。しかも、田中は言及していないが、その近代国家論の論理的基盤となっているのは、(方法論的?)個人主義と(古典的?)合理主義であろう。では上記の解釈を、当のホッブズ自身どのように論じているかで確認してみよう。
 ホッブズが自由で平等な個人としてみなしているのは、それ以前には政治社会を構成する当事者として本格的には扱われてこなかったmultitude(多数者、群衆)である。このmultitudeが、ホッブズの人間理解において、重要な位置を占めていることに疑う余地はないだろう。ホッブズが「人々は生まれながら平等である」というテーゼを公然と主張する際には、このmultitudeを念頭においているとしか考えられないように思われる[L1、第13章]。もう少し丁寧にみると、ホッブズの理論を構成する個人は、死への恐怖という情念が、名誉心、虚栄心(vainglory)に代表される「誇り」(pride)の情念よりも優位性をもっている人間単位である。オークショットがみるように、古代から中世までの思想的伝統において、この「(聖なる)誇り」が、人間の基本的な構成要素として不可欠であるのに対して、ホッブズはそうした「誇り」を、人々を戦争状態に引き戻す害悪として、考慮無用なものと考えている[オークショット【1988】343-349頁、L2、249頁]。要するに、ホッブズが描く人間は、古代から中世までの思想においての考察対象であった「貴族的な徳」を備えた人ではなく、名誉心よりも恐怖を優先するまさにmultitudeであったといえる。このmultitudeが、死への恐怖から、理性(reason)によって共通権力を擁立する必要性を確認し、彼らの間で協定(pact)を結んでいくのである[L1、214頁]。以上から、自由で平等な諸個人を前提に展開するホッブズの個人主義は、理論を構成する人間像の転換を背景にしていることが確認されよう。
また、実定法こそ、本来の意味での法であり、multitudeに遵守すべき義務を創出するとホッブズはいう[L2、第26章]。この実定法の創造、解釈は、multitudeがその権威を承認した主権者に完全に依存し、しかも、主権者はその効力から免れている[L2、第18章、26章]。これは、J.オースティンの法命令説の先駆けであり、また、そのオースティンに多大なる影響を与えたJ.ベンサム以降の法実証主義の先駆をも意味する。つまり、国法をつくりだし、それを独占的に解釈する特権をもつ主権者の創造は、ホッブズにおいてはきわめて人為的・唯名論的過程であり、死への恐怖から喚起された理性によって、法社会秩序を合理的に構築することに相当するのである[ワトキンス【1993】265-273頁]。このように、主権者に付与された権威は、古典的三段論法で描写できるような形式論理性、および、諸個人の理性による合理的判断という実質合理性によって支えられていることが確認できる。
以上が近代思想創始者説の素描的概要である。

(2)分裂するホッブズ 〜テイラー=ウォレンダー・テーゼ
 しかし、近代思想創始者説では説明できないホッブズの側面があることは、『リヴァイアサン』に多少なりとも親しんだ者にとっては自明である。それがホッブズによる自然法の位置づけに関してであることは、周知のとおりである。それは次のようなものである。
 近代思想創始者説でみた理性は、演算規則としての、定理としての理性であり、自然状態と社会状態を合理的に比較考量する際に使用されるにすぎないものである。事実、ホッブズは理性について、「われわれの思考のしるしづけ(marking)、あらわす(signifying)ために同意された一般的諸名辞の連続の計算(すなわち足し引き)にほかならない」、と定義している[L1、85頁]。この定義からすれば、理性は、諸個人の相互信頼の契約にあたって、「そうしたほうがいいんじゃない?」という提案的、警告的役割を果たすにすぎないはずである。ところが、『リヴァイアサン』の第五章でそのように定義された理性が、第十四章以降では、道徳的義務を命令する自然法を発見する理性、すなわち、実践理性に変貌するのである[L1、214頁以降、福田【1985】327-332頁、長尾【1994】73、158、211〜220頁、オークショット【1988】315-319頁]。これをG.E.ムーアのいう「自然主義的誤謬」とみなすかどうかは意見が分かれるところではあるが、その様相を呈していることは否定できない。しかも、こうなると国法のみが法であるという法実証主義的観点と、定言的に戒律を指令する自然法の論理が衝突してしまう。このホッブズの「分裂?」を、「ホッブズの思想における亀裂」とみなし、近代思想創始者説に反旗を翻すホッブズ解釈を提示したのは、A.E.テイラーとH.ウォレンダーである。これは今日では総称して、「テイラー=ウォレンダーテーゼ」と呼ばれていて、それは次のようなものと一般に説明される。
 ホッブズの体系は、近代思想創始者説にみられるように、死への恐怖という情念と計算的な理性をmultitudeという一般的人間像において見出し、それがいかに共通権力を創出するかについての論証体系である。そして、その体系は、要素還元主義の先駆をなす「分解−再構成的方法」で、幾何学的に論証するかたちで展開されているとふつういわれている[ワトキンス【1993】82-113頁]。それに対しテイラー=ウォレンダーは、このホッブズの側面は、渡仏した際にガリレイやデカルトの合理論に魅了された結果、後から付け加わったものであるとしている[長尾【1994】158-161頁]。つまり、ホッブズの政治思想、倫理思想は、それ以前に形成されており、ホッブズの真意はむしろ定言的な自然法を明確にすることであったというのである。その定言的性格をもつホッブズの「倫理的教説」は、テイラー=ウォレンダーによれば、神が命じたものであるが故に義務的となるという意味で、極めて有神論的な性格をもつものである[ワトキンス【1993】194-196頁]。ホッブズが信仰心を内面的に問えないとしていることや、人間の無知さが宗教を生むと主張する[L1、第12章]が故に貼られる無神論者というレッテルは、それがユークリッド幾何学に魅了されたホッブズの偽装であることを見抜かない点で間違っており、彼は敬虔な信仰者であることは疑う余地もないという。したがって、自己保存の原理から演繹される「動機の体系」と神の意志たる自然法への服従の義務を論証する「義務の体系」の「亀裂」は、前者が後に付加されたことに起因するのであり、後者こそホッブズ思想の真髄であるとこのテーゼはいうのである[ワトキンス【1993】151-152頁]。こうなると、ホッブズの法理論の位置づけも、神の命令する自然法に拘束される実定法としての性格があらわになることから、伝統的な自然法理論の流れのなかで再編されなければならなくなる[ワトキンス【1993】146-149頁]。以上からして、「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」が、紛れもなく近代思想創始者説に対する反革命であることが理解できる。
 このことは、ホッブズ自身が、全自然法の要約ともいえる第二の自然法において、「他人が自分に対してしてくれるように、あなたがもとめるすべてのことを、あなたが他人にたいしておこなえ」という「福音の法」、「あなたに対してなされるのを欲しないことを、他人に対してしてはならない」という「人間の法」として説明していること[L1、218頁]や、『リヴァイアサン』第三部第四部の宗教論との関連から考察すると[L3、L4]、確かに説得力のある議論であるように思われる。また、政治学説の輪郭が渡仏以前に定まっていたことから、ホッブズの自然科学的手法は後から付加されたものであるとする議論が検証されるかもしれない[Strauss【1952】pp.5f]。しかし、だからといって、ホッブズの人間理解や自然科学的手法の積極的意味が剥奪されることは正当化されるのだろうか。「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」と矛盾するホッブズの言説、たとえば、無知が宗教を生むというホッブズの宗教観[L1、第12章]や、主権者の権威がもつ絶対性[L2、第18章]、また、契約や承認なきところに本当の意味での法も義務も存在しない[L2、第26章]等の言明についても、彼らがあげる渡仏時期の証拠でもって「ホッブズの真意ではない」と高唱してしまっていいのだろうか。実際、ワトキンスはこの証拠がとるにたらないものとしてL.シュトラウスの仮説を棄却している[ワトキンス【1993】47-81頁]。だが、「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」を信奉する者にとって、そのような「反証」は意味をなさない。否それどころか、ホッブズの真意を歪めるものとして逆にばっさり切り捨てられるだろう。彼らにとって、このテーゼが依拠する渡仏時期の証拠こそが揺るぎがたい事実であるのだがら。
 いずれにせよ、この「ドラマティック」で極めて「魅惑的」なホッブズ解釈は、上記に指摘した矛盾を矛盾ではなく「とり違え」であるとして永久に言い抜けられる、いわば、批判の免疫化されたドグマ的テーゼと化しているように思われるが、そうした外在的批判はいまはおくことにしよう。なぜならこのテーゼに対して、ホッブズ思想の研究者でもあり、記号論理学を中心とする科学哲学者でもあるJ.W.N.ワトキンスが行っている内在的批判のほうが重要だと思われるからである。

(3)一貫するホッブズ 〜ワトキンス・テーゼ
 ワトキンスは「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」に真っ向から対立する解釈を対置する。それは、彼がホッブズの思想体系をテイラーらのように「亀裂」とはみずに、その全体像を一貫性をもったものとみなすからである。したがって、先のホッブズの「分裂?」は、見せかけのもので、ホッブズの人間理解、自然科学的手法と自然法の議論の間には一切の矛盾はないとされる。詳しくみていこう。
 ワトキンスによれば、ホッブズの政治哲学の構成は、バドゥア学派の方法論に影響を受けた、「分解−再構成的方法」が基礎になっているという[ワトキンス【1993】82-113頁]。つまり、認識対象をいったんある理想化された構成要素に分解、還元し、それをもう一度再構成しようとする方法である。しかも、この構成的方法は、認識対象に発生論的性格を付与し、ある種の思考実験を伴うものとなる。したがって、「かれ(ホッブズのこと−筆者註)が『リヴァイアサン』によって描くのは、混乱した政治体の錯綜した歴史(記述)ではなく、健康な政治体の合理化された歴史(記述)なのである。」[ワトキンス【1993】112頁]とすると、そこで描写される人間には二重の意味を担わされることになる、すなわち、方法論的にコモン・ウェルスを構成する素材としての人間と発生論的にそれを創造する創造者としての人間である[ワトキンス【1993】122-123頁]。この方法論的、発生論的な二重の意味をもつ人間に対して、先述したようにホッブズは、死への恐怖という自己保存の情念が支配的なmultitudeを投影し、それを心理学的原理として論理的に前提とした上で(方法論的−人間)、そこから理性でもって演繹的抽出できる自然法を導出する(発生論的−人間)。つまり、ホッブズの方法こそが、ホッブズ政治哲学の提唱する自然法の性格を決定するのである[ワトキンス【1993】139頁]。そうなると、自然法の性格は、ワトキンスがいうところの医者の患者への勧告のようなもの[ワトキンス【1993】132頁]、すなわち、自己保存と侵害を回避する目的をもつ実然的仮言的命令[ワトキンス【1993】140頁]にすぎないものとなる。道徳を合理的に利己心に還元するカント的なカテゴリーを用いれば、自然法はなんらホッブズに「亀裂」をもたらすものではない、とワトキンスは強調する[ワトキンス【1993】142-143頁]。このような見解は、明らかにテイラーらの解釈と対立するもので、ワトキンスはその対立点を4つに分類し整理している[ワトキンス【1993】145-146頁]。表で示すと、以下のようになる。
〈表〉ワトキンスVSテイラー=ウォレンダー
ワトキンス テイラー=ウォレンダー
ホッブズの考察の出発点 個人の欲求 神の命令
自然法の解釈 規範の論証→宗教的熱狂主義者 神の不可知性と神の命令説
道徳的規則は自然
状態に存在するか? 存在しない 存在する
ホッブズの体系は
一貫しているか? 一貫している 一貫していない
ここで興味深いのは、ワトキンスはホッブズの思想体系の一貫性からすれば当然仮言的になる自然法が、なぜテイラーらのみる神的、道徳的性格を装っているかについてのワトキンスの説明である。ワトキンスによれば、ホッブズが神=自然の作者として自然法を描いた理由として、あらゆる種類の信仰者にとっても強制力を有する議論にするためであったことをあげている[ワトキンス【1993】160-161頁]。つまり、ワトキンスの解釈によれば、「ホッブズが、自然理性の指示は神によって命令されたものであると述べたのは、非信仰者に対してではなく、過度の宗教的熱狂主義にとりつかれた人々に対してであった。」[ワトキンス【1993】163頁]したがって、この解釈からすれば、この宗教的熱狂主義者に向けての自然法を、ホッブズの真意だのと吹聴する「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」の方こそ、ホッブズの真意を歪曲化するものとなる。

このワトキンスの「テイラー=ウォレンダー・テーゼ」に対する反駁は、一定の留保条件をつければ大方成功しているように思われる。たとえばその反駁の成功は、ホッブズが自然法の検査が容易にできることを語るとき、確固たるものとみえてくる。ホッブズが自然法の全要約した先ほどの「福音の法」「人間の法」を、「他の人びとの諸行為をかれ自身のそれと秤量するときに、かれらのそれのほうが重いように見えるならば、それを秤の他方にまわして、彼自身のものをかれらの場所におき、かれの自身の情念と自愛心が、なにも重さをくわえないようにせよ」[L1、254頁]という意味で捉え、しかも、「そうすれば、これらの自然法のうちのどれひとつとして、かれにとってひじょうにもっともだ(reasonable)とおもわれないものは、ないであろう」[L1、254頁]と述べていることから、ワトキンスに軍配をあげざるを得ないのではないか。それは言い過ぎにしても、少なくとも、この側面がホッブズの真意でないとする見方は、やはり無理のある解釈だと宣告せざるを得ないだろう。しかし、一方でワトキンスの説明では、自然法の有神論的性格に消極的な位置づけしか与えられていない点に疑問が残る。たとえば、ホッブズの神的・道徳的体系を、「自己保存の原理に基づく仮言的命令からなる自然主義的体系の色あせた反映」[ワトキンス【1993】159頁]でしかないというのは、言い過ぎであるように思われる。また、宗教的熱狂主義者に向けて訴える自然法の有神論的側面が、ホッブズ思想の積極的な側面ではないとする洞察も、ホッブズの思想体系の一貫性に拘泥するあまり、その面に対する配慮に幾分欠けてしまったのではないか。せっかく、ピューリタンのイデオロギー論争が権威の「分裂?」を引き起こし、それがまさに内乱状態に陥る原因となっていることをホッブズが冷静に観察していたとしているのに[ワトキンス【1993】26-31頁]、その事実がワトキンスの中で矮小化されてしまっているように思われる。全体的には「ワトキンス・テーゼ」に同意するが、一貫性にこだわりすぎた陥穽を指摘せずにはいられない。この点をカバーするホッブズ解釈が、われわれの課題となっていくだろう。

(続く)


[1667] 『三国志』は正しく使って下さい 投稿者:ロシアチョコレート 投稿日:2003/08/05(Tue) 23:42:32

『THEMIS』2003年8月号のP72から貼り付け

(貼り付け開始)

脱会者や批判メディアを罵(ののし)る
『聖教新聞』が大新聞と自負する「滑稽さ」

「ダイモクンV」を使って祈念

前号(’03年7月号)で池田大作創価学会名巻委長の健康不安説を伝えたが、池田氏は6月12日、東京・千駄ヶ谷の創価国際友好会館に姿を見せた。この日は第28回本部幹部会と第6回全国婦人部幹部会を兼ねた注目の会合だった。

創価学会に詳しい関係者がいう。
「この本部幹部会の直前になって『池田先生の病状について』という文書が関係者にバラ撒かれた。このなかで、池田氏の病状は『右半身不随でしびれもあり、ペンも持てない状態』と説明されていた。それだけに全国の創価学会員も池田氏がこの日の本部幹部会に出席するかどうかを、固唾を呑んで見守っていた。すでに学会幹部のなかには池田氏の病気治癒について”お題目”を加えている者もいる。すぐに生死に関わる重病かどうかは別にして、池田氏の体調がすぐれないということは、いまや学会員の”共通認識”だ」

創価学会員が使っている学会グッズのなかには「ダイモクンV」といわれる機械がある。題目を何回説えたかを簡単に数えられる計算機で、かつて流行したタマゴッチのような形のものだ。学会の象徴である赤黄青の3色のボタンの操作にしたがって「ガンバレ!」「ヤッタァ!」などのフレーズが出る仕組みだ。「池田先生のご病気が治りますように…」と、学会員はいま一丸となって題目を上げているのだ。

その甲斐あってか、6月12日、午後1時から行われた本部幹部会では池田氏が約23分間のスビーチを無事にこなしたという。池田氏は側近たちに「迂闊に風邪も引けないなあ。私にも休ませてよ」と軽口を叩いたというが、機関紙『聖教新聞」に掲載された写真は、なぜか池田氏を斜め後方から撮ったものだ。いつものように、真正面から堂堂と演説している写真は1枚もない。

月光部隊メンバーの1人はいう。
「池田氏は元気な姿を見せようとして精一杯演説したが、かなり咳込む場面もあった。また、頬はひどく痩せこけ、顔はどす黒い感じだった。健康不安説はいまだに消えていない。池田氏が強調したのは、これからは青年部の若手や婦人部の女性たちの時代だということで、学会の世代交代を意識した発言が目立った。最後は婦人部の愛唱歌で池田氏を賛美する「今日も元気で』を全員で合唱したが、その後、会場のあちらこちらから『先生、先生!』と、池田氏を励ます声が飛んだ。池田氏の病は相当深刻なことはたしかだ」

それでも池田氏は香港でSARSSの解明を目指した研究プロジェクトのなかに創価学会女子部のリーダーが入っていたことを絶賛。東西の創価学園から医師が221人、博士が160人誕生したことを誇った。そして、池田氏は自分が2代会長・戸田城聖のために「命を捨て、自身の財産もなげうち、師匠のために戦った」からこそ、創価学会は世界的な大発展を遂げたと演説した。

池田氏はこう続けている。
「広宣流布に闘う、勇敢なる仏子には必ず中傷や非難がある。現実に、批判・中傷を受けながら、妙法を世界に弘めているのはだれか。私である。学会員の皆さまである!」

あくまで中心は池田氏自身なのだ。演説のなかではかつての日昇法主(第64世)、日達法主(第66世)らをほめ上げ、現在の日顕法主を「賊の中の賊」「悪党の中の悪党」とコキ下ろす。

『三国志』を読んでリーダーに

最近、池田氏のログセは「皆さまは全員が『広宣流布の諸葛孔明』になれ!」というものだ。つまり、創価学会員が各地域で「蜀」の軍師・諸葛孔明のようなリーダーになり、日本を治めよということだ。そのため、池田氏はマンガも含め、学会関連出版社が発行する『三国志』などを読むように、薦めている。池田氏自らが著者になっている「池田本」も含めて、毎月、学会員が購入すべき関連図書・新聞が、このところ増えているという。

なかでも、その象徴ともいえるのが機関紙『聖教新聞』である。その紙面を使って5月下旬から「『正義の言論』聖教新聞」という連載座談会が記事に
なった。その見出しでは「発行部数で読売、朝日に次ぐ大新聞に成長」「新聞制作の技術でも日本の『最先端』」を自任する。座談会ではこういう。

原田本社代表理事 現在、聖教新聞は発行部数550万部。部数でいえば、読売新聞、朝日新聞に次ぐ。堂々たる大新聞に発展した。

牛田写真局長 昭和26年に、戸田先生、池田先生のお2人が創刊された。当日は10日に一遍の旬刊だった。それが週2回刊になり、昭和37年からは週3回刊、同40年からは日刊になった。

原田 今では全国34か所で印刷され、配達員である「無冠の友」の皆さまの手によって、全国津々浦々に配達されている。
 この座談会によれば、5月22日にも聖教新聞杜の名誉社主でもある池田氏
が本社を訪れ、幹部を激励したという。
その際、「聖教の 偉大な使命の君たちよ 勝利勝利の 言論戦士と」という和歌を贈ったという。これを聞いて幹部たちが「勇気百倍です!」「これが聖教魂だ」などと、跳び上がってありがたがっているのだから呆れる。

さらに、『聖教新聞』の制作システムはパソコンで紙面制作ができる「全国紙では日本初」のものだそうで、日本経済新聞や朝日新聞、北海道新聞、大分合同新聞の制作担当者がのこのこ聖教新聞杜を見学したというのである。

別の月光部隊のメンバーがいう。
「たしかに部数では400万部の毎日新聞を抜いて、日本の3大紙に肩を並べたが、本当に『聖教新聞は”日本をリードする人間の機関紙”などと、いえるのか。いまや教義のことは二の次で、池田大作がどこどこの国から勲章をもらったとか、過去に有名人と会ったとか、”池田ヨイショ”の礼賛新聞に過ぎない。あとは、宗門や学会批判勢カヘの罵倒記事ばかり。これが、『正義の言論』とは噴飯ものだ」

座談会のなかでも「正義の言論=聖教新聞」に対し、「悪辣なデマ雑誌・捏造雑誌=週刊新潮」を徹底的に攻撃する。たとえば、こうだ。

原田 実は、広告会杜の営業マンの間でも、あそこは最低最悪の評判だ。
「『週刊新潮? あそこは暗いからな」と陰口を叩かれている始末だ。

松島 出版局長雑誌業界の人もいっていた。”出版社は信用が第一だ。そ
れが『週刊新潮』は裁判でデマ、捏造を断罪されている。こんな雑誌があると、雑誌業界全体の信用にかかわる。我々も大迷惑だ”と激怒していた。

正木総東京長 「ここ数年赤字続きで元気がない」といわれるのも道理だ、

牛田 あんまり売れないもんだから、最近は広告の活字を変えてみたりと、小手先の細工ばっかりやっているな。

正木 いよいよ「断末魔」だ(爆笑)。

「闇のジャーナリズムと太陽」

これに対し、『聖教新聞』は「20年以上の長期購読者が読者の82%」「一般紙を読むのにかける時間は平均19・7分。これに対して聖教新聞は平均32・8分」「熟読度が一般紙の2倍だから広告は550万×2倍の1千100万部の効果だ」と、強引な論理の展開を図る。彼らにとっていまや『聖教新聞は読売、朝日に並ぶ”一流紙”なのである。

座談会では『フォーカス』をはじめとするかつての写真週刊誌についても言及。「覗き見趣味」「人のあら探し」「弱い者いじめ」と断じる。そして、いまから20年前に学会の文化祭があったときに、会場に到着した池田氏の車の周りに「ハイエナみたいに」まとわりついたカメラマンについていう。

牛田 ところが、さっそうと車を降りられた先生は、威風堂々と「さあ、どうぞ! 撮ってください」。悠然とカメラのほうに向かわれた。

原田 それで連中は大慌て(笑い)。ろくろく写真も撮れずに、ジリジリと、あとずさり(大笑い)。

要するに、カメラマンたちは「闇のジャーナリズム」で、「だから太陽のような偉大な先生を嫉妬する」というのだが、当時、現場にいたカメラマンは「たしかに、池田大作が車を降りて自分の写真を撮らせたことはあった。しかし、それには前段があってわれわれが『天下の公道で写真を撮って何が悪い!』と、学会の警備員とさんざん大立ち回りをやって大騒ぎをしたからだ。池田は写真を撮る段になると、『あなたのことはよく知ってますよ』と声をかけてきた。池田の生写真を撮られることを、極端に防ごうとしてきたのは、池田側近たちである」と語る。

いまのところ、なにもかもが、池田大作1人に”収斂”されている創価学会だが、池田氏に何かあれば、突如としてこの団体は豹変するはずだ。

(貼り付け終了)

三国志田中一郎(12)=仮名= は三国志が好きだった

『週刊新潮』2003年7月24日号のP28から一部貼り付け

(貼り付け開始)

新聞では読めない
「殺す12歳」惨劇の深淵

(前略)

同級生の女生徒も「ストーカー」された

「あの子がやっぱり……」幼い頃の田中一郎(12)=仮名= を知る幼稚園の関係者は、そういって溜め息をつく。

その母子は、かつて通っていた幼稚園の関係者の記憶から消えてはいなかった。
「お母さんも、あの子も確かに変わっていました」

と、幼稚園関係者がこう述懐する。
「あの子は、自分で転んでも”○○君に押されて転んだ”と言ってみたり、すべり台の順番を守らずに横入りを注意されても、奇声を上げて30分以上泣き叫びつづけたりする子でした。その上、家に帰って母親に”みんなに仲間外れにされた”と訴えるようなこともありました。工作の時間に自分が思い通りにならないと、鋏をふりまわして暴れたこともあります。お母さんには、一郎君のそういう面を話すんですが、こっちの言うことは全然信じてくれませんでした。子供のいうことだけをすべて信じ込んで、よく幼稚園に抗議にやってきました。僅か3ヵ月ほどで、転園していきましたが……」

短期間しか通わなかった幼稚園でも、母子はそれほど強烈な印象を残しているのである。

「とにかく過保護。一郎君は足の発達が遅く、4歳の時には、まだ伝い歩きでした。だからすぐに座り込んでしまうのですが、普通なら母親が”立ちなさい”と注意するのに、あのお母さんは”大丈夫?”といって、すぐ彼をダッコしていましたね」(同)

小学校でも間題児だった。
同級生の父兄がいう。
「高学年になっても、授業中に先生に注意されると、”ごめんなさい””ごめんなさい”とパニックになり、教室を出ていったことが何度もあるそうです。また、同じ学年の女生徒をストー力ーするような一面もありました」

幼い男の子への性的なイタズラとは別に、同学年の女生徒にも彼は興味を抱いていたらしい。
「相手は自宅の近所に住んでいる女の子。咋年、その子は一郎君につきまとわれ、思い余って母親に相談しているんです」

とは、別の父兄だ。
「彼は学校からずっと後ろを尾いてくる。そして、その子が、友達の家に遊びに行く時も、買い物に行く時も、ずっと尾いていったそうです。これが何度も何度も重なるので女の子は気味が悪くなり、母親に相談したんです。また、それとは別に、その女の子の友達も、同じように、ストーカーされている。2人とも整った顔だちの子で、同じ学年。一郎君は、彼女らに関心があったようですね」

ストーカーだけではなく、一郎には、動物虐待の癖もあった。

父兄の一人がいう。
「同級生の母親が、たまたま彼が屋上から犬を突き落としたシーンを見て、大変なショツクを受けたそうです。刃物で猫の足を切っているところを見た人もいます。そのお母さんが注意したら、彼は何も言わず、逃げてしまった。今回の事件は、そういう残虐な行為がだんだんエスカレートしていった結果のような気がします」

一家が住む高層市営住宅の住民からは、異常な少年の一面がさらに浮かび上がってくる。
「よくエレベーターホールにある椅子に座って、誰かを待っているんですが、いつも時間を気にして、”いま何時?いま何時?”と、すぐに聞いてくるんです。お父さんはおとなしそうな人ですが、お母さんは身長が145センチぐらいで、小太りでぽっちゃりした人。でも、気は強いですよ。時々、あの家から奇声が聞こえてくるのを聞いた人もいるそうです」

ストーカー、動物虐待、奇声……事件は起こるべくして起こったのである。

(貼り付け終了)


[1663] 『フィリピン反乱』という記事。 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき))会員番号 1738番 投稿日:2003/08/05(Tue) 12:43:52

そして、一機に話しが飛びまして、『フィリピン反乱』という記事を、載せて、おきます。


いつもながらの、ランダム至極、ログ、転載、です。(ランダムに拾っておいたもののなかの、一つとして、これを、転載しておきます。))

貼り付け転載、開始>>>>

[フィリピン反乱] 政権内部から理解の声も

2003 年 7 月 28 日

 【マニラ井田純】マニラでの武装将兵グループによる占拠事件を受け、

大統領支持者からは武装蜂起を非難する声が上がる一方、

政権内部からも行動に一定の理解を示す発言が出るなど、フィリピン社会は

大きく揺れ動いた。


 カトリック勢力の指導者、シン枢機卿は27日、

アロヨ大統領支持の集会を呼びかけた。

これを受けて同日午後から、神父や修道女らが、01年の「ピープルパワー2」の舞台となったエドサ大通りに集まり、

将兵グループへの非難と大統領支持を訴えた。


 一方、ギンゴナ副大統領は、武装将兵らの軍・政権批判について「その主張には理もあり、耳を傾ける必要もある」と述べたうえで、「武力衝突は避けなければならない」と平和的解決を強調した。


 また、不正蓄財などの罪に問われて公判中のエストラダ前大統領は、反乱兵士を支持すると発言。

反乱兵士に対する影響力の懸念などもあり、収監先の病院から一時、国軍本部内に身柄を移送された。

以上、貼り付け転載、終わり>>>>

ちなみに、フィリピン(フィリピン共和国)=Commonwealth of the Philippinesについて、

以下に、載せておきます。


>>>>>>>>>>>>>
(国名))<<米、アメリカ、統治下、保護領のフィリピン(1935-46年)。

太平洋戦争(大東亜戦争))、で日本が作った、傀儡政権時代は 『the Philippine Republic』。

第二次世界大戦後は『the Republic of the Philippines、Philippine Republic』(以前のフィリピンの国名。太平洋戦争(大東亜戦争))で、日本がフィリピンを占領して、作った、傀儡政権の国名(1943から日本敗戦まで)。


現在(1946-)のフィリピン国名は『Republic of the Philippines』

参照『Philippines』『Republic of the Philippines』(1946年にアメリカから独立。


・・・米西戦争>>>=Spanish-American War(フィリピン領有を巡る戦争(1898年)。当初はyellow journalismが扇動したキューバのスペイン覇権紛争がきっかけ、だ!! しかしアメリカ(米))、はフィリピンのスペイン軍を攻撃したのだ!! そして、アメリカ(米))が勝利したのだ!!

プエルト・リコ、フィリピン、ハワイの覇権を、アメリカ(米))は、獲得したのだ!! 

スペインからの、独立戦争(=war of independence))、を、戦った、フィリピン英雄『Emilio Aguinaldo』をアメリカ(米))、は、利用した!!

しかし『Aguinaldo』は、アメリカ(米))、に反逆者として捕えられたのである・・(1901年)。・・・・


という、米西戦争(Spanish-American War))以降のアメリカ(米))統治下は『Commonwealth of the Philippines(1935-)』、日本占領下は『Philippine Republic(1943-)。』と、云うこと、だ!!

・・・東アジアの国。人口7500万(マレー人95%、中国人1.5%、他にネグリト人、ボントック人、イフガオ人、モロ人)。

カソリック教徒85%、回教徒5%。公用語はフィリピン語(タガログ語が基本)と英語。7000余の島から成る。面積は日本の80%。原住民はボルネオなど南方から。

中国との交易後、スペイン統治下に。

アギナルドがスペイン統治を打ち破る。

しかし、アギナルドは米西戦争で勝利した米に破れ、フィリピンはアメリカ、(米))、統治に。

1946独立、ロハス、キリノ、マグサイサイ、ガルシア、マカパガル政権。

1965マルコス政権、経済発展するが独裁に。

1983アキノ元上院議員暗殺をきっかけとした民衆暴動でハワイに亡命、コラソン・アキノ政権に。

クーデター未遂続発、政局不安でラモス政権に。政局は安定するが1990代世界バブル崩壊で経済危機。

選挙でエストラダ政権に。大統領自身の汚職、民衆蜂起で崩壊。2001アロヨ政権に。。・・・・・・


というのが、おおよその、フィリピン共和国の、概要だ。今、電子辞書、ロール、というものから、参照して、拾っておいた。


では、GO!!!




((とにかく、『反乱』というものを、CREATEするのも、GOVERNERなのだ!! もしくは、その、『反乱』ということも、世界支配者は、冷酷に利用していく。 どこでも、そうなのだ! そうやって、GOVERというものは、行われていくの、だ!!!!。。。せやろ???????)))


[1661] 『属国日本論』を、超克すべきなのだ!!つづき部分、終わり!!!! 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき))会員番号 1738番 投稿日:2003/08/05(Tue) 11:58:01

なお、日本国ということと、個人個人ということ、これも、非常に大事な視点だ。ここも、旨くバランスし、個々ということも、当然、基盤とし、やって行くべき、だ。


もう、散々の洗脳、国家からの(残念ながら今の日本国=アメリカ、中国、ヨーロッパ、の完全奴隷))、異様なまでの、束縛、干渉、からは、個々が、脱し、真の自由を手に入れ、21世紀こそ、個々が、日本国を、造って行く番だ。日本国を助ける番なのだ。


(もちろん、今まで個々人が日本国から受けて来た恩恵は、至極身に染みて、万人が強く、知るべきだ。深く深く知るべきだ。今、不況不況言っても、世界規模から見たら、まだまだお坊ちゃん、お嬢さんの、国民の国だ。国民の世間、世界、知らず。そしてトップも世間、世界知らず。


それで今まで何とかやって来たのだ。それでも、大方の国民よりは、官僚の方々、政治家の方々、やはり、優秀だったのだろう。必死で、外国の圧力、かわしたり、従ったりして、今までやって来たのだ。このことは重要だ。私は身に染みて解るのだ。


日本がこれだけ今きついきつい言っても、戦後ですら戦前ですら、バブル期ですら、バブル崩壊後ですら、必死でやって来たのだ。国民と同じなのだ。

この、『国家』ということの重み。万人誰でも強く知るべきだ。貴方がやくざでも、サラリーマンでも、フリーターでも、自営業でも、何であっても、今までの日本国、日本の国民の、過去あってこその、今なのだ。

問題多いとは言え、これだけ、豊かで、世界規模から見たら、恵まれているということ、国家という媒体あっての、個人だということ、これは、重々大事な事だから、明記して置く。

しかし、もう、その時代は終焉を迎えようとしている。官僚統制、公務員天国の終焉である。まさしく、官から、民への、時代へと、入って行く。ある意味きつい時代かもしれない。))))

誰からも束縛されず、真の自由を、手に入れる時が来たのだ。自主自立自律だ。国家に頼る時代は終わり切ったのだ。福祉、等々等、全て然りだ。

この今、時代の変革期こそ、各々がチャンスとも言えるのだ。しっかり、自己を見、社会を見、世界を見、決して行くチャンスなのだ。そう言った意味では、面白い時代とも言える。


ただ、焦る必要はない。資本主義体制・社会主義体制(これは実は双子))、両方ともやはり、人間は求めるものなのであろう。どっちが良いかは未だに実の所、答えは出ていないのだ。


しかし、日本人は、この、二個の体制を、超克し、マイナス面ゼロ、プラス面のみ、という、体制、仕組みを、提言して行くべきかもしれない。

そのように、個人個人、そして、日本国、そして、日本国と、世界、世界から見た日本、日本国内問題、世界、多々に渡り、課題は、あるものだ。


最後に、実は、最も大事なこと、を、記しておく。

・ ・・・・・・・・・・・・・・『21世紀は、日本が世界をリードする。21世紀の潜在的パワーは、この日本にあり。それを、日本人自体が気づいていない。解っていない。相変わらずの、西洋礼賛に染まっている。肝心な日本人自体がだ!!』・・・・・・が、実の所、私自身声を大にして、言いたい所だ。実の所、そうなのだ。早く日本人自体が、気づきんしゃい!!

鬼才、副島隆彦氏の言質、日本人は真に目を背けることなく、骨から<  (骨の骨から))理解した上で、そして、真の真、『21世紀は、日本が世界をリードする。21世紀の潜在的パワーは、この日本にあり。それを、日本人自体が気づいていない。解っていない。相変わらずの、西洋礼賛に染まっている。肝心な日本人自体がだ!!』を、この、真を、真から、日本人自体が、気づかなければ、ならないのだ!!真の神国! 日本! 大和! 世界一の国! 日本!! 21世紀の鍵は間違いなく、この、日本に、ある!! 肝心な日本人自体がそのこと、気づけ、世!!

ちまちましてるな! おびえてるな! 日本人らしく清清しく、瑞々しく、なお、サッパリと、行く!!   そして、強く激しく、たくましく!!!

そして、真の強さと、賢明さを、持っていこうではないか!  この、『大和』、出、来、る!!

GLOBALIST潜在の、西洋諸国も、東洋諸国も、この、日本、『大和』のみが、内包しながら、対等、対抗、駆逐、超克、導き、出来る、のだ!!


たとえ紆余曲折は、あっても、だ!! 今はあまりにの惨状であっても、だ!!


本当のこと、な、の、で、あ、り、ま、す。

肝心な日本人自身が、この、日本国、日本の、この、世界に二つとない、『大和』!! この、『美』、この、『神』、を、潰してはならない。


たとえば、日本の古来神、『天照大野神』。全てを照らす、という、意味だ。失ってないのだ。


21世紀、こそ、真に、


この日本人の手で、そう、し、て、い、く、べ、き、な、の、で、す。

この、1300年、もしくは2000年、もしくは2300年、は、そのための、準備期間、まことに軽やかな準備体操的時期、試行錯誤、迷妄期、だったのである。

これに尊敬の念を持ちつつ、われわれは、真の真、道へと、行くのである。向かって行くのである。もっと言うなら、本来の姿に、戻るのである。


廃人の時代はもう、終わり切ったのである。終わり切ったのだ!!

当たり前の正常な姿を取り戻すのである。今では大方の日本人、人々が忘れてしまった、忘れ切ってしまった、あの、姿を・・・・

誰もに元々あった、その思いを・・・・
ひとつしかない、その真実、を・・・・


まだ風と友達でいられた、あの頃を・・・


そして、そこから、真の創造が、始まって行く・・・・真の真、へと、帰結し、真の真から始まり、真の真によって、歩んで行く・・・・


私は切念、している・・


全てを受け止めながらも・・・・


少しづつでも、その方向へと、向かうことを・・・・

日本『大和』だったら、出、来、る!!!! 

実の所、『大和』にしか、出来ない!!!


私自身、信じている...........................。。。。。。。


最後の最後に、一言!



バカゲタ現代医学薬学栄養学、あらゆる民間療法、サプリメント(supplement))、健康食品(healthy foods))、あらゆる健康法(how to keep fit))、等々等、迷妄至極に、未だに、嵌ってる人々よ。洗脳されてる人々よ。『真』を、気づかない人々よ。『根源』、相対性を、超克した超越した、『根源』(=fountainhead、rootstock))を、未だに、見つめようとしない人々よ。ビタミン? カルシウム? ヨーグルト? 納豆? It’s putting the cart before the horse.It’s a reverse  the cart  and  the  horse.  It′s a very very great big non-scientific think!  You should get a brain!  Dispel an illusion!!  クソタコどもよ!!!   はよう、真の真、気づきんしゃい!!  根源を、見つめよ!! 枝ではなく、『幹』『根幹』を、見つめよ!! 科学の基礎、因果律(=principle of causality、law of causality、law of causation、physical necessity、))、を、きちんと、頭から解るべきだ! そうすれば、現代医学薬学栄養学の、如何に虚構、不毛(It’s a masquerade!  It’s a romance! It’s fictional views!! It’s so nonsense views!  It’s a poverty!! It’s  devoid of vegetation!! Etc!!!!なものであったかは、万人、解るものである!!


誰もがきちんと、生物学biology、の、生物生存の原理原則を、しっかりと、把握せよ!! 典型的属国根性の、一切、不知、無知、白稚、根源一切見ようとしない、解らない、そういった思考力でさえ、もう、とっくに退化し切っている、現代バカゲタ、白稚×100000000000000億兆超無限大の、人々よ!! 


言っとくが、あんたらに、生物学者の資格もなければ、現代医者の、資格すら、皆無,だ!!


(全て2003年、7月、31日、8月1日、打ち、ログ。3日、一部、加筆、修正、打ち、ログ。))))








・・・・・・・・・・・・・

以上、転載しました。


いやはや、この、『決然たる政治学への道』副島隆彦 さま。1994年だから、今から丁度、9年前だ!!

元本は、だ!!!


いやはや、ALLよ!!!!!!!!!!・・私自身今載せていて、鳥肌が立った・・いやはや、、私自身もしかして、とてつもなく物凄い大先生の所に、いるわけ? いやはや、、汗、汗、、



ALLよ!!!!!!!!!!!!!!この、副島隆彦氏の、文筆に敵う、日本人、著名な知識人を、誰か、掲げてみよ!!

私はいないと、断言する。。残念ながら。。


ある線において、副島隆彦氏は、1000年に一度、否や、2000年に一度、の、業績、文筆、筆誅、預言者、なのだ!!



と言って、どこに、不足あるか。?


万の、万人よ!!!!! 骨から真髄、理解した上で、果たして、どう、決するか。この、課題は重い。誠に重い。重過ぎる。

この、副島隆彦氏が、言っておられる、課題は、だ!!! 

そんな単純なものでは、ない・・・・・そんな単純にしゃあしゃあと、答えを出し、そして、明言出来るものでは、ない・・



新米vs攘夷・・・、、、、、ゆるやかにおだやかに、様子見ながら、そしてギリギリ、やって行く・・少しづつでも・・・しか、実の所は・・


・・・・cshfghjbfにk

cjんvfkんmbj・・・・

xchgjfbんjん

dgxcjkんbhkm

vjghvkjlb 



OK???????????では!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




  I DONT KNOW!  



  Do you know???  




騙し返せも、鎖国も、7:3も、自力防衛も、自主自立も、そして保護される、も、

すべてが、すべて、絶対的支配者(GOVERNER))の、意志次第なのでだ!!!・・。その、この、冷酷な、事実と言うものを、冷酷に、そして、真摯に、受け止めた、上で、「さあ、果たしてどう、決して行くか」、だ!! ぎりぎりに、でも、だ!!!!!!!!!!!!!





 
解るか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 
 未だに馬鹿げた現代・・・・・・
・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っと、ここまで、弟子!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!







  神風よ!!吹け!!   やはり、真の神国!! 日本!! 大和!! それを、私は、信じる!!!!    






 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
















SEE YOU THEN!!!!!!!!!!!!!!!!!BYE BYE!!!!!!TAKE CARE!!!!YOU've GOT A FACE!!!!  I BELIEVE ON ME!!!! GOOD-BYE!!


[1656] 『属国日本論』を、超克すべきなのだ!!い弔鼎部分 投稿者:白金 幸紀(しろがね ゆうき))会員番号 1738番 投稿日:2003/08/05(Tue) 10:21:32

副島隆彦「決然たる政治学への道」日本人のための政治学(State of Unconsciousness))2002年、8月、10日、第一刷 弓立社(この元本は、『政治を哲学する本』1994、総合法令。))


著書、画像転載開始>>>

著書、画像転載終わり>>>
 

p141〜

転載開始>>>>>>>


 

◎アジア(東洋)はどのように見えるのか◎

    

 西洋人が描くアジア人(東洋人)のイメージはどのようなものだろうか。

 ここに、一つ、格好の具体例がある。それは、映画『インディ・ジョーンズ」(原題は「インディアナ・ジョーンズ』)である。

 この映画のシリーズの中の、例えば、『魔宮の伝説』などは、アジア 人、東洋人に対する欧米人の典型的な理解像である。

 このシリーズものの映画の中では、インド北部あたりの東洋専制国家が舞台である。ある土侯の国の民衆が、奴隷労働を強制されて苦しめられている。

  その民衆を救いだす役割が、ハリソン・フォード主演のジョーンズ博士に与えられる。密林の奥や地下の洞窟の中の巨大空間の祭壇に、魔神の偶像が祭られている。

 その手前に、狂信的な呪術 (マジック)に支配された奴隷たちの群れが平伏して狂気の祈りを捧げている。

そこに、生け贄にされる囚われの白人女性が連れてこられ、危機一髪のところで大乱闘の末に白人男の英雄によって救いだされる。

この時、奴隷たち(現地の民衆)を魔術にかけていた悪者の呪い師 (マジシャンヤン)が殺されて、奴隷たちはめでたく解放されて、自分たちの部落に帰って行く。
     


・・・・


この図式が、欧米では、繰り返し繰り返し作られ、これからもずっと作られ続けてゆくだろう。


これが欧米人によるアジア(東洋)への基本理解である。そして、文明国の白人の冒険家(文化人類学者)が、抑圧されたアジアの民衆を救いだす。

この構図に例外はない、と言っても過言ではない。これは、大衆娯楽(サブ・カルチュア)である映画が持つ思想水準であるばかりでなく、欧米 の政治権力や学問などの「カルチュア(正統なる支配)」の方も、大枠ではこのような東洋理解をしている。

実は、日本の天皇も又、このグランド・マジシャン(a grand magician 大神官、呪い師の大親分)の一種だと考えられている。

             
 このことに反発を感じて、 「アジアはアジアなりに、西欧と対等のすばらしい文明を持っているんだ。

ただ、その文明を測る尺度が、西欧近代社会のものとは、違っているだけだ」という考えが出現する。


日本の知識人層は、こっちの反西欧・親アジア主義者が多数派だろう。

これを総称して文化相対主義(cultural relativism)と言う。

文化相対主義は、「文化というのは、それぞれの社会や民族や部族ごとに異なる価値尺度を持っているのである。西欧近代社会が押しつける価値尺度が必ずしも絶対的に優越するものではない という考えである。


すなわち、「文化は相対的なものである」とする。この考えを言いだしたのは、フランスの構造主義人類学者レヴィ・ストロースである。


それぞれの民族国家が、それなりに秩序と伝統を持っているのだから、西欧的価値(ウェスタン・ヴァリューズ)を押しつけてはならない」という考えである。

日本
の文部省もこれだろう。これは私が前述した、(B)民族固有価値の別称である。哲学者ニーチェあたりから始まった東洋趣味であり、現代のフランスの構造主義思想などが、「西欧思想の自己反省」や、エスノ・セントリズム論」を言い出して、広がった。
    

しかし、である。これに対して、当然、「文化絶対主義(cultural absolutism)」がある。


> 今から丁度五百年前の西暦一五○○年ごろに、西欧で、近代(modern モダン))が始まったのである。十六世紀に西欧社会で始まった近代は、「自由主義」「個人主義」「ヒューマニズム」「民主政体(デモクラシィ)」「立憲体制」「平等主義」などの要素からなる。


この近代主義 (モダニズム)は「文化絶対主義」とも呼ぶことができるのだ。


この文化絶対主義は、つきつめれば、前述した、(A)世界普遍価値(ワ-ルド・ヴァリュ-ズ)と同じものであり、これはそのまま西欧的価値観(ウェスタン・ヴァリュー
ズ)とほぼ等しい。


日本に多く棲息していたおフランス思想かぶれの知識人たちは、これらの無自覚な文化相対主義者である。


日本でフランスから輸入した「ポスト・モダン(近代のあと)」を唱えて回った浅田彰や蓮見重彦らは、自分たち自身は文化相対主義者だと思っている。


しかし、この文
化相対主義を唱えたフランス知識人たち自身は文化絶対主義者(ヨーロッパ近代、主義者)なのである。


このことのもつ悲劇性に浅田彰たちは自覚があるのか。

そもそも日本はいまだに近代 モダン)になったことはない。それなのに、どうして「近代のそのあと」(ポスト・モダン)などと言って回れるのか。彼ら「現代思想のチンドン屋」たちには、日本という文明属国の真実が遂に分からなかったのだ。
     


[1649] ホッブズ6 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/04(Mon) 16:45:48

みなさん、こんにちは、小山 みつね です。

(転載)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/2663/hobbs/3.htm
(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)

第三節 パワー(力)への意志

        

          一、オリジナルなパワーとインストルメンタルなパワー

意欲や欲求の対象をホッブズは善だとしまLた。生きていくには善をできるだけ多く手に入れる必要があります。そこでホッブズはパワー(力)を「近い将来に善と
なるものを獲得するために現在所有している手段」と定義したのです(第十章、122頁)。彼はパワーをオリジナルな(自前の)パワーとインストルメンタルな(道具的
な)パワーに分類します。オリジナルなパワーには、精神的肉体的能力の優秀さ、例えば異常な強さ・優れた容姿・深慮・技芸・雄弁・気前の良さ・高貴等があげ
られます。そしてインストルメンタルなパワーには富・評判・友人・幸運等があげられます。

 パワーは更にバワーを手に入れる手段にもなります。たとえオリジナルなパワーは少なくても、インストルメンタルなバワーで多くの人々のパワーを結集させ
て、支配することも可能になります。インストルメンタルなパワーをあまり持っていない人は、オリジナルなバワーを磨いて、それで欲求充足のための糧を手に入
れなければなりません。ただしどんなオリジナルな能力が社会的な力を発揮できるのかは、時代の二ーズに応えられるかどうかにかかっているのです。オリジ
ナルなパワーはインストルメンタルなパワーとセットになって、始めて発揮できる場合が多いのです。労働者は、労働カは持っていても、生産手段を持っていなけ
れば労働できませんから、労働力を資本家に売って、資本家の支配の下で労働せざるを得ないのです。

 逆に言えばインストルメンタルなパワーさえあれば、オリジナルなパワーはなくても、強力な社会的支配力を誇ることができることにもなります。つまりオリジナ
ルなパワーはインストルメンタルなパワーで代替可能なのです。それに個人が持てるオリジナルなパワーは身体的な能力ですから極めて限定されています。こ
れに対してインストルメンタルなパワーは無制限に所有可能なのです。

           二、バリューとプライス

 パワーは客観的にプライス(価格)によって評価されます。主観的にいくらバリュー(価値)があると思っていても、プライスが付かなければパワーになりません。
ホッブズは「人間のバリューは、他のすべてのものと同様に彼のプライスである。すなわちそれは彼の力の使用に対して支払われるであろう額である。したがっ
てそれは絶対的なものではなく、他人の必要と判断に依存している」(第十章、123頁)
と述べています。カントはプライスでは測れない人格的な尊厳を強調しましたが、ホッブズのこの議論に反撥しているのです。『論語』にも「人知れずして慍みず、
亦君子ならずや」とあります。ホッブズはオリジナルなパワーがインストルメソタルなパワーに代替され、バリューがプライスに還元される近代市民社会の原理を
クールに捉え返しているのです。

                       三、悪無限的パワー獲得競争

 根底的にはパワーは生きるパワーです。生きようとする限りパワーを獲得し、増大させなげればなりません。自分の能力や地位に応じた分相応の社会的パワ
ーに甘んじたり、パワー獲得競争から身を引いて、魂のアタラクシア(平静)やアパティア(情念没却)を求めたりするべきではないのです。

 ホヅブズは意欲は次から次にパワーを求め、死ぬまで止むことがないとしています。その理由は、現在保有Lているパワーを確保する為には、さらにそれ以上
のパワーを獲得しなければならないからです。何故ならライバルよりも強い社会的パワーを持たなけれぼ、ライバルのパワーで排除され、屈服させられてしまう
からです。競争社会では互いに凌駕しようとし合うので、減ぼされない為には、どうしても自分のパワー拡大に血道をあげざるを得ないのです。これは社会的な
力関係からくるものでして、人間の強欲や性悪の所為ではないんです。

 よく人間の欲望が無制限に肥大していくことが競争社会を産み出し、人間同志の闘争や搾取等の社会矛盾を齎したと性悪説で説明する人がいます。ホッブズ
は、人間が本性的に欲求充足の拡大を求めて、脂ぎって活動することをむしろ生命力の発現として、社会の活力として大いに肯定しているのです。「至福とは一
つの対象から、他の対象への意欲の継続的な進行であり、一つの対象の獲得は更にもう一つの対象の獲得への過程に過ぎないのである。」(第十一章、133
頁)と述べています。

           四、「万人の万人に対する戦争状態」と「平和的マナー」

 ところで皆が自己の社会的なパワーの拡大に血道をあげれば、どうしても「万人に対して万人が狼」の不安定な戦争状態になってしまいます。戦争をいつまで
も継続すれば、人類は共倒れになるしかありません。そこで人類が一緒になって、平和な統一を持った生活をすることに関する諸々のマナー(態度)を必要とする
のです。戦争から逃れる為にコモン・パワー(共通権力)に服従しようということになります。ですから「社会的服従の動機は安楽や感覚的快楽を求めることから、
死と傷害に対する恐怖から逃れようとすることから、技芸に安心して熟達しようとすることから」生じます。

 戦争の緊張と危険はそのゆとりを与えないからです。このような平和的マナーと反対に、権力拡大競争に執着することから論争・反目・戦争が起こるわけで
す。争いに繋がるものとして返済不能な債務を負うことによる憎悪、自分の知力に対する劣等感、自惚れ、野心等が挙げられます。

 ホッブズは自然状態を分析して、戦争状態に陥らざるを得ない原因を詳しく検討しています(第十三章、人間の自然状態、その至福と悲惨について)。先ず人間
が本来平等であることを指摘します。肉体的能力では個人的な差が認められますが、束になってかかったり、刃物を使えば必ずしも強い者が弱い者と戦って勝
つとは限りません。精神的能力でも時間さえかければ誰でも学問や技芸が身につくとしています。ただ自惚れが人間の平等性を信じなくさせているのだそうで
す。「自分自身の知力は直ぐ手近く見ているのに、他人の知力は遠くに見ているから」(第十三章、155頁)、自分の知カが一番だと思ってしまうのです。でも皆
がそう思っているのですから、大差がないのです。人間機械論から解釈しますと、人間は誰でも同じ機種の自動機械ですから、その性能に大差は無いということ
でしょう。.

                       五、能カの平等と闘争への本性

ホッブズはここで人間の平等を説いています。しかし民主主義思想とは直接繋がりません。むしろ人間の平等が戦争を齋す原因だと説いているのです。民主
主義思想の諸契機を分解すれば、人格の平等、権利の平等、権カの意思決定への参与の平等、基本的人権の保障等が挙げられますが、それらは有機的な全
体を成しています。人の平等を指摘することは、ホッブズの思想の近代性を示してはいますが、それを専制権力擁護の論理に利用しているので、民主的だと評
価するのは見当違いです。

 この能力の平等は、目標達成についての希望の平等を生みます。そこで皆が同じ事を意欲するのでどうしても奪い合いになってしまいます。そうなりますと互
いにライバルが何人か手を組んで自分をやっつけに来るのではないか、寝込みを襲われるのではないかと、相互不信に陥り、機先を制しようと戦争を始めるの
です。

 ボッブズは人間の本性の中に争いの三大要因を見出しました。ヽ擁を求める競争、安全を求める余りの不信、I照修魑瓩瓩觚悗蠅了阿弔任(第十三
章、156頁)。この本性によって自然状態の間は、人間は「万人の万人に対する戦争状態」(同上)から脱け出せません。とはいえ常に戦闘状態にあったという意
味ではないのです。彼の言う戦争とは戦闘や闘争行為だげではなく、闘争への明らかな志向の内にあるものなのです。戦争による欲求充足の可能性を断念さ
せるコモン・パワー(共通権力)が成立するまでは、ですから戦争状態なのです。

  自然状態である戦争状態ではおちおち働いていられません。とても田畑を耕したり、建物を立てたり、便利な乗り物を造ることなどできません。様々な知識や
技術を学んだり、発展させることもできないのです。「技術も文字も社会もない。…継続的な恐怖と暴力による死の危険とが存在し、人間の生活は孤独で貧しく、
険悪で残忍でしかも短いことである」(第十三章、157頁)このような戦争状態を終わらせ、平和に暮すために「自然法」があるのです。

(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)
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(終了)


[1648] ホッブズ5 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/04(Mon) 16:43:06

みなさん、こんにちは、小山 みつね です。

(転載)
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(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)

第二節 イマジネーションの運動としての認識過程

                     一、イマジネーションの運動一

 ホッブズは人体が認識するメカニズムを「イマジネーション」をキーワードにして説明Lます(『リヴァイアサン』〈『世界の名著』第一部、人間について、第二章、イ
マジネーションについて60頁上)。外界からの感覚刺激は、風に吹かれて水面に起こった波は風が止んでもしばらくは止まないようにイマジネーション(心像)を残
します。イマジネーションは「衰えゆく感覚」なのです。このイマジネーションは時がたつにつれて衰えていくという面から見れぱメモリィです。脳裏には様々なイマ
ジネーションが犇いているわけです。

 そしてイマジネーション自体が互いに似ているとか、正反対であるとか、継起的になりやすいとか、その他様々な連想で結びついたり、組み合ったり、離れたり
するのです。その状態が心の状態だと考えているわけです。ですから「あらゆる観念は経験から」というイギリス経験論の立場が明確に主張されています。また
イマジネーションは外的刺激によって造られ、自ら運動する主体ですから物質として捉えられています。この物質的な心的過程とは別に精神的実体があるとは
全く想定されていません。もちろんここまでは動物にも共通していますから、当然ですが。

                         二、アニマ(霊魂)の正体

  思考に関Lては「熟慮」まで動物に認めます(第六章、98頁)。脳裏で一つのイマジネーションが生じますと、それに引き続いて別のイマジネーションが生じま
す。これが連想です。初めのイマジネーションが強い場合ぱ、それに関連したイマジネーションが生じるわけです。そこに関連性が明らかな場合は「規制された
思考」と呼びます(第三章、67頁)。

 特に欲求や恐怖を伴うイマジネーションは強烈で永続性があります。かつての同様の状況が思い浮かんで、それに対処する為の様々な手段が思い浮かぶの
です。それでホッブズは、予見、慎慮、知恵、意見等を動物の能力とLて認めています。物事が行われるまでか、不可能とわかるまで継続する意欲、嫌悪、希望
および恐怖の総計を「熟慮」と言い、獣もまた熟慮すると主張しているのです。そして熟慮におげる最後の欲求が「意志」だとしたのです。こうして動物を意志的
行為の主体とLて認めました。だから動物は意志的行為の主体としてアニマを持ちます。

                三、ヴァイタルな運動とアニマルな運動

 ホッブズは動物の運動をヴァイタル(生命的)な運動とアニマル(意志的)な運動に区別しています(同上、第六章、89頁)。ヴァイタルな運動の方は血行、脈拍、
呼吸、消化、栄養、排泄等の過程です。これにはイマジネーションは不要です。これに対してアニマルな運動は意志による運動ですから、予めイマジネーション
に基づいて行います。アニマルな運動の場合は、行為を開始する前に行為の端緒になる運動がイマジネーションの連結運動として体内で行われると仮定してい
ます。この運動を「努力(effort)」と呼びます。例えば、獲物を見つけた狼が脳裏で獲物に向かっていく動作を思い浮かべます。脳裏で対象獲得動作を一応予行
演習しているわげです。つまり意志とは、動作に入る前にその動作をイマジネーションのレベルで行うことなのです。

         四、アニミズムの脱構築

何故そんな事をホッブズは考えるのでしょうか。きっと意志の主体が先ずあって、それが様々な行為を命じるという捉え方を退けているのでしょう。それに「アニ
マ」というのは「霊魂」のラテン語です。「アニマル」は「動物」を意味する英語ですね。っまり動物は霊魂を持っているというヘレニズムの伝統が、「アニマル」とい
う言葉には籠もっているのです。デカルトは動物を機械論的に説明することによって、動物にアニマを認めなくてもよいように処理してしまったのです。これに対し
て霊魂=アニマをイマジネーションの運動という物質的な過程として捉え返したホッブズは、動物機械論に立ちながら動物の意志的行動をアニマルな活動とし
て認めたのです。

 これは一見、ヘレニズム的伝統の継承のように見えますが、ヘレニスムで.ぱアニマ(プシケー)ぱ同時に生命を意味していました。意志というのは派生的な意
味に過ぎなかったのです。ところがホッブズはアニマルをヴァイタルに対置することによって、アニマルを「意志的」という意味に限定Lています。またヘレニズムで
はアニマはそれ自体自然的な元素でした。デカルトはこれを精神的実体と捉えたので、動物には認めません。ホッブズは、アニマの活動をイマジネーションの運
動として物質的に説明することによって、動物にも認め、これを一つの根拠に人簡の精神的活動も物質的過程として説明するつもりなのです。

 ホッブズはヘレニズムのアニミズム(霊魂万有説)的伝統をいったん解体し、かなりずらして継承しているのです。このように解体した上で、ずらしながらも何とか
形は保持して、現代的に活かして継承する事を、デリダのタームではディコンストラクション(脱構築)と言うようです。

 ホッブズは脱構築が巧みなのです。社会契約論は元々はもっと民主主義的な内容で主張されていたのですが、それを脱構築して専制的な主張の合理化に
使ったのです。そこが読めないと、ホッブズを人民主権の民主主義的思想家のごとく正反対に誤読してしまうようなホッブズ研究のオーソリティが現れることにな
ります。その人が天下のNHKの市民大学講座で、堂々と、ホッブズは民主主義思想家です、平和主義者です、良心的徴兵拒否思想の元祖です、と感動的に
解説するのが、日本の現実の一つなのです。(田中浩『近代国家と個人ーデモクラシー思想の変遷ー』NHK市民大学テキスト)。

                 五、欲求の対象は当人にとっての善である

  この努力がそれを引き起こす対象に向かう場合には、欲求(appetite)とか意欲(desire)とか呼ばれます。逆に努力が対象から離れるために為されるときに
は嫌悪と呼ばれます。愛は意欲が具体的な対象に向かっている場合で、憎しみは嫌悪が具体的な対象に向かっている場合にあたります。そこでブロタゴラスの
ような相対的な善悪説が帰結します。意欲や欲求の対象は、衆人にはどんなつまらないものであれ、当人にとっては善なのです。そして憎悪や嫌悪の対象は、
衆人にはどんな素晴らしいものであっても、当人にとっては悪なのです。善悪はあくまで当人との関係において相関的に成り立つのです。それ自体で善いものと
か悪いものとかは一切認めないのです(第六章、91頁)。

 欲求の対象に対しては期待をもって眺めます。この欲求している状態はだから対象に美を感じている状態なのだ、とホッブズは語ります。更に対象の享受によ
って欲求を充足しつつある状態が歓喜なのです。これらの心の運動は、脳の中に一定の場所があって、そこで感覚によって造られたイマジネーションが運動して
いると考えられます。この運動が、様々な心の動き並びに情念の実体なのです。ホッブズは、生理的・感覚的な状態と心(あるいは魂)を区別するのは簡違いだ
と考えたのです。

 それに善悪、美醜、快・不快のレベルは欲求レベルであって、動物でもこのレベルの情念を抱くのです。ホッブズは次のような情念を動物も抱くと指摘していま
す。希望・絶望・恐怖・勇気・怒り・信頼・不信・憤慨・仁慈・強欲・野心・小心・大度・吝薔・親切・自然の情愛・愛の情念・復讐心等です。どこまで認めてよいの.
か速断は禁物です。でも子供の頃、よく学校から鑑賞に行ったディズニーの動物映画を想い出して懐かしくなります。動物の心の世界を大幅に認めることは、霊
魂を人間固有のものと考えるデカルトに対する強烈パソチだと、ホッブズはほくそ笑んでいたかも知れません。これが同時に人間の理性が欲望機械の自己制御
機能に過ぎないという論点の伏線になっているのです。

 .アニマルな運動はヴァイタルな運動に規定されます。食欲、飢え、渇き等を充たそうとアニマルな運動を開始する場合に、ヴァイタルな活動を維持しようとする
動機が働いています。快・不快や善・悪にしても生の必要からくる欲求を充足させるかどうかに、最終的な判断の基準が置かれる場合が多いのです。生体は環
境の中で自己制御を行いながら環境との質料交換・熱交換によって自己の同一性を維持する装置ですから、その目的に添う形でヴァイタルな活動が行われ、そ
れに基づいてアニマルな活動も行われるのです。アニマルな活動がヴァイタルな活動と大きくずれるようですと、生体の維持ができなくなります。そのような傾向
の生体は滅びますから、現存している動物たちはヴァイタルな活動に基づくアニマルな欲望によって行動しています。これは基本的には人間にも妥当Lます。で
すから大多数の人間の理性はヴァイタルな活動から要請されるアニマルな欲望の自己制御に過ぎないという限界を持つのです。

六、言語能カ=音声のイマジネーションを他のイマジネーションの記号として用いる能カ

 ホッブズもデカルト同様、言語を人間と動物を分ける決定的な契機として捉えています。音声のイマジネーションを他のイマジネーションの記号として用いるネ
ーミングの仕方を、アダムに教えたのは神自身だったとホッブズも言語神授説を採っています(第四章、72頁)。ネーミングさえできればイマジネーションの連結
をネイムの組み合わせに置き換えることができますから、言語が成立するとホッブズは理解しました。生のイマジネーション間の連結をそのまま記憶した.り、さら
にその複雑な組み合わせに生理的に対応するのは大変です。簡潔な言語を用いた知識の形で表現できれば、複雑な状況を把握するにも、伝達するにも、記憶
するにもとても便利になります。この置き換えの主体も連結したイマジネーションが組み合わされた名前を呼び起こすと考えれば、イマジネーションのメカニックな
運動の外に精神的実体を想定しなくてもよいことになります。

 高等動物の中でどうして人間だけが言語を使えるのかは、動物と人間の親近性を強調するホッブズにとっては説明困難なことだったのでしょう。デカルトのよう
な心身二元論を拒否している以上、『バイブル』を持ち出して逃げを打つしかなかったのです。.もし人間の心と高等動物の心が大して違わないとすれぱ、神が人
間に名付けカを与えたように人間が高等動物に名付け方を教えてやれぱ高等動物も話せるようになる筈です。

 人間の言語を状況判断の為の記号として理解する能力は、犬などには発達していますが、自分の意思表示に言語を使えるには程遠いのが実状です。やはり
動物と人間に言語能力の有無で象徴されるなんらかの断絶が存在するのです。その断絶の論理をデカルトもホッブズも正しく捉えることができなかったのです。

                     七、自我の構造

 ホッブズは、精神的な活動を否定したのではありません。ただ精神的活動をしている主体を物質的な心的過程と区別して、精神的な実体として捉えてはなら
ないと考えただけです。そこで意識を統合し、意識に統一性を持たせる自我が確立しなければ、人格が成り立たないのではたいかという疑問が起こります。でも
この疑問は方法的懐疑と同じです。自我が確立しなければ人格が成り立たないというのは同義反復なのです。自我が確立しているということは人格が成り立っ
ていることを意味するのですから。イマジネーションの活動がある一貫した個性的傾向を示す場合に、この傾向を実体のように捉えて自我が見出されるのです。

(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/2663/hobbs/2.htm
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[1645] ホッブズ3 投稿者:小山 みつね 投稿日:2003/08/04(Mon) 00:08:19

皆さん、こんにちは、小山 みつね です。

(転載)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/2663/hobbs/7.htm
(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)

    第七節 巨大な人工機械人間としての国家


               一、主権者の取り換えはコモンウェルスの死を意味する

 政体はホッブズに言わせれぼ、いまさら選び直せるものではないのでどれでもよいのです、主権が絶対性を持ち、国民を護るために充分な力を備えているのなら。ただ、よその国民や古代ギリシアの政体等に憧れて、政治体制を変更しようとすることが最もいげないことなのです。

 コモンウェルスの頭脳にあたり、唯一の意志決定機関である主権者は取り換え不能なのです。個体の場合、頭脳の敢り換えは確かに個体の死を齋しますが、人工機械人間であるコモンウェルスの場合も同様だとホッブズは言いたいのでしょう。古来政治体制の変更は数多く為されてきましたが、そのためにコモンウェルス全体が崩壊するとは限りません。主権者が打倒され、新しい体制に生まれ変わってコモンウェルス全体が活性化することも大いに考えられます。コモンウェルスを人体に譬えるのは、発想は斬新ですが、ここまでやればこじつげです。

..
             二、国家は生きた人工のジャイアント(巨人)である


 人間は技術によって時計のような自動機械を造りますが、これは人工的な生命を持つ物だ、とホッブズは捉えています。人間の技術はさらに「人間」すら模倣してコモンウェルスとか国家(ステイト)と呼ばれる人工機械人間を造ったというのです。これを彼は「リヴァィァサソ」と名付けたのです。
.
 リヴァイアサンは地上で最大、最強の怪物という意味ですが、人間ですからジャイアントです。「コモンウェルス」同団体という意味ですから、専制的な主権者による絶対的な支配のイメージは浮かびません。これは国家が全人民が本人であり^全人民の社会契約によって身体が構成されている一人の人工機械人間である面を強調しているのです。これに対して、国家が強大なジャイアントであり、絶対的な主権の支配の下で統一された意思を形成している面を表現したのが「リヴァイアサン」です他「コモンウェルス」的な言葉づかいで元々はもっと民主的だった既成の社会契約論の論点を取り込み、「リヴァイアサン」的な塗言葉づかいで国家の専制的構造を明らかにしようとしたのです。

  「人工人間にあっては、『主権』が人工の『魂』であり、それが全身に生命と運動を与える。『施政官』とその他の司法行政上の『役人たち』は人工の『関節』である。また『賞罰』〔これによってあらゆる関節や器官か主権の座に結び付けられ、それぞれの義務を遂行させられる〕.は『神経』あり、それは自然的肉体におげる神経と同じ働きをする。また個々の成員が所有する『富』と『財宝』は『体力』であり、『人民の安全』が人工人間の仕事である。さらに人工人間にとって知る必要があるあらゆる事柄を提示してくれる『顧間官たち』は『記憾』であり、『公平』と『法律』は、人工の『理性』と『意思』、『和合』は『健康』、『暴動』は『病い』、『内乱』は『死』である」(序説、53頁)

              三、コギト的・身体主義的人間観の超克一

 ホッブズは国家を人間に譬えているのではないのです。本気で国家を人工機械人間だと主張しているのです。自己保存の為のセルフ・コソトロールシステムを持ち、この装置を人格的に代表する意思決定機能をもっているので、身体的個人ばかりではなく、コモンウェルスも人間なのです。同じ論理で言えぽ、企業等の社会団体も人間だと言えるでしょう。実際、現代では法人という言葉が低抗感なく使われています。

 プロタゴラスはプロメテウス(構想カ)だけでは、人間はサバイバルできないので、ポリスを不可欠な契機として人間を捉えまLた。アリストテレスも人間はポリス的動物だと指摘.したのです。それでも彼らはポリス自体を人間だと考えていたわけではありません。近代ではマルクスが『フォイエルバッハ・テーゼ』で「人間の本質は現実的には社会的諸関係のアンサンブル(総和)である」と規定しています。マルクスにしても、商品や資本や企業や市民社会や国家を人間として捉え返したわけではないのです。反対に、社会的な事物が人間的な諸関係を取り結ぶ主体であるかのように現われる事態を、物神性的倒錯として暴露しました。つまり社会関係や事物の社会的規定を現実的諸個人の相互関係として捉え返しました。マルクスにとっても人間は現実的諸個人として捉えられていたのです。
.
 実存主義者のコギト中心主義に反撥して、構造主義者フ一コーは「人間の死、言語の支配」を語りました。彼は言語体系として現われる権力的な社会システムによって、諸個人の意識が規制されていることをシビアに説得したのです。それでも構造主義者は社会システムを人間として捉え返し、それを主体的に引き受ける思想的立場に到達したわげではありません。いわゆるフラソス現代思想の限界は社会を貫くコードを対象化するものの、それを自己自身として人間として捉え返すのではなく、むしろ人間の否定として捉え、そこからのゴダール監督『気違いピエロ』のような狂気による包摂拒否や、「砂漠への逃走」にはしってしまうところにあるのです。

 それは高度に管理された情報化社会の気分を反映しているだけに、ある程度の共感を得る事はできます。しかし現代社会を自己自身とLて引き受け、システムの主体としてシステムを変革して成長しなければならない時代の課題に応えることはできません。

 〈身体あるいは身体に内在する自我>を人間と捉える人間観を身体主義的人間観と規定しますと、身体主義的人間観の枠を突破できたのは、ホッブズの他にはパースが挙げられるだけです。パースは「人間=記号」論を展開しました。彼は記号を事物が他の事物を指し示す性質として規定しましたから、記号的性質を持つ事物の関係として人間を規定していたことになります。ホッブズとバースの人間観の再評価が、二千年代の新しい人間観を構想する際の出発点になるのです。
.
                四、恐怖による強制的な服従も自由である


ホッブズの「自由人」の定義はこうです。「自らの強さと知力において、自分でやろうとすることを妨げられていない人間」です。ですから恐怖から行う行為も自由だと言います。コモンウェルスにおいて法に対する恐怖から為される行為も、すべてそれをしないで刑罰に服する自由をも含んだ行為ですから、自由なのです。必然性と自由も両立します。人間の行為はそれをしなければならない諸事情によって行われる必然的な行為ですが、そのような事情を理解した人間の自発的な自由な行為なのです。ホッブズは権力的な強制を伴わないことを自由と受げ止めていません。権力的に強制されていても、それに従うか従わないかは、自分の理性の判断だから自由だというわけです。これでは自由と不自由が混同されています。基本的な人権としてどのような権利が権力の干渉から護られるべきか明確に打出さない限り、近代的な自由論としては失格です。

 ホッブズの自由論は、人間は自由の刑に処せられているとしたサルトルと一見似ていますが、実は正反対です。サルトルの場合は、権力による自由の圧殺に対して、人間は本質的に自由な意識なのだから、これに嘔吐し、自由回復のために立ち上がらざるを得ないとしました。これが自由の刑に処せられているという意味です。ホッブズの場合は、服従契約はそれを結ばないで玉砕する自由も含んでいる理性的な契約であり、いったんこれを結ぶと、生命を奪われるようなことがない限り、半永久的に支配者に絶対服従すべきだとしたのです。

 ホッブズによりますと、人間は契約によって自分達の行為を制約しますが、そのことによって平和に生きる事ができるのです。だから契約は理性的な自由な行為なのです。社会契約に基づいて作られる市民法は人工の鎖であり、これによって不問に付されたことについて自分の判断で行う自由を持っています。例示されているのは、売買、契約を結ぶ自由、住居・食事・生業の選択、子どもの教育などです。もおろん市民法の内容は主権者が制定しますので、いくらでも市民の自由を制約できます。その上、主権者は自分の制定した市民法によって拘束される義務はないのです。とはいえ余りに厳しく経済面での市民的自由を制約しすぎますと、萎縮して産業
が発達しませんから、自ずから限界があります。

                       五、モナルコマキに対する反駁

  ホッブズはモナルコマキ(暴君放伐論)に反対しています。彼は暴政には限界があるという立場です。主権者はリヴァイアサンの指令中枢に当たる地位を占めていますから、リヴァイアサソが強大でなければ主権者の権力も小さくなってしまいます。リヴァイアサソが強大であるためには、国民が豊かで富を蓄えていなければいけません。でないといざ戦争の際に、強力な軍隊も造れないし、豊かな生活を護ろうとする積極的な国防意識を枕え付けることもできません。ですから国内での収奪を強めて私腹を肥やし、賛沢三昧をして国力を衰退させるたどということは君主にとって自分の首を締めるようなものなのです。

 しかし現実にモナルコマキの議論が絶えなかったのは、国家の指令中枢というよりは、国家に巣くう寄生虫のような暴君がいたからなのです。彼らは自分のきらびやかな放蕩生活を続ける為には、国力の衰退たど気にならないとばかり、課税や賦役を強化したのです。そこでモナルコマキに反対する最後の論拠として、コモンウェルス自体が人工人間なのだから、人体においては首のすげ替えは不可能なように、コモンウェルスの首のすげ替えも不可能だ、コモンウェルス自体の死を意味するぞと強迫じみた強引な理屈を、ホッブズは考えていたようです。

        六、内心で何を考えても自由だが、表現は取り締まる

 思想信条の自由については何を考えても、考えること自体は禁じようがありません。その意味では内心の自由は不可侵なのです。しかし宗教的な教義や守るべぎ道徳や賞揚すべき正義の内容ぱ、主権者が決定することができるのです。ですからそれに反する意見の表明や行動を取り締まることができます。この論理は自然法思想の精神とは逆行しています(第二十一章「国民の自由について」)。

 当時内面の信仰の純粋性を重要視するピューリタンはピューリタンによる教会と国家の支配を目指していた長老派と、政教分離による信教の自由を確立しようとしていた独立派に分かれていました。英国国教会はピューリタンのような内面信仰を重視しますと、教義解釈を巡って分裂抗争を繰り広げることになるのを危惧したのです。そこで英国国教会の礼拝に出席して、そのしきたりに従って祈りを捧げれば、内面の信仰の純粋性は問い詰めないで教会員として認めることにしたのです。ホッブズの立場は、この英国国教会の論理を合理化Lているのです。

                   七、諸党派は禁止されるべきである

 国民が団体を形成して行動することには、ホッブズはかなり神経質です。国民の団体には主権者の権力によって作られるポリティカルな団体と、民間で作られるプライベイトな団体があります。その内コモンウェルスの承認がある合法団体と、承認のない非合法団体に分かれます。もちろんホッブズは非合法団体は、悪い体液が不自然に合流した結果生じた膿瘍だとして認めません。

 政治団体の代表者の権力は、主権者の許可する範囲内に制限されています。秘密結社は主権のある合議体でイニシアチブを取るために仲間で協議する団体ですから、非合法な分派であり、陰謀の徒です。統治の為の諾党派をホッブズは不正だとします。「それらは人民の平和と安全に反し、主権者の手から剣を奪うものである」というのです。これに対して合法的な諸団体、諸集会はコモンウェルスの筋肉だとして重要視しているのです(第二十二章「公的および私的、従属団体について」253頁)。
ホッブズは国家を人工人間として捉えていますから、国家意思が幾つもに分かれれば、全体として一つの人格で行動できなくなります。あくまでも国家意思の決定は国家の主権者の専決に任せるべきだとしたのです。主権者が意思決定するための材料を提供し、主権者に意見を具申する機関は、主権者に下属する合法的団体でなければなりません。

 主権者から離れて国家の政策の是非を論じたりすれば、国論が二分し、主権者の意見はどちらかに属する相対的で党派的な意見だと受け取られてしまいます。そうしますと主権者は絶対的な主権者としての立場を保てなくなってしまいます。そこで統治の
ための諸党派を否定してしまったのです。

 仮に人体で脳髄以外のところでも様々な意思が形成されているとしますと、人体はどの意思に従えばよいのでLよう。やはり脳髄以外の意思は棚上げにして、脳髄だけの思考に基づかなけれぼなりません。脳髄以外の意思は自分の代わりに好きなように決定してくれるように脳髄に任せることになります。ですから人工人間としてコモンウェルスを捉える限り、各人は政治的な意思の代理人を共同で立てて、その人の意思に統合されなけれぼならないというのです。

    八、普遍的なコモンウェルスのモデルとしての「リヴァイアサン」

 このように主権者が専制的な権力を振うのが当然であることが、コモンウェルスをリヴァイアサソという、巨大な人工機械人間として説明することによって、とてもよく理解できるようになっています。ホッブズはこのリヴァイアサンモデルは、普遍的なコモンウェルスのモデルであると主張したのです。つまり君主制のみならず貴族制、民主制にも適応できるモデルだという意味です。しかし主権者と主権を持たない人民という対置で全編が構成されているので、とても民主制のモデルにはなれないものです。そしてリヴァイアサンの論理から見れぼ、最も君主制が理性的な制度に思われるように書かれています。そこでわれわれに残された課題は、民主制国家をリヴァイアサン(=人工機械人間)として捉える論理を構築することです。しかも二千年代を迎えようとしている今日では、民族国家の枠を超えた世界秩序の論理としても展開されなければならないのです。

                       九、リヴァイアサンの獲得

 われわれは国家をも巨大た人間として捉えることの積極的な意義を理解する必要があります。われわれはややもすると個人的な身体的自己だげを自己と捉えがちです。しかしわれわれのアイデソティティは、決して個体的な身体の枠内に納まってはいないのです。家族、集団、職場、企業、地域、郷土、民族、国家、地球環境等様々な集団的意識、集合的意識を自己自身の意識として生活Lています。国家も拡大された自己の一つの在り方なのです。リヴァイアサンは決して自分にとって他人ではないのです。リヴァイアサソの意志の本人は好むと好まざるに拘らずわれわれ自身なのです。

 ですからわれわれはリヴァイアサソを超越的な権力としての疎外された形態のままにLておくのではなく、自己の意志が同時にリヴァイアサソの意志であり、自己はたんに個体的個人であるだけではなくて、リヴァイアサンでもあるのだと実感できるようなものに獲得しなければなりません。

《参考文献》
『世界の大思想13 ホッブズ リヴァイアサン』水田洋・田中浩共訳、河出書房新社
『世界の名著28ホッブズ リヴァイアサン』永井道雄・宗片邦義共訳、中央公論社
田中浩著『ホッブズ研究序説ー近代国家論の生誕』お茶の水書房
田中浩著『近代国家と個人』NHK市民大学テキスト
保井温著「ホッブズと民主主義」季報唯物論研究35・36合併号


(この論稿は『月刊状況と主体』1992年5月号 No.197に掲載されたものです。
やすいゆたか著 ホッブズ『リヴァイアサン』の人間論)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/2663/hobbs/7.htm
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